早く来た黄昏に彼女は
わたしには、名前が2つある。
1つ目は、
16年使ってた『西山 莇美』。
『せいざん あざみ』と読む。
父親が倒産っていうか、蒸発するまでの名前。
2つ目は、
10年前から使ってる『田村 あさみ』
父の蒸発で、籍を抜いた母の旧姓 が
『田村』だったってだけ。
珍しくない名字に『あざみ』の濁点をとっただけ。
改名って15歳以上で 1回だけなら
自分で出来て、
そんなに難しく、ないんだよね。
ただ、家庭裁判所とかに申し立てとかあるから、
母親が旧姓に戻った時、親権を母親にして、
『田村 莇美・たむら あさみ』
に変えて、
正式書類以外は『田村あさみ』にしてる。
その後、母親は再婚。
また名字が変わったけど、わたしは、
『田村』のまま。自分だけの籍にした。
フリガナは、
以前は役所で登録されてなかったから、
例えば 『花』→『フラワー』って
名前を、『花』→『はな』に
フリガナをかえるのは全然出来るんだよね。
ちなみに、
父は未だ消息不明。もう殺されているのかも
しれない、、
こうして
わたしは、名前を2つ 使いわけてる。
ーーーーホテルバンケットの オフィス。
黄昏時グラデーションに変わる空に 照らされ、
向かいの建物も
オレンジ色に 染まるのを
天井から 床まである
大きい クリスタルガラスな
窓から 眺める頃。
ロッカールームでアサミに聞こえてくる、同僚達のお喋り。いつもの退勤時間は過ぎての残業上がりになる。
『今日はどうなるかと思ったけどぉ、合同お疲れ様会、ちゃんと間に合いそうよねぇ。 相手の 数、押さえれてるよね?やあよ、1人あぶれるとか。』
バンケットコーディネーターの同僚達が、あと少しの退勤時間を気にしつつ、算段をしてるのが聞こえてくる。そもそもアサミには『合同お疲れ様会』なる話はミズキからは聞いていない。どうやら、同僚達が急遽考えた、上層階エリートイケメンとの事実上合コンの様だ。
『大丈夫だって、ちゃーんと4人来るって約束だもん。しかもこのタワーの財閥グループ役持ち!!』
そんな 同僚達の話をアサミが微笑ましく、ロッカールームで見つめていると、
『やだ、田村さんに ニラまれた。なんか全然交流会とか 興味なしって感じ?まあ、呼んでないからねー。』
ニラんでいるどころか、微笑ましく見ていただけでも誤解されるのは、アサミが米国まで渡って変装コーチングを受けた賜物ではある。
『やめときなよ。地味女だけど、 仕事出来るから、上には 可愛がられキャラだよぉ〜。』
ゆるふわボブヘアの同僚は、遠くからとは言えども、アサミを手で シッシッって払う仕草をしている。アサミはロッカーの鏡で自分の目元を見てみる。少しコンタクトの白目過ぎたのかもしない。しかしそれも今更だ。
『カチッ』って、
ロッカールーム壁に掛かる時計音が した。
『『お疲れ様でーす、 お先に失礼しまーす。』』
ロッカールームから同僚達が上機嫌で撤収して行った次第。
こんなアサミでも昔は、女子に騒がれていたのだが、今は真反対の対応をされている。意図しての事だが、アサミは伊達眼鏡の目頭を 人差し指で 押さえながらロッカールームを出た。
「ミズキ先輩、お先に失礼します けど、何かまだ あるなら、、」
向かいのデスクで、最終計画書を打ち込んでる
ミズキに アサミは 声をかける。
「大丈夫。あと少しだから。タムラさんもは、そのまま上がって良し。」
デザインカットされたショートヘアのモデル体型に制服のスカーフが、ミズキをよりCAっぽい雰囲気にする。今も絶賛 猫の手も借りたい脳内フル活動中の先輩だ。
もうすぐ、各国の要人が国の式典に参列する為に来日。タワーホテルが母体のバンケットホール業としては、今日の緊急レセプションがなくとも、連日警備体制の計画変更が続き、ミズキは残業を余儀なくされている。
「じゃあ、コーヒーだけ淹て、、 帰ります。失礼します、、」
オフィスに設置されたコーヒーバリスタに、ミズキ先が好きな マキアートポーションをセットして
アサミが抽出をする。
『コポポポポ』
半年前から、式典の開催がニュースとなり、2ヶ月前には、具体的な交通規制や整備計画がされてきた。
「ここに、、置いておきます。」
アサミが、淹れたてのコーヒーをミズキのデスクに 乗せ、
「有り難う。」
ミズキ先輩の言葉を合図に、ランチ後の修羅場が嘘の様に静かになったオフィスを出る。
アサミの職場は、セレブ需要の区画都市『ヒルズビレッジ』にあるブランドホテルだ。
そのバンケットフロアは、ラグジュアリーヒルズに合わせてパレス朝にデザインされている。なかなか、荘厳なサロンホールあるせいか、海外のVIPにも十分対応出来る。
今回行われる式典参加の要人に随行してくる、官僚や補佐官の受け入れも打診される程。
ルームコンシェルジュはもちろんのこと、バンケットホールも、急な 各国同士の会合や、会見、会議や交流。それはもう、不測の事態が大いに予測され、対応を求められる立場になる。
それこそ 過去に首脳会議セッティング経験があるミズキは、指示書類に追い込みかけてる最中なのだ。アサミみたいな未経験者では、今は役にも立てない。
まだミズキの PC打ち込み音が遠くに聴こえる中、誰もいないフロアエレベーターに映る自分の姿を改めて見る。
『田村 あさみ』
身長が高いのに、真っ黒でクセのある長い髪を 無造作にバレッタでまとめているくせに、姫カットの如くサイドの髪を出して耳は 見えなくしているヘアスタイル。お陰で少し暗めなイメージになるよ。
ソバカスのメイクに、何の変哲もない、シルバー眼鏡。白目部分が多くなるダミカラーコンタクト。
瞳と耳は、どんなに変装しても変える事が出来ないとパーソナルコーチにいわれ、苦肉の作を取ってる。
とにかく地味に 目立たずに。
そうして生きてる今の アサミは映るの中で、無理に昔みたいに、笑ってみる。案の定、昔みたいな顔は映し出されない。
「これで、いい。これが正解。」
隠れるように 過ごすアサミには、合コンなど行けた身分ではない。
インテリな制服を脱いで、白のカットソーとブラウンのプリーツスカート、ノーカラーデニムジャケットに着替えた姿。飾り気なくシンプルで 無難な服を纏いメトロに乗って、下町情緒ある街の最寄り駅で、自転車に乗り換え。
途中の格安スーパーで食材を見繕い、築年数どれぐらい?かと2度見しそうな辛うじて メゾネットに
帰る。
「いろいろ訳あり没落令嬢の成れの果てか。」
名前変え、身なりを変え、性格変え、地味なOL演じる。
最近は、ハムスターとか、鳥とかなら飼ってみようかと思い付いて、オフィスタワーの向かいにある
コンセプトモールでペットショップを見に行くのぐらいが楽しみな女、
それが『田村 あさみ』