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罵倒

「もし? よろしければ、何か悩みがあるのでしたらお聞かせください」


 

 ギロリ。

 鋭い目つきで、睨まれてしまう。


「聖女様! おやめなさい‼」


 慌てて外から入ってきた爺、彼が発した【聖女】という単語を聞いて、驚きの表情になる。


「あ、あんたが新しい聖女さま(・・)なのかい?;」


 そして、次第に驚きから、憎悪の感情が表に出てきた。


「あなた様のおかげで! この国は、とても快適でございます! 年々上がる税に、私たちは貧困を強いられ、王都へ入ってくる物資は盗賊に襲われままならない状況なのに、聖女様たちは毎晩歌い踊り狂っているとお伺いしておりますが!」


「や、やめないか! この下郎の分際で‼」


 げ⁉ 下郎? なんて、言葉を使うのだろう。

 

「は! 言わせてもらいますがね……あなた様の肌をみればわかりますよ! 真っ白で、美しい。栄養が足りていないなんてことは無い、それに比べ、私たちの肌をみてください! 臭く、お風呂に入られない。皮膚はただれ力ない民はみんな死んでいく……私の息子だって――‼ 次の聖女様であられるあなた様はいったい私たちに何を施してくださいますか? えぇ? また、増税ですか? それとも……ッ!」



 バチ――ン。


 大きな音が目の前で響くと、同時に目の前に立っていた女性が後ろに吹き飛んでいた。


「それ以上は、不敬罪として死刑に処しますぞ」


「は、ははは、いいさ! やってみな! もう、私には何も残っていないんだよ……そう、何も」


 怒りの顔のまま、瞳は深い悲しみに包まれていき、その奥から綺麗な雫が流れだしていく。

 そんなやりとりに対し、私は何もできないでいた。


 体が動かない。 なんで? 私が読んできた聖女たる存在は、この国を光で照らしていく存在のはずなのに。

 

「チッ! さ、出ましょう、臭いが移ってしまわれます」


 無理やり手を引かれて外にでると、今までの騒ぎを聞いてか、多くのギャラリーが私たちを取り囲んでいた。

 それに構わうことなく爺は手を引いて、囲みを抜け出していく。


 民衆の瞳は、皆同じ感じをしていた。

 それは、お店の女性と同じで、怒りと深い悲しみのみが映し出されている。


「じ、爺!」


「何もお聞きなさるな、今日は大通りだけにしましょう! やはり、間違っていた。こんな暇など与えるべきではないのだ!」


 無理やり、大通りまで通される途中に、爺は数名の兵士を私の護衛に付けてるようにと、申し出てきたが、それだけはと、断るも私が変な行動をしないことを条件に許してくれる。

 だけど、明るく賑やかな大通りに出るまでに、いくつもの路地裏には小さな闇が無限に広がっていた。


 

 これが王都? これが、聖女の光によって安寧を許されてきた二百年の威光というのだろうか?

 私は、以前はなんの力も無いOLだった。


 だけど、この世界にて新しい命をいただけたのは、ただ、籠の中の鳥として余生を過ごすためなに与えてもらえた命なのだろうか?

 今まで感じてきた大きな違和感に、私は少しだけ向こう側に光を見出し始めていた。


 結局、大通りに出ると表面だけは明るく楽しい世界であった。

 貴族が楽しそうに買い物をしながら、お互いの香水を褒め合っている。


 等間隔で配置された兵士たちは、常に目を光らせ周囲を観察していた。


 私も行動を一気に制限され、何もできずにその日は終えることになってしまう。

 唯一、許された私の自由な時間はあっけなく無くなってしまった。


「お嬢様、明日は王子との面会の後、いよいよ聖女の儀式でございます。前回の聖女様が亡くなり空白の期間が長すぎましたが、これでこの国は益々安泰でしょう」


 爺が心にもない、棒読みのセリフを述べて、部屋に閉じ込めてしまう。

 ガチャリと、鍵がかけられ埃が少しだけ舞うベッドに腰掛け、今日一日歩いた靴を脱いで横になる。


 普段、履きなれない靴で出かけたためか、いくつか擦れてしまいチリチリと痛んでいた。

 

「明日か……」


 いよいよ、私の夫となる人と会う。

 そして、聖女としての仕事が始まる。


 この国を光で照らすため、でも……どうしても、昼のあの女性たちの瞳が私を囲って離れない。


「怖くは……ないかな」



 不思議と恐怖という感情は感じない。 ただ、私が思ったのは、この世界に転生しひたすら心のどこかにわだかまりとして、居座っていたモヤモヤとした感情。

 それが、今、ほんの少しだけ晴れようとしていた。


「聖女とは?」


 何千回も読んだ聖女の教えを説いた本、どこに何が書かれているのかも全て把握していた。


「初代、聖女であるソマリは平民の出身、しかし、彼女の力は弱くも人々を救い戦争で荒廃した、この世界に新たな希望として芽吹いた」


 それが、二百年の長い年月をかけて狂い、今では忌み嫌われる象徴になり果ててしまっている。

 

「ソマリ、あなたはなぜ人々を助けようと思ったの?」


 彼女の名前を撫でる。 すると、指に熱がこもったような温かな感じがしてきた。


「?」


 不思議に思った私は、椅子に腰を落ち着け、深く目を閉じてもう一度ソマリの名前を撫でてみる。

 大丈夫、どこに彼女の名前があるかはわかっている。

 だって、この本は私の体の一部なのだから!



「……」


 しかし、今度は何も感じない。 肩透かしな感じに私は軽くため息をつくと、立ち上がりベッドに戻ろうと振り向くと、そこに人影がぼんやりと立っていた。



「! きゃぁ――」


『ま、待って! レイナ、私はあなたにお話があって』


 がっちりと、何かに掴まれたかのような感覚に包まれる。

 もちろん、声などは出せなかった。


『ごめんなさい、でも、許して? こうでもしないと、騒いでしまうでしょう?』


 霧のように、漂うその姿が光るとそこに一人の女性がはっきりと形作られ、私が普段寝ているベッドに降り立った。



「初めましてレイナ、私はソマリ」


 その姿は、私が想像していた聖女ソマリとはかけ離れていた。

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