歓待
「ふーん、キミアキっていうんだ。変な名前」
「ちょっとお姉ちゃん」
ピンク色の少女が、水色の少女を睨みつける。
「ピンク色の少女」「水色の少女」というのは、あまりにも雑な形容であるが、かなり的を射ている。決して、エイリアンのように肌の色がピンクだったり、水色だったりという意味ではない。肌の色は白っぽく、キミアキとほとんど変わらない色だ。
しかし、たとえば、俺を化け物から救ってくれた「ピンク色の少女」の方でいえば、羽織っていたローブはピンクであったし、そのローブを外して現れた長髪もピンク色なのである。そして、目の虹彩の色までピンクなのである。
思えば、派手な髪色で、さらに虹彩の色と髪色が一致しているなどというのは、まるでアニメの登場人物である。
そして、今、俺に降りかかっている展開も、まさにアニメの展開なのである。
俺は、突然知らないジャングルにワープさせられ、羽の生えた虎の化け物の襲われそうなところを、ピンク髪のロリ系美少女に救われた。
そして、その美少女に連れてこられた民家で、見るからに美味しそうな料理を振る舞われているのである。
そのような「接待」を受ける心当たりはない。
それどころか、色鮮やかなグリーンサラダ、トロトロに溶ろけた肉の煮込みといった料理が目の前のテーブルを埋めるまで、俺は、少女たちから名前すら訊かれていなかったのだ。
少女たち――そうである。民家には、髪の色も虹彩の色も水色な少女もいて、今、料理の置かれたテーブルを挟んで対面に座っているのは、二人の少女なのである。
今のやりとりで、俺は、二人が姉妹であるとをはじめて知った。
たしかに顔は似ているなとは思っていた。イメージカラーがそれぞれ違うので見間違うことはないが、顔のパーツはほぼ一緒である。
要するに、水色の少女もまたロリ系美少女なのである。
「キミアキっていかにも異世界っぽい名前だな」
「……異世界?」
俺は、思わず水色の少女に聞き返す。
「キミアキは、自分がどこから来たのかも分かってないのか? バカなのか?」
「ねえ、お姉ちゃんってば」
ピンク色の少女は再び水色の少女を睨みつけたが、俺自身は、「バカ」と言われたことは少しも気にならなかった。そんな言葉、上司から日常的に浴びさせられている。
それより、水色の少女は、「俺が異世界から来た」と言ったのではないだろうか。
それはつまり、今俺がいる場所は、今まで俺がいた場所――現実世界――とは違う世界だということではないか。
それはつまり、ここが異世界だということではないか。
たしかにこの民家も、姉妹が羽織っているブカブカの布も、中世ヨーロッパの絵画で見たようなものであり、つまり、異世界っぽい。
現実世界で過労死しかけた俺は、どうやら異世界へと召喚されてしまったらしい。
「それにしても、キミアキは顔色が悪いなあ。見た目からして不健康そうだ」
「お姉ちゃん! それも言っちゃダメ!」
どうして俺が異世界に召喚されたのかも、その俺がどうして美少女に保護され、ご飯まで振る舞われているのかはよく分からない。
その理由は、おそらく俺の想像の埒外にあるのだろう。
だとすると、考えるのは無駄である。
「どうして言っちゃいけないの? キミアキの顔色が悪いのは事実じゃん」
「事実がどうとかじゃなくてさあ。だって、キミアキが可哀想でしょ」
とにかく今は考えるのはやめて、若い女の子に下の名前で呼んでもらえているという、現実世界では決して味わうことのできなかった幸せにただ浸るとしよう。
「というか、そうこうしてるうちに料理が冷めちゃう」
「本当だね。料理は美味しいうちに食べないと」
先ほどまでずっと言い争っていた二人の意見がようやく一致した。
姉妹の視線が同時に俺に注がれる。
「早く食べて」
「食べて、って俺が?」
「当たり前だろ。キミアキのために用意した料理なんだから。それくらいバカでも分かるだろ」
それはもちろん分かる。俺が案内されたテーブルに、大小のお皿が次々と乗ってくるのをずっと目撃していたのだから。
とはいえ――
「俺、そんなお金持ってないけど」
ボケたつもりは一切なかったのだが、姉妹は同時に吹き出した。
「お金なんて要らないよ。そんなつもりで助けたんじゃない」
「だいたい異世界のお金なんて、この世界ではゴミクズなんだから」
「はあ……」
無料でこんな立派な料理をいただいて良いのだろうか。
品名も、正確な素材もよく分からないが、仮にここがレストランだったら、万札数枚が飛ぶことを覚悟しなければならないほどの品々に見える。
涎が垂れかかっていたが、「いただきます」の前にどうしても訊かなければならないことがあった。
「……君たち、どうしてこんな俺に優しくしてくれるの?」
俺の質問に、美人姉妹は顔を見合わせ、もう一度吹き出した。
「客人をもてなすのは当たり前でしょ」とピンク色の少女。
「異世界には、他人に親切をする文化はないのか?」と水色の少女。
そうか。俺は「客人」なのか。「客人」として丁重に扱われる立場となったのは久しぶりだ。
姉妹が言うところの「異世界」、つまり、現実世界においても、無論、他人に親切をする文化はある。しかし、俺が親切をされる側に回ることなど滅多にない。
ゆえに、俺は疑心暗鬼となってしまっていたようだ。
姉妹の親切を素直に受けるのが、この場での「礼儀」に違いない。
「いただきます!」
俺は右手でスプーンを掴むと、手始めに湯気を立てている黄金色のスープを掬い、口を運ぶ。
「美味しい」という言葉より先に、自然と涙が一粒零れ落ちた。