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休息

 「開いてないわね、残念」


 「ですね……」


 私とヒョウカさんは道の真ん中に立っていた。

肉眼で捉えられる距離にお風呂さんと思しき

大きな建物が見える。煙突から湯気は立ち上って

いなかった。


 「いつでも入れそうなイメ……印象があるんですけど」


 「最初はそうだったんだけどね。酒盛り始める奴等が出てきたから、あるアヤカシが怒って不定期にしちゃったのよ」


 「あるアヤカシ?」


 (水に関係のあるアヤカシかな。沢山いるけどここに来て

会ったのは有名どころばかり。

 河童はキュウスケ君だったし、海坊主はちょっと

大変そう。となると……)


 「川姫さんですか?」


 「よく分かったわね。水場のアヤカシなんて

沢山いるのに……」


 驚き半分、呆れ半分でヒョウカさんが私を見る。


 川姫はその名の通り川にいる少女の妖怪だ。

とても美しく男性を虜にして

そのまま川に引きずり込むとも言われている。


 「あ、ありがとうございます」


 「『酒盛りさせる為に始めたんじゃないんだ』ってね。

でも、もしかしたら建物の中には居るかも――」


 「行ってきます!」


 ヒョウカさんの言葉を最後まで聞かずに

建物めがけて走り出す。

 入口と見られる扉には鍵はかかっているようだが中の様子が少し見えた。

番頭台があって男と女の暖簾が掛けられている。


 「私の世界の銭湯と近い……」


 「……人間さん、何か御用?」


 左側から声が聞こえた。そちらを向くと小さな池から髪の長い美しい少女が私を見ている。


 「あ、お風呂入れないかなって思って……」


 「……今日は開けないつもりだったけど

開けてあげる」


 「いいんですか!?」


 「うん。人間さん久しぶりだから。

確認だけど貴女がユウカね?」


 そう言いながら彼女は池から出てきて扉の前に立った。

そして懐から鍵を取り出すと扉を開ける。


 「はい。私が優和です。どうして私の名前を――」


 「河童君が騒いでたわ。とても面白い娘だって」


 「ああ……」


 (キュウスケ君元気になったんだ。良かった)


 一瞬だけ見せた悲しみの表情まだ頭に残っている。

騒いでいたと聞いて安心した。


 「ちょっとユウカ、二回目よ!

急に走り出さないでちょうだい!」


 少し不機嫌な様子でヒョウカさんが走ってくる。

私は慌てて頭を下げた。


 「ご、ごめんなさい!」


 「……ヒョウカ。大変そうね」


 「まあね……。やっぱり建物の近くには居たのね、ワカ」


 「……様子は気になるもの」


 そう言いながらワカさんは私達を交互に見た。

やっぱり人間が居る事が珍しいのだろうか。


 「……お風呂入るは良いけど温めないといけないから

少し時間かかるよ?」


 「時間ならあるから大丈夫です!」


 「わかった。ヒョウカも入る?水風呂用意するよ?」


 「……言葉に甘えさせてもらうわね」


 こころなしかヒョウカさんは嬉しそうだった。

身だしなみは大事にしているのだろう。


 「姥ヶ火おばあちゃんー!お仕事ー!」


 ワカさんは中に入ると大声で叫ぶ。

すると、どこからかバスケットボールぐらいの大きさの火球が現れた。


 「お仕事だね?了解了解。

……おや人間とは珍しいねえ。ケッケッケッ」


 「どうやって喋ってるんですか?」


 私の言葉に姥ヶ火が困ったように空を往復する。


 「………………そこは驚くところじゃないのかい?

普通はアタシ見たら腰抜かすのが多いのだけど」


 「慣れてるので」


 「はぁ……なんとも肝の座った娘さんだねえ」


 「私は優和と言います。姥ヶ火さんはなんて名前ですか?」


 「名前なんて考えたこともないよ。ワカちゃんは

おばあちゃんって呼んでるけどね。好きに呼びな。

……ユウカだったかい?顔を近づけてみな」


 言われたとおりにすると炎の中に老婆の顔のようなものが浮かんでいるように見える。


 (あ、だから喋れるのか)


 「って熱いっ!」


 「そりゃそうさ、炎だから。

沸かすから少し待ってな。……とは言ったけどやる事がない

ならなら手伝ってくれるかい?」

 

 「はいっ!もちろんです!」


 「左側に桶の山があるだろう?下の方に金属でできた桶があると思うからそれを持ってきてくれるかい」


 早速向かうと20個ぐらいの桶がピラミッド状に積上がっていた。申し訳ないと思いながら形を崩していくと

一番下に平らな桶がある。


  (桶というよりお盆に近い)


 「持ってきました」


 「それを湯船に浮かべておくれ」


 いつの間にか水が満杯に入っていた。驚きながらも

桶を浮かべる。すると姥ヶ火さんが桶と接するように

降りてきた。


 「部屋の中の温度上がるから外に出てな。

火傷するよ」

     

 「わ、わかりました」


 戸惑いながらも風呂場を出た。言葉は素っ気ないが気遣ってくれているのがわかる。

 脱衣所で佇んでいるワカさんが目に入った。


 「あ、ワ――」


 「キエエエエェーーーイ!!」


 突然、祈祷師がお祓いをする時のような叫びが響き渡って思わず身震いする。


 「な、何⁉」


 「姥ヶ火おばあちゃんよ。水を沸かす時はいつも

こうなるの。量が多いから」


 「そ、そうなんだ……」


 「……おばあちゃんのお手伝いしてくれてるの?

なら、おばあちゃんが呼びに来たらこれを持っていって」


 そう言って薪の束を差し出される。


 「薪……」


 「うん。疲れるから火力が欲しいんだって」


 「わかりました。そういえばヒョウカさんは?」


 確かワカさんと一緒に居たはずだ。お風呂に入ると言っていたので帰ってはいないと思うが不安になる。


 「ヒョウカなら先にお風呂場に行ったよ。ユウカに よろしくって。

 あと、一緒に帰るから勝手に帰らないでちょうだいって」


 「はい……」


 (話聞かずに行動したから警戒されてる)


 自業自得といえばそれまでだが少し悲しくなる。


 「薪ーーー!!」


 「あ、おばあちゃんだ。じゃあ、よろしくね」


 「はぁ……」


 訳がわからないまま薪を抱えてお風呂場に戻った。

中に入ると室内が湯気で覆われており温かそうだ。


 (姥ヶ火さん……いた!)


 最初より少し小さくなった姥ヶ火が湯船の宙に

浮いていた。


 「薪ーーー、おぉ、持ってきてくれたね。

それを投げておくれ」


 「わ、わかりました」


 力任せに薪を放り投げると姥ヶ火はそれを包み込むように形を変えた。木の燃えるパチパチという音がして彼女の勢いが強くなる。


 「はー、落ち着いた……。さ、入ってきなよ」


 「ありがとうございます!」


 私がお礼を言うと姥ヶ火はユラユラと揺れながら

姿を消した。


 「よし、入ろっ!」


 私は脱衣場に戻ると準備に取りかかった。

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