決断の時
ついにこの日が来てしまった――
今日は姉妹の誕生日――俺の運命の日なのである。
雲一つない青空。春の暖かな陽光が、元気に農場へと降り注いでいる。
いつもの白衣装に加え、花かざりを頭につけた姉妹は、俺よりも一足早く外に出ていて、畑と畜舎との間の広々としたスペースで、石材を使って何かを組み立てていた。
「かまど?」
俺が尋ねると、「そんな感じかな」とシャナが答える。
そして、石材を持ったまま俺の方を振り向くと、満面の笑みを見せる。
「キミアキ、おはよう。いよいよ今日だね」
シャナだけでなく、クラリスもニヤニヤしながら言う。
「キミアキ、ついに待ちに待った日の到来だね」
きまりが悪くなった俺は、地面を見つめながら言う。
「……二人とも、お誕生日おめでとう」
今日の主役は、間違いなく姉妹である。それにも関わらず、あたかも主役が俺かのように囃し立てる姉妹の態度に、俺はかなり戸惑っていた。
「そのかまどでは何を調理するの? 豚?」
「そんな感じかな」とまた言いながら、シャナが持っていた石材を、かまどの上部に置く。
「よし、これで完成」
「豚の丸焼きなんて、誕生日っぽくて最高だね」
たしか現実世界では、誕生日に豚の丸焼きを食べる風習を持っている国があったように思う。贅沢で、お祝い感があって良いなと思う。
俺は「楽しみだなあ」とぼやくことで、無理やりテンションを上げようとした。
しかし、案の定、豚をこんがり焼く前に、俺にとって「憂鬱な」イベントが待っていた。
姉妹が、俺の目の前まで駆けてくる。
そして、水色とピンクの髪を接点で重ね、肩を寄せ合いながら、言う。
「さあ、キミアキ、決断の時だ」
「キミアキは私とクラリス、どっちを選ぶ?」
――ついにこの時が来てしまったのである。
「キミアキはツンデレが好きだよな?」
「キミアキは真面目な子がタイプでしょ?」
俺は、この時まで一生懸命考えあぐねた。
クラリスとシャナのどちらと結婚したいか――だけではない。
畑で白骨化死体を見つけてしまった俺は、そもそもこの家で、この家族とともに生活を続けるべきかどうかも判断しなければならなかったのである。
ブロンズの女性の父親の件を考えても、この家族が「殺人一家」である可能性は否めない。
畑に埋まっていた人骨は、この家族が「普通ではない」可能性を示してあまりあるものなのである。
もっとも、俺は、俺の命の恩人でもある姉妹のことを心から慕っている。
またとない奇跡的な出会いを、決して無駄にしてはならないと考えている。
ゆえに、俺は、割り切った判断をすることにした。
姉妹が殺人鬼でなければ、それで良い、と。
俺が盗み見てしまった、旅館のロビーでのシャナとブロンズの女性とのやりとりからして、俺は、少なくともシャナは人殺しではないと判断していた。
殺人を否定するシャナの鬼気迫る態度は、迫真のものであり、決して演技には見えなかったのである。
そして、クラリスには、俺が直接確認した。
殺人を否定するクラリスの態度も、やはり迫真のものであり、嘘を吐いていない、と俺は判断した。
ゆえに、俺は、姉妹は殺人鬼ではないと判断したのである。
とすると、白骨化死体は、姉妹ではなく、姉妹の両親の手によるものだと考えられそうである。
つまり、クラリスとシャナの両親が、宿泊客を殺害し、畑に埋めているのである。
なぜそのようなことをするのかといえば、おそらく金銭目当てだろう。
この家族は自給自足生活を基本としているものの、貨幣経済から完全に切り離されているかといえば、そうではない。
家には、買ったものとしか思えない家具や調理器具があるし、そもそも建物だって、業者にお金を支払って建てさせたものに違いない。
クラリスとシャナの両親は、旅館を経営することによって、金銭を得ている。
しかし、それに飽き足らず、両親は、宿泊客から金品を強奪し、殺害の上、畑に埋めているのだ。
ブロンズの女性の父親はその被害者だろう。そして、両親は、それ以前にも同様の犯罪に手を染めているに違いないのだ。
もちろん、それは、俺にとっても恐ろしいことである。同じ屋根の下に殺人鬼がいるということなのだから。
しかし、クラリスとシャナが人殺しでないのであれば、この家で生活を続けることはギリギリ許容できると判断した。
俺がこの家で長い時間を一緒に過ごしているのは、クラリスとシャナである。
基本的に旅館の経営にかかりきりな両親とは、たまに会話をするくらいなのである。
クラリスとシャナの身の潔白さえ確信できれば、俺はそれで良い。
少なくとも、今の幸福なスローライフをあえて捨ててまで、この家から逃げ出そうとは思わない。
そもそも、この世界に、俺の居場所はここしかないのである。ここを離れれば、いつかの羽の生えた虎みたいな化け物に襲われないとも限らない。
むしろ、この家から逃げ出すことの方が、俺にとってはリスキーなのだ。
ということで、今後もこの家族とともに過ごすことに関しては、俺の心は決まっていた。
しかし――
「クラリス、シャナ、ごめん。俺、選べないよ」
期待に目を輝かせていた姉妹が、シュンと同時に眉を顰める。
「俺、クラリスのことも好きだし、シャナのことも好きなんだ。だから、二人のうち一方に絞ることなんてできない」
この優柔不断な回答が、二人を失望させるであろうことについては、予め分かっていた。ゆえに、俺は、今日を迎えるのが憂鬱だったのである。
しかし、俺がいくら悩んでも、これ以上の答えは出てこなかった。
「俺は、これから先、クラリスともシャナとも、ずっと一緒にいたいんだ」
「分かった」
「仕方ないね」
姉妹は落胆した様子を隠そうとはしなかったが、それでも俺の回答を一応は受け止めてくれた。
「じゃあ――」
クラリスとシャナが声を揃えて言う。
「キミアキは、二人で仲良く分け合って食べることにするよ」