秋の田の1
歌子は夕方家に帰ると、早速母に祖母の様子を報告した。もちろん小町と祖母のやり取りは信じてもらえないだろうから話せない。
カルタは仏壇の引き出しに大事に保管することになった。
戻る電車の中、小町はじっと黙って窓の外を見ていた。
その向かいで歌子はというと…爆睡だった。
どっと疲れたし昨日ちゃんと寝てないし…
うん、もう、ぶっちゃけ慣れた。
自分でも驚きである。
夕飯を食べ、お風呂に入ったらまた睡魔に襲われてぐっすり寝た。
時たまちらちら見える小町は、昨夜と同じように歌子のクッションをぶんどって夢中でマンガを読んでいる。
次の日は昼近くに起きた。
家族皆んな仕事で出払ったダイニングにひとり座って遅い朝食を食べる。
パンをかじっていると、目の前に小町がマンガを読みながらふわりと現れた。
「もうだいぶ読み進めましたね」
普通に話しかけた。慣れとは本当に恐ろしい。
「われ(わたし)以外にも古代の者が現代に舞い降りた記録があるのだな。
絵が大きくて読みやすいな」
「中国の有名な軍師の話ですね」
創作ですよとは言い難いほど夢中に読んでいた。
明日からはもう学校が始まるので、憂鬱である。例の終わってない宿題を急いでやり始める。
百人一首暗記のプリントを取り出し、ノートに読みながら写す。
「秋の田の…かりほの庵の…苫をあらみ …我が衣手は…露に濡れつつ…
天智天皇っと…」
「中大兄皇子だねぇ」
いつの間にか小町がとなりに来て、ノートを覗きこんでいる。
「えっ天智天皇って…」
「若い頃は中大兄皇子と呼ばれてたのさ。
天智というのは崩御された後の諡さ。
同一人物さね。」
「そうなんだ!なんか聞いたことある。ええーっと大化の改新の人だっけ?違ったっけ?」
「そうさ。彼と中臣鎌足たちが起こした変事を、今は乙巳の変と呼んでいるそうだな。
そしてその後に行われた政治制度の改革を大化の改新という。
この時初めて元号が生まれ、天皇を中心とする中央集権国家が始まったのさ。」
「元号って平成とか令和とかの…?」
「そうさ。最初の元号が大化さ。」
「そうだったんだ…歴史の授業で習った人と同じ人だったなんて全然知らなかった…」
「そなた…もしかしてどんな御方かも知らずに、和歌だけ詠んで覚えようとしているのかい?」
氷のように冷たい視線を歌子に送る。
美女にこんな風に見つめれるなんてお好きな方にはかなりたまらないだろうが、歌子にとっては恐ろしくてしょうがない。
「いや…だって学校の宿題として、出されただけで…いやいやってゆうかめんどくさいっていうか…あ!いや!今の無し!ウソです!!
めっちゃ興味あります!!」
強い吹雪のような冷たい視線に気付き、慌てて言い直す。
小町は首を横にふりながら、はあ~~~と呆れた声を出した。