なな
学園の午後「フォックス殿下!」と焦ったヒロインのアルディリアは、書庫にいるわたしとフォックス殿下に突撃してきた。
そして。
「どうして悪役令嬢のラビットと一緒にいるのですか? 彼女といても、フォックス様の呪いは解けません!」
……フォックス殿下の呪い。
乙女ゲームのフォックス殿下は、幼いわたしに「その笑顔が怖い」という一言で傷付き。それ以来、笑わなくなってしまう。呪いというより、悪役令嬢ラビットの言葉での呪縛のようなもの。
その呪縛をかけたわたしが婚約者となりらフォックス殿下はますます笑わなくなってしまう。その傷を、ヒロインのアルディリアさんが癒すのだ。
『私は、フォックス様の笑顔が好きです』
『……ほんとか? 嬉しい。僕はアルディの前なら笑えるよ』
ヒロインとヒーローの、可愛い告白のイベント。
だけど、転生したわたしはフォックス殿下の笑顔が、全てが好き。まだ前世の記憶がない頃の幼いわたしも、乙女ゲームとは違い。フォックス殿下をポーッと頬をそめて見て「可愛い」と呟いていたと、お茶のときにお母様がその話をするし。フォックス殿下の前でも話すから、はずかしい。
でも幼い頃フォックス殿下にお会いするたび、彼は獣化してしまい、わたしをナデナデ係にしてくれた。だから、フォックス殿下は呪いにかかってはいないけど、獣化が彼をおかしくする。
学園の書庫で、フォックス殿下はわたしを守りならアルディリアに聞いた。
「それで君が言う、僕の呪いとはなんだい?」
「悪役令嬢ラビットが「笑顔が怖い」と言った一言で、傷付いたフォックス様は自分が嫌い。あなたが獣化したとき、原種の血が濃くて元の姿に戻れなくなるわ!」
ヒロイン、アルディリアの言う通り。
フォックス殿下は乙女ゲームだと獣化したまま……元の姿に戻れなくなり、フォックス殿下は野生化してしまう。
一度野生化してしまうと、二度と元の姿に戻れなくなると言われてしまうが、ヒロインはフォックス殿下に噛みつかれながらも、彼のトリガーを見つけて元に戻す。
――あれは涙ものの、イベントだった。
その話を聞いても、フォックス殿下の表情は変わらず。
「ふーん。僕が獣化から戻れなくなるねぇ〜。それはないかな。それよりも君は、僕の婚約者ラビットにたいして言葉遣いがなっていないし、側近から話は聞いているよ。君は僕以外にも婚約者がいる男性ばかりに、獣人のしたリスの姿で言い寄っているだろう? あれ、やめた方がいいよ」
アルディリアが婚約者がいる人に言いよるって……それって、言い寄っている相手はみんな攻略対象者だ。だから彼女は首をブンブン振り。
「やめないわ、私はこの乙女ゲームのヒロインなの! みんなに愛される存在なの! フォックス様はやく私と手を取り合い、そいつから逃げましょう!」
「そいつから逃げる? 嫌だけど」
「ふえっ?」
期待していた言葉とは違い。驚きで、すっとんきょうな声を出したアルディリア。彼女はフォックス殿下の話を聞いたのにも関わらず、自分がヒロインだからと話が通じていない。
「あのさ、君のことはよく知らない。悪いけど、僕はラビットだけを愛している」
「そんなの嘘よ!」
「なら証拠を見せようか。ラビット、僕の頬にキスして」
「ふえっ? キス、ここでぇ!」
今度はわたしが、すっとんきょうな声を上げた。