逆行悪女ですが(偽)らしく、竜騎士さまに溺愛されそうです。
聖女として、全ての人たちの力になりたいと思っていた……。
けれど、目の前に映る光景は、私が間違った道に進んでいたのだと、告げているみたいだ。
「――――聖女アイリア。民衆の為に使うべき力を、私利私欲に使った罪、償うがよい」
そう告げたのは、信じていた婚約者。第一王子ベラクス・リンドランド殿下だった。
ベラクス殿下の言う通り、高位貴族のために治癒魔法を使ってきたことは、間違いだったのだと、ここまで来てようやく理解した私は、無知で愚かだった。
「私は……」
続ける言葉を見失う。私は、目の前にいる人たちのために、聖女として力を使ったと言えるのだろうか。
否、言えるはずもない。ただ、自分の立つ場所を守りたい、ただそれだけだった。
その時、ベラクス殿下の隣に立った人影を見て、私は呼吸を止める。
それは、親友だと思っていた、リリスだった。
「本当の聖女は、このリリスに違いない。聖女を謀るのは、大きな罪だ。償え」
償えと繰り返し叫ぶ民衆の声。助けようと思っていた人たちの裏切り。
いっそ、呪われてしまえと叫ぶことが出来たらどんなにいいだろう。
でも、私は知っているから。弱い私が、いけなかったのだと……。
断頭台で、いよいよ刃が落ちる直前、大きくて悲壮な鳴き声が聞こえた。
まるで、おとぎ話の竜の鳴き声みたい……。それが、私が最後に考えたことだった。
***
「――――夢」
起き上がったのは、藁で出来た粗末なベッドの上だった。
聖女としての品格を高めるため、整えられた艶やかな茶色いロングヘアと、清貧を保つためという理由であまりにも粗末な部屋が対照的だ。
「夢……ではないのね」
ポロリとこぼれた涙。
それは、信じていたものに裏切られた悲しみからなのか、それともあまりに不甲斐ない自分自身対してなのか……。
「…………もう、何も信じない、誰も許さない」
硬いベッドの上から、フラフラと起き上がった私は、そう結論づけた。
そして、枕元のベルを聖女になって初めて鳴らす。
聖女であれば、必ず与えられる付き人。
けれど、私は付き人に何かを頼んだことがなかった。
誰かにものを頼むなんて聖女らしくないから。
でも、もう以前の私ではいられない。
「……権力を手に入れるわ。悪女になって、復讐するの」
このとき私はまだ、わかっていなかった。
何に復讐したいのかも、本当に求めるものがなんなのかも。
「聖女アイリア様、お呼びでしょうか」
現れた侍女は、幼い頃からそばにいてくれた。
聖女としての教育が始まった頃から、誰かに頼るなんて聖女たるものするべきではないという教えを受けて疎遠になってしまったけれど、今はまだそこまで距離はないはずだ。
「ところで、今は何年の何月何日?」
「え……?」
キョトンと私を見つめたのは、付き人であるローリアの茶色い瞳だ。
「…………」
「どうしたの?」
「――――は、はい。建国歴306年10月1日です」
「そう、ありがとう。下がっていいわ」
私が処刑されるのは、今からちょうど3年後だ。
そして、今現在、私はまだ第一王子の婚約者ではない。
そして、明日には大きなイベントがある。
竜に供物を捧げる日。50年に一度執り行われる、忌まわしい祭事だ。
「――――私は、竜の供物になる」
本当であれば、竜の供物になるのは、親友リリスだった。
神殿の決定は絶対で、泣きながら私たちは別れを告げた。
「神殿の決定は絶対……。でも、本当に? 選ぶのは、向こう側だわ」
そう、竜の供物になることが決まったリリスは、すぐに戻ってきた。
竜に食べられることもなく、無傷の状態で。
そして、戻ってきた日から、リリスの魔力は格段に上がった。
今考えれば、それが始まりだったのかもしれない。
優しく穏やかだったリリスは、変わってしまった。
その日から、なぜか私のことを敵対視するようになったのだ。
「リリスは帰ってきた。だから、私だって帰ってこれる可能性が高いわ。魔力が高まる理由を確認するの。だって、この日が私の分岐点なのは間違いない」
竜に出会ったものは、願いを一つ叶えてもらえるというのが、この国の古くからの言い伝えだ。
リリスは、その時の状況について口を閉ざし、語ることがなかった。
けれど、間違いなく何かがあったに違いない。
茶色く長い自慢の髪の毛をブラシでとかしながら、私はつぶやいた。
明日を境に、私の周りでは様々なことが変化する。
竜の供物として捧げられたはずの親友の変化。
第一王子の婚約者としての内定。
「――――でも、何でもいいわ。何かが変わる気がするもの」
私の時間が逆行した理由は、分からない。
でも、今日この日に戻ってきたと言うことには、大きな意味があるに違いない。
「……聖女なんてやめて、悪女になるの」
そうつぶやいた私は、まだ何も知らない。
明日起こるできごとも、新たな出会いも、悪女になってみせると心に決めたところで、私にはどうにも合っていないのだと言うことも。
鏡の中に映る、水色の瞳。
聖女になってから、紫色の光を宿した私の瞳は、鏡の中で静かに輝いていた。
***
竜の供物。
それは、建国の時に初代国王を助けたという竜との盟約に基づく。
その日、竜が現れて、生け贄となった聖なる乙女を連れていく。
あの日、竜の供物になることをリリスは泣いて嫌がっていた。
でも、私は神殿の決定は絶対だと思っていたから、見て見ぬふりをしてしまった……。
「ねえ、リリス……」
「うっ、アイリア、私……」
「竜の供物、私がなるわ」
「え……?」
顔を上げたリリスは、驚いたのか涙に濡れた美しいグリーンの瞳をパチパチと瞬いた。
「そもそも、竜の供物になるのは、聖女だって決まっているのに……。神殿長の意図が理解できないわ」
「そんな。神殿に逆らうなんて」
「いいのよ、私、聖女ではなくて悪女になるのだから」
「…………え? アイリア?」
小さなつぶやきは、きっとリリスには聞こえなかったに違いない。
そもそも、聖女ならともかく、私は悪女になるのだから、神殿の言うことなんて聞く必要ない。
……それに、どうして神殿は慣例通り、聖女である私を供物に捧げなかったのだろう。
そのことが、なぜか引っかかる。
「さ、服を交換するわよ。お互いベールで顔を隠してしまえば、分からないわ」
「あ、アイリア……」
思えば、お人好しで、気が弱かったリリスが、第一王子殿下とともに私をあんな風に処刑するなんて、不思議に思えてくる。
けれど、竜の供物に捧げられたあの日から、リリスは変わってしまった。
そう、まるで神殿の聖なる巫女が、悪女にでもなってしまったように……。
何度もこちらを振り返りながら、走り去っていったリリスの後ろ姿を見つめて、私は供物のために作られた、色とりどりの花に囲まれた檻に静かに入っていく。
ガチャン、と扉を閉めて、長い手袋をはめ、そっと膝を抱えて丸くなる。
リリスと私の身長や体つきは似ているから、厚いベールで髪と顔を隠していれば、誰も気がつかないに違いない。
それにしても、胸元がレースでしか隠れていないドレスなんて初めて着た。
聖女の服は、いつだって首元まで覆われていたもの。
水色の繊細な装飾がされた白いドレスは、最高級なのだろう。フワフワと柔らかい生地が着心地良い。
「さあ、リリス。時間だ」
「…………」
声を掛けてきたのは、神殿長だった。
私は、黙ったまま、ますます膝を強く抱える。
「…………竜の供物、リリス、お前も聖なる乙女だ。満足していただけるに違いない」
「…………」
神殿長の意図は分からないけれど、神殿に伝わる儀式を勝手に変えるなんて許されるはずないのに。
次の瞬間、複数の人たちが現れて、檻が持ち上がる。
神殿の祈祷室の奥、普段は鍵で閉ざされた扉の先には、長い階段がどこまでも続いている。
――――こんな風に、神殿に地下があるなんて、聖女をしているのに知らなかったわ。
そう、本当であれば、神殿の全てを取り扱うのは聖女のはずだ。
けれど、私はいつだって、何も知らされず、ただ周囲の言いなりになっていた。
その結果が、やり直し前のあの日だというのなら、私は神殿の言いなりになんて、もうならない。
下った先は、思いのほか広い空間になっていた。
俯きながら、チラリと確認すれば、精巧に描かれた古い魔方陣が目に入る。
……建国当時の、古代型魔方陣だわ。こんなに、どこも破損なく残っているなんて……。
魔方陣については、一番興味がある分野で、とくに私は古い魔方陣に目がない。
目の前にあるのは、何かを召喚するための魔方陣だ。
ベールを外して、今すぐ全てを確認したい、そう思っているうちに檻は魔方陣の目の前に置かれた。
「……それでは、尊き竜に粗相のないように。リリス」
「……」
私は、リリスではない。
結局、神殿長も、周囲の人たちも気がつかなかったようだ。
全員がいなくなったのを確認して、花嫁のドレスのように薄いレースが重ねられたスカートをそっとたくし上げ、魔方陣のそばにしゃがみ込む。
「思った通り、ものすごく精巧に描かれているわ……。再現できるかしら?」
「それは、竜の言語を知らないと難しいのではないか?」
「……そう、見たことのない文字列。魔法が込められているみたいだけれど、竜の言語なの」
「ああ、だが、分かるのか」
「…………そうね、半分くらいなら再現できそう……。ん?」
顔を上げた先には、いまだかつて見たことがないほど美しいグリーンがかった水色。
以前、巡礼の旅で見かけた鍾乳洞に湧き上がる、あまりに透明な水みたいな色だ……。
「…………」
「その瞳に輝く紫の光。本物の聖女か……。今回は約束が守られたようだな」
見たこともない髪と瞳の色をしたその人は、それだけつぶやくと、俯く。
涼やかな、少しだけ冷たくも見える切れ長の瞳と、整った鼻筋、少し不機嫌そうに見える引き結ばれた細い唇。
その人は、全てが、氷の彫像のように美しい。
サラリと音を立てるように、前髪が額にかかるのを、ただ見つめる。
どうして、竜の供物としてここにいるはずなのに、目の前に美貌の男性がいるのだろう。
信じられずにいる私を、その人はなぜか強い力で抱き寄せたのだった。
「ようやく会えた」
「えっ!?」
目の前の男性に取り外された厚いベールが、フワリと地面に落ちていく。
鼓動が感じられそうなほど、近い距離。
誰にもこんな風にされたことがない私は、動揺する。
「あ、あの! 私は、竜の供物にですね?」
「……供物? 竜人の花嫁の間違いだろう?」
「え?」
ギュウギュウ抱きしめられたまま、離してくれないその人は、竜人なのだろうか……。
「竜人って、遠い昔にいた?」
「今もいるだろう、ここに」
「……っ、古代の魔方陣をたくさん作り上げたという、あの竜人ですか?」
「ん? ……まあ、魔方陣は得意だな」
私の興奮は、最高潮に達した。
魔方陣さえあれば、悪女にだって簡単になれるに違いない。
「でも、どうして、花嫁だなんて」
「……約束だから」
「約束?」
「そうか、一緒に見に行こう。……それにしても、どうして」
パキンッと、私の心臓あたりで薄く張った氷が割れたような音がした。
「…………君には竜の魔法が、すでにかかっている?」
「え……?」
「……この術式、過去に戻ってきているのか。何があった……」
目の前にいる男性には、何でもお見通しなのだろうか。
驚いて、瞳を瞬いていると、唇をギュッと引き結んだ男性は、私の手首を掴んだ。
「俺は、ウィル。君は?」
「あの、アイリアです……」
「そうか」
抱きしめられていた体温が離れて、少し寒さを感じると、ふわりと私の肩にマントが掛けられた。
青いマントは、とても軽くて暖かい。
「人は……弱いと聞くからな」
「えっと、竜人というのは、人ではないのですか?」
「……ん? 遠い祖先に竜が混ざっているだけで、人には違いない」
「そうですか……」
その後、もう一度手首をガシリと掴まれて、魔方陣の中へと向かうウィル様。
魔方陣の中に足を踏み入れた瞬間、魔力が注がれて、周囲が青みを帯びた白銀に光り輝く。
「――――これ、移動魔方陣ですよね!?」
「そうだ。君は、竜人の花嫁に選ばれたんだ。挨拶に行くのが礼儀というものだろう」
「だ、誰に!?」
初対面の竜人であるウィル様に手を掴まれているだけでも混乱の極みなのに、さらに誰かに会いに行くという……。
こんな思いをリリスもしたのだろうか、と疑問に思いながら足元が消えるような感覚が怖くて、思わずウィル様にしがみついた。
「……はは。可愛らしいことだ……俺の」
その後の言葉は、吹きすさぶ風にかき消された。
たぶんとても大切な単語だったと思うのに、足の裏が地面についた感触に、恐る恐る目を開けた私の視界に飛び込んできたのは、幻想的な風景だった。
「うわぁ……。巡礼の旅で見た鍾乳洞に似ている。でも、宝石で出来ているのかしら」
光り輝いた柱。見上げれば、宝石で出来ているみたいに光り輝くつららがいくつも下がっている。
「星が……閉じ込められている?」
「……竜の魔力が長年ため込まれたものだ」
「竜の……魔力」
遠い世界の果てにいるという竜。
竜は確かに存在すると言われている。
けれど、本物を見たと言う話を聞いたことはない。
「――――こんなに、輝くものなのですか」
「そうだな……。長い年月、番を待ち続けた竜たちの願いが込められている」
「…………番」
そのまま、手を引かれて奥へ奥へと進んでいく。
本来であれば、太陽の光が届かないはずの洞窟は、きらめく魔力に照らされて、とても明るい。
「ほら、この先に」
「……え、ここを行くのですか?」
目の前にあるのは、高い場所にかけられた、ボロボロの吊り橋だ。
青白く光り輝いているところを見ると、魔法がかけられているのだろう。
だから、落ちたりはしないはず……。
少々のおびえは、見透かされてしまったらしい。
ウィル様は、口の端を歪めて、楽しそうに笑った。
「そうか、怖いのであれば、抱き上げていこう」
「え!? 逆に怖いに決まってます!!」
抱き上げられて吊り橋を渡るなんて、怖すぎる。
それなら、自分の足で渡った方がいい。
「そうか。では、おいで?」
有無を言わさず連れていかれる。
でも、後ろを振り返りながら進んでくれていることと、手をしっかり握られていることで、思ったよりも怖くはない。
「……ウィル様」
「ああ……。名前」
「名前?」
「名前を呼んでもらえるというのは、いいものだな。ところで、どうして、過去に戻りやり直している?」
吊り橋は、思いで語りをするには十分なほど長い。
私は、自分の身の上に起こったことを全て話した。
「なるほど……。その時の俺は、間に合わなかったのだろうな。そして、やり直しの魔法を君にかけたのだろう」
次の瞬間、冷たく微笑んだウィル様の微笑があまりにも美しくて、恐ろしくて背中がひやりとする。
「では、王国の全てを滅ぼしてしまおうか」
「えっ、そこまでは」
「そうか、ではアイリアを裏切った全てを焼き尽くしてしまうのは?」
「や、もう少し穏やかに……」
あれ? 私は悪女になろうとしていたはずなのに、どうして逆にウィル様をなだめているのだろう。
このまま、全力で乗ってしまえば、いっそ悪女になれるのでは?
……でも、さすがに、王国を滅ぼしたり、焼き尽くすなんてやり過ぎだと思うの。
「……始まりが、間違いだった。聖女と呼ばれるほどの力を持った人以外が、竜に会ってしまえば、欲望に飲まれてしまうだろう。リリスという少女は、気の毒と言えなくもない。だが、やり直し前の君にしたことを許す必要もない」
「え……。リリスが?」
竜の供物としてこの場所に来たリリス。
そのせいで、あんな風に変わってしまったのだとしたら……。
「そんな顔をするな」
「……以前のリリスを助けることは出来なかったのですか?」
「……アイリアの場合は、引き寄せられるような魔力を感じたから、俺が迎えに行っただけで、リリスという少女は、直接竜の元に飛ばされたに違いない」
「これから会う竜の元に?」
「そうだ……」
私がいくら、聖女と呼ばれているからって、欲望に飲まれてしまうのでは?
でも、その方が、悪女になるには都合がいいのかもしれない……。
「願いは決まったか?」
「悪女に……」
「そうか。だが、君にとっての悪とは、何なのだろうな?」
悪女になると、復讐すると決めたものの、いざ王国を滅ぼすなんて言われたら、足踏みしてしまう。
だから、たぶん私が願うのは、そんなことではないのだろう。
そもそも、リリスが私にしたことも彼女自身の意思ではなかったのだから……。
「それは、どうだろうか」
「え?」
今、私は、口に出していただろうか。
驚いて、顔を上げると、ウィル様は遠くに視線を向けた。
「願っていないことを竜は叶えられない」
「……つまり、望んでいたことだと?」
「その願いが、心の奥底からの強いものだったかは、分からないが」
「そんな……」
私にだって、人を妬む気持ちの一つや二つや、ううん、それ以上……あるのに。
「私が、欲望に飲まれたら?」
「それでも、そばにいる」
「初対面なのに?」
「ああ、人には分からないだろうか。出会った瞬間から、恋い焦がれるこの感情が」
「……」
ウィル様を見た瞬間、たしかに胸が痛くなった。
それは、ずっと探していた人をようやく見つけた安堵感と、自分のものにしたいという情念が複雑に絡み合ったような感情だ。
「ほら」
「え?」
唐突に終わりを告げた吊り橋。
気がつけば、私の両足は、地面を踏みしめていた。
「ひっ、きゃああ!?」
先ほどの鍾乳洞の一部だと思っていたのは、前足の部分だったらしい。
目の前には、氷のような色をした、巨大な竜がいた。
逃げだそうとした私の手は、やっぱり離してくれないウィル様に掴まれたまま。
「願いは?」
ウィル様の声がする。
復讐したいと思ったけれど、誰かが痛い思いや苦しい思いをするというのは違う気がして……。
「なるほど。では、さらに力が強い聖女として、周囲を見返してやればいい」
「は? 私は、悪女に……」
「君には無理だ」
私の方がおかしいとでも言うように、ウィル様が笑う。
膝をついたウィル様から差し出されたのは、青白く輝く一輪の薔薇だ。
「……これは」
「受け取ってくれないか?」
竜は鳴くこともなく、私たちを見つめている。
まるで、告白の証人にでもなるように。
「綺麗……」
「君に捧げる。俺の竜玉」
「は……?」
次の瞬間、美しく輝いていた薔薇は砕け散り、球状の魔力の塊に変化した。
そのまま、小さな魔方陣を生み出した魔力の塊は、私の胸に吸い込まれていく。
「きゃ!?」
その瞬間、膨大な魔力が体に入り込んでくるのを感じた。
熱くて、苦しいのに、どこかもっと欲しくて仕方がない。
「ああ、これで、君は俺のものだ。悪女とやらになれるように、俺が何でもしてあげよう。俺の……聖女」
聖女と悪女なんて、相反する存在ではないのか。
竜玉なんて、物語の中では、竜の命と力そのものだったのに……。
崩れ落ちた私を支える腕は、温かくて、ほんの少し怖い。
「では、また会いに来よう」
やっぱり、竜は何も音を発することなく、こちらを見下ろしている。
それが、最後の記憶だった。
***
目が覚めると、極上のベッドに寝かされていた。
神殿の貴賓室。こんな場所に寝かされているなんて、何が起こったのだろう。
ふかふかすぎるクッションは、寝返りを打つと体が沈み込んで、藁の布団に比べてどこか心許ない。
「……入れ替わったことに、気がつかれてしまったのかしら……。それにしても、妙な夢だったわ」
「夢だなんてひどいな。ようやく会えたのに」
「は!?」
部屋の端に視線を向けると、長い足を組んだ男性が目に入る。
美しい緑がかった水色の髪、そして瞳。
慌てて胸に手を当てると、確かに私のものではない魔力。
「…………あの」
「君は俺の番だ。だから、君は俺のものだが」
「か、勝手に決めないで!」
「もう遅い。だが、悪女になるのだろう? 俺を好きなだけ利用すればいい。そうだな、この程度の王国を滅ぼすなら、竜を呼び出さずとも三日とかからない」
「ひええぇ……。ダメです!!」
「そうか? 君が言うなら、控えよう」
竜人というのは、道徳観がないのだろうか。
もちろん、聖女に濡れ衣を着せて断頭台送りにするなんて、悪魔の所業だけれど、王国を滅ぼして罪のない人たちを巻き込むなんて、もっとダメだ。
「――――ダメですからね!?」
「了解した。君の願いなら、叶えよう」
笑いながら、そっと私の髪に触れたウィル様。
「贈り物だ。鏡を見て?」
そっと、のぞき込んだ鏡。
竜の羽のような髪飾りが、つけられていた。
「竜人の花嫁の髪飾りだ。俺の魔力を最大限まで込めてある」
「……つかぬ事をお聞きしますが、それってどれくらいの出力でしょうか?」
「王都を三日三晩で……」
「聞かなければよかった!?」
***
「ど、どういうことなの!? こんなはずでは!!」
「……そもそも、アイリアに悪女は無理があったな」
「……く! よっぽどあなたのほうが悪人だわ」
「君のためならば、何にでもなろう」
聖女をやめて悪女になりたい私は、最強カードを手に入れてしまった。
けれど、人の心の機微に疎い竜人ウィル様は、私の気持ちをくみすぎて暴走するので、必死になって方向修正するたび、それは人助けに繋がってしまう。
それから半年後、悪女になるはずだったのに、最高の聖女と王国を守護する竜騎士として、私たちは王国全土に祝福される花嫁と花婿になっていた。
fin
イラスト AKIRA33*様
盛り上がりの結果、出来上がった本作、楽しんでいただけましたら、ぜひ下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。
誤字報告、ありがとうございます。