表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/13

化け物

 突然死んでしまったところで、思い残すことなど何もなかった。

 俺には、妻も子どももいない。彼女さえもいない。


 俺の訃報に、両親は悲しむかもしれない。ただ、他方で「良かった」と胸を撫で下ろすだろう。俺の兄は医者で、妹も国立大の医学部に通っている。


 死んだのが有能な兄妹でなく、兄妹で唯一不出来な俺であることに、両親はホッとするに違いないのだ。



――いや、待てよ。



 俺は今死ぬわけにはいかない。


 だって――



「まだ仕事が終わってない!」


 俺は、目を覚まし、立ち上がった。


 そして、デスクに山積みになっている書類を探したが――見つからなかった。



 それどころか、今俺のいる場所は、オフィスではないのである。


 おそらくオフィスのある池袋でもなければ、東京でもない。


 そこは――



「……ジャングル?」


 俺の既存の語彙に照らせば、そうなる。

 とはいえ、実際にジャングルに行ったことはないから、本当にここがジャングルかは分からない。「森」ではなく「ジャングル」だと判断したのは、俺を囲っている木々が、見慣れないもので、異国風に思えたからである。



「早くオフィスに戻らなきゃ……」


 時刻は午前零時を過ぎているのである。早くオフィスに戻って、仕事を再開しなければ、今宵も職場泊となりかねないのだ。



――いや、待てよ。


 このジャングルには、照明器具などどこにも見当たらないのに、明るい。

 見上げると、木々の隙間から太陽が照っていた。


 もしかして――



「……もう朝?」


 俺が気を失っている間に、朝を迎えてしまったということなのだろうか。だとしたら最悪だ。仕事がちっとも片付いていないことを、定時出勤してきた上司にこっ酷く叱られる。会社にも迷惑を掛けてしまう。



 とにかく、一刻も早くオフィスに戻らねばなるまい。俺は、スラックスのポケットからスマホを取り出す。

 そして、地図アプリを開き、ここから会社までの経路を調べようとする。


 しかし――



「……圏外?」


 アプリは一向に現在地の情報を読み込まず、その原因は、画面右上に「圏外」と表示されているがゆえに違いなかった。



 クソ、俺は一体どうすれば……?


 生きている以上は、仕事をしなければならない。俺は、仕事をするために生きているのである。


 とはいえ、オフィスに戻れなければ、仕事をすることはできない。


 スマホをパソコン代わりに使用する余地はあるかもしれないが、書類がなければ、仕事はできない。


……ん? そういえば、紙って木からできてるよな? このジャングルに生えている木を切って、そこから紙を精製して書類にすれば……



 そんな風に社畜脳をフル回転させて考えていたところ、突然、あたりが暗くなった。


 何かが太陽を遮ったのである。



 そのとてつもなく大きな何かとは――



「化け物!?」


 俺の既存の語彙では、そうとしか言い表せなかった。


 そいつは巨大な虎のように見えたが、明らかに虎とは異なっている。なぜなら、巨大な翼が生えており、バサバサと羽ばたいているのである。そして、そのことと比べると大した相違点ではないかもしれないが、角も生えてるし、尻尾も八本くらいある。



 その化け物は、俺を目掛けて飛んできていた。ギョロリとした目は、俺を捉えて離さなかった。



 バサバサという羽の音は、どんどん近付いてくる。


 化け物のサイズはアフリカ象くらいある。



 俺は獲物にされるのだ――

 

 そのことは分かっていたが、俺は、まるで足の裏から根が張っているかのように、その場から動くことができなかった。


 リアル化け物を目の前にすると、誰しもがこうなると思う。



 俺にできることは、断末魔の光景を見ないで済むように、固く目を閉じるだけであった。


 バサバサ――



 思い残すことなど何もない。



 それに、仕事が片付いてないことを上司に怒られるよりも、ここで化け物に殺された方がマシである。



 バサバサ――バサバサ――



「フルシフール!」


 突然聞こえたのは、先刻に死を覚悟した時とは異なる、透き通った女性の声だった。



 それに続いたのは、グゥオオンという獣の唸り声。



 目を開けると、化け物は地面に横たわっていた。


 そして、可憐な少女が立っている。


 ピンク色のローブを羽織った少女の手には、細長い棒が握られており、そのキラキラと輝く先端が、化け物の方に向いていた。



 少女が、再び透き通った声を出す。



「この男のことは諦めて。さもなくば、次はさっきの十倍の火力をお見舞いするよ」


 化け物に言葉が通じるのかは分からなかったが、少なくとも少女の気迫は通じたのだと思う。


 その証拠に、化け物は、クゥンと小型犬のような声を出すと、片足を引きずりながら立ち上がり、バサバサと羽を動かし、少女に背を見せる格好で浮き上がった。



 そして、フラフラと上空へと飛んで行った。



 化け物が豆粒ほどのサイズになるのを見送ると、少女は、やはり足の裏から根が張ったままであった俺の方を振り向いた。



 はじめて少女と目が合う。



――正真正銘の美少女である。


 どちらかというと俺の好みはキレイ系であり、この少女はどちらかというとロリ系であり、決してタイプど真ん中というわけではない。


 しかし、それでも、ローブの色と同じピンク色の虹彩の目に、ドキッとする。



 少女は、いかにも女の子らしい、バタバタとした走り方で俺の方に駆け寄ってきた。



 そして、ニコリと反則的な笑顔を見せながら、言う。



「間に合って良かった」



と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ