再び拠点へ
(スエちゃんについてきてもらって良かった)
私はそう思わざるを得なかった。拠点までの帰り道が全くわからなかったからだ。
彼女に尋ねると「こっち~!」と言って笑顔で先導してくれている。
「ユウカおねえちゃんは、いつきたの?」
「今日来たばかりだよ。気づいたら迷い込んじゃってて……」
「そうなんだ~」
すぐに帰るなんて言ったら悲しむだろう。さっきのショウ君のこともあるし、うっかり言いそうになったがどうにか
抑えた。
「おねえちゃん、かわったきもの、きてるね」
「あ、うん。これは――」
その時、路地の奥の方に何かが蹲っているのが見えた。
陽が当たっていないので暗くて見えにくいが、
誰かいるようだ。
(アヤカシだよね……?気分でも悪いのかな?)
「スエちゃん、ちょっと待って。そこの路地奥に誰かいるみたい」
「うーん?」
スエちゃんは不思議そうに首を傾げながらも止まって
くれた。私は早足で蹲っている何かに駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
「……………………」
姿勢を屈めて声をかけても反応がない。意識が無いのなら大変だ。誰かを呼んでもらおうとスエちゃんの方を向いて
立ち上がる。
「スエちゃん、この人――」
「おねえちゃん、あぶないっ!」
「え?」
振り向くと黒い影――猫又が私に鋭い爪を振り下ろそうと
していた。拠点であった者とは違うみたいだ。
認識はできたものの、体は反応できない。
「隙ありーー!!」
「おねえちゃんっ!!」
せめてもの防御として腕で頭を覆う。怪我はしてしまうけど何もしないよりはいい。
もうダメだと思った時、どこからともなく強風が吹いてきた。立っていられなくてしゃがみ込む。
「に゛ゃあぁぁ⁉」
猫又の困惑した声が遠ざかっていく。今の強風に飛ばされたようだ。
風はすぐにおさまって天狗が力強く翼を羽ばたかせながら私の前に降り立った。
この天狗も拠点であった者とは違うようだ。
「危ない所だったな。人の子よ」
「助けてくれてありがとうございました。
あの、さっきのアヤカシは……」
「あれは『あちら側』の者だ。我等と意志は違うのは確かだが、見かけでは判断がつかぬ。
故に何食わぬ顔をしてこちらに紛れ込んで来るのだ」
(あれが……)
私が油断していたところを攻撃してきたし、
なかなか賢かった。
それに一方的に人への執念を感じ取った。
「今まで幾重も同じような事が起こったから
このように空から巡回しておるのだ」
「そう……なんですね……」
(他の妖怪達も今みたいに襲われてたってことか)
私の場合はたまたま助かったが、あのままだったら死んでいたのかもしれない。
「助けてくれて本当にありがとうございました!」
「もう安心だとは思うが、くれぐれも気をつけられよ」
そう言うと天狗は飛び去っていった。その姿を見送り
ながら、さっきの出来事について考える。
(あちら側のアヤカシ達、本当に人の事を――)
「おねえちゃんっ!!」
「わあぁっ⁉」
いきなりスエちゃんに抱きつかれた。
驚いて彼女を見ると目に涙を浮かべている。
「と、どうして泣いてるの?」
「だ、だってスエなにもできなかった。
ユウカおねえちゃんが、けがしたかもしれないのに……」
「……スエちゃん、叫んでくれたよね?
たぶんその声を聞いて天狗が来てくれたんじゃないかな?」
「……………………そうなの?」
顔を赤くしながら私を見つめてくる。
「うん。だから何も出来なかった訳じゃないよ。
スエちゃんが叫んでくれてなかったら私、怪我してたから。ありがとう!」
(それに今日合ったばかりなのに懐いてくれて、
何も出来なかったって泣いてくれるなんて……)
「う、うわあああんっ!!」
「えぇっ⁉私ひどい事言った?」
「だ、だって、そんなことっ、いわれたら
スエうれしくて、なくもんっ!」
「う、嬉し泣き……?」
早く拠点に戻った方がいいのだろうが、スエちゃんを
泣かせたまま歩くわけにはいかない。
幸い、彼女は10分ぐらいで泣き止んでくれた。
「大丈夫?行けそう?」
「うん!もうだいじょうぶ!」
「じゃあ、さっきの事ヒョウカさん達に伝えに
行かなきゃ……」
「わかった!ついてきて、おねえちゃん!」
本当に先程までの悲しさは吹き飛んでしまったようで、
すごい勢いでスエちゃんが走り出した。
私も走れば追いつける速さだが、歩いていったら確実に見失ってしまう。
「ま、待って!」
私も慌てて後を追った。村の中はけっこう広いようで
3回ほど角を曲がった気がする。
拠点についた時には息を切らしていた。
「は、走るの好きなんだね……スエちゃん……」
「うん!ショウとよくおいかけっこしてるの!」
そう言ってニッコリと笑う彼女は肩で息すらしていない。さすがはアヤカシといったところだろうか。
「騒がし――あら、おかえり」
足音が響いていたようでヒョウカさんが門から
顔を覗かせる。
「た、ただいま……戻りました……」
「早かったわね。日が落ちるまで帰って来ないのかと
思っていたわ」
「心配させてたら申し訳ないなって」
「あら、そう。……座敷童子達に会ったのね」
私の横にいるスエちゃんを見ながら彼女が言う。
「ヒョウカおねえちゃん!きいてきいて!
スエたちおそわれそうになったの!」
スエちゃんの言葉を聞いたヒョウカさんは血相を変えて私達に近づいた。
「なんですって⁉本当なの、ユウカ?」
「はい。運良く天狗さんに助けてもらいましたけど……」
するとヒョウカさんは少し唸ってから顔を上げた。
「その話、詳しく聞かせてちょうだい。
スエも一緒に来てもらうわよ」
「はーい!」
歩き出したヒョウカさんの後をスエちゃんが小走りで
ついていく。
「ユウカおねえちゃんーおいていくよー?」
「ち、ちょっと待ってー!」
(閂閉めなきゃいけないのに!)
2人とも忘れてしまっているようだ。
私は手こずりながらも閂を閉じると二人の後を追った。