命の線引き
――食べる?
思わず耳を疑った俺だったが、目の前の光景は、俺に聞き間違いがないこと、さらに、「食べる」という言葉が性的な比喩でもないことを如実に物語っていた。
クラリスとシャナが、俺に向けて、同時に杖を向けていたのでいる。
その杖は、クラリスが、化け物から俺の命を救った時に掲げていたもの――魔法の杖である。
俺は、双子の姉妹にチェックメイトされてしまっているのである。
「……俺を食べる? 冗談だよね?」
「冗談じゃないよ」と、シャナが真顔で答える。
俺が後退りをすると、それに合わせて、姉妹も一歩前に踏み出す。
「そんな、俺を殺して食べるだなんて、悪い冗談だよ。あはは」
「だから、冗談じゃないって」と、クラリスが俺の薄ら笑いに釘を刺す。
「それに『殺して食べる』というのは、なんだか悪い表現だね。私たちはキミアキの命をありがたくいただくんだ」
俺は後退りを繰り返していたのだが、ついにこれ以上後ろにいけないところにまで追い詰められてしまった。
俺の背後にあるのは――
「まさか、このかまどは、俺を焼くためのものなの?」
「そうだよ」とシャナは即答する。
「俺はてっきり家畜の豚を焼くためのものかと……」
「今日は私たちの誕生日という特別な日。だから、特別な家畜であるキミアキを丸焼きにするんだ」
俺が家畜? そんなの狂ってる。だって俺は――
「家畜じゃなくて人間じゃないか! 二人がやろうとしてることは人殺しだ!」
俺がそう叫んでも、姉妹の憮然とした表情は少しも崩れなかった。
そして、シャナは、躊躇なく言う。
「キミアキは人間じゃないよ。キミアキは異世界生命体だ」
異世界生命体? 何だそれは――
「キミアキは異世界からやってきた。この世界で生まれた私たち人間とは違った生き物――異世界生命体なんだ」
だから、とシャナは続ける。
「キミアキを殺しても『人殺し』にはならない。だって、キミアキは人間じゃないんだから」
――そんなの屁理屈だ。
「おかしいよ! 狂ってるよ! だって、俺とシャナやクラリスは、何も変わらないじゃないか! 同じ人間だ!」
躍起になる俺のことを、クラリスがフッと鼻で笑う。
「何も変わらない? そんなことないだろ? 私たちとキミアキは全然違う。髪の色が違う。目の色が違う。肌の色だって微妙に違う」
それに、とクラリスは、ギュッと杖を握る手に力を加える。
「キミアキは、私たちと違って魔法が使えないじゃないか」
それはそうかもしれないが、しかし――
「そんなの些細な違いだよ! 俺らは同じ哺乳類じゃないか!」
「豚や牛だって哺乳類だよ」
「二足歩行だし!」
「鶏だって二足歩行だ」
「同じ人間だ!」
「違う。私たちは人間だが、キミアキは異世界生命体だ」
「そんな線引きは間違ってる!」
「なぜそう言えるんだ?」
俺はクラリスに言い返す言葉を失ってしまう。
たしかに、どこまでが自分たちと同じ生命体で、どこからが自分たちとは違う生命体なのかという線引きは、案外はっきりとしないものなのである。
たとえば、現実世界に目を向けてもそうである。
同じ人間同士であっても、黒人は白人とは異なっているとされ、黒人のトイレが分けられていた時代もあった。
ナチスは、ゲルマン民族とユダヤ人とをはっきりと区別し、まるでゴキブリを扱うかのようにガス室で大量のユダヤ人を殺している。
食の対象についてもそうだ。
俺らは、牛や豚は食べるものの、基本的に犬猫は食べない。
別に、犬猫に毒があるからというわけではない。現に、犬猫を食べる習慣を持つ地域も世界には存在している。
俺たちは、何を食べて何を食べてはいけないかということに関して、恣意的な線引きをしているのである。
クラリスとシャナの線引きの仕方は、間違っていると俺は思う。ただ、絶対的に間違っているとは言い切れない。
少なくとも、クラリスとシャナにおいては、その線引きは絶対的なものなのである。
そうである以上、双子との間で議論をして、論理を詰めても意味はないだろう。