歌う暖炉
解りにくい表現を修正しました
イメージイラストを描いていただきました。
後書きにあります。不要の方は画像非表示でお願いします。
ヴツブルクの森番小屋は、石造りの立派な家でした。小屋と言うよりも、小さな家と呼んだ方がいいくらい。
そこは、魔法の力で守られた建物です。夏の暑さも、冬の寒さも、森番小屋に居るときにはへっちゃらなのでした。
この森番小屋には、主がないように見えました。いつ行っても、自由に出入り出来るのに、だあれも居ないのです。
森の番は、一体誰がしているのでしょうか。
そもそも、この小屋がいつからそこにあったのか、だあれも知らないのでした。
冬になると、森番小屋の暖炉には、暖かな火が入ります。誰も薪を足さないのに、ちょうど良い炎がずっと点いています。
その上、暖炉は歌うのでした。古い歌や子守唄など、短い歌ばかりでしたが、とても心地よい声で、寒さをしのぐ休憩時間を楽しませてくれるのでした。
ある冬に、小さな女の子が、この森番小屋にやってきました。その日小屋を訪れたのは、その女の子一人だけでありました。
女の子は、薪を拾いに来たらしく、背中に背負った背負子一杯に小枝を乗せてやって来ました。
小屋の外で背負子を下ろし壁に立て掛けると、分厚いミトンをした小さな手で、森番小屋の扉を開きます。
「わあ、暖かい」
女の子は、コートの雪を払うと、目を輝かせて暖炉に近づきます。女の子は、歩きながら雪の染みたミトンをゆっくりと外し、暖炉の柵に干しました。
コートも脱いで、暖炉の横にあるフックにかけました。
すると、その時、暖炉が優しく歌い始めたのです。
「まあ」
女の子は、何処から声が聞こえてくるのか、不思議に思いました。キョロキョロと辺りを見回しています。
女の子は、魔法の森番小屋について、あまりよく知らなかったようです。小屋は、森の奥ではないのですが、村の近くでもありません。子供だけで遊びに来るような場所ではないのです。
女の子は、この冬初めて1人で薪を拾いに出たのでしょう。小屋の存在は聞いており、夏の内に場所も教わっておりました。それで、薪を集めたあとで、帰る前の休憩にやって来たのです。
「あなたが歌っているのね?」
しばらく見回した後で、女の子は暖炉に話しかけました。
暖炉は、びっくりして歌を止めてしまいました。
「あら、恥ずかしいの?素敵な歌なのに」
暖炉は、気の遠くなるほど昔から、冬には歌い続けておりました。みんな、それが当然だと思っておりました。誰かに話しかけられるなんて、一度もなかったのです。
だって、暖炉とお話出来るだなんて、誰一人として思い付かなかったのですから。
「ねえ、歌ってよ」
女の子は、黙ってしまった暖炉に、熱心に話し掛け続けました。
暖炉は最初の驚きから立ち直ると、また静かに歌い始めました。女の子はじっと炎を見つめながら、暖炉の歌を聴いています。暖炉の声は、何時もより少しだけ楽しそうでした。
それからまた、どれだけの時が経ったのでしょうか。ヴツブルクの森には、訪れる人が稀になっていました。
あの魔法の森番小屋も、すっかり忘れ去られておりました。
今では、人々が暖炉を使うこともなく、薪を拾う子供はおりません。セントラルヒーティングやエアコンがあるからです。家に帰る前の休憩として、森番小屋で暖まって行く人は来なくなりました。
それでも暖炉は歌っています。
冬の寒い朝も、冷たい風の吹く昼も、吹雪の夜も。ずっと、柔らかく歌っています。
暖炉は、見つけて欲しいのでした。
昔のように森に分け入り、魔法の森番小屋を探し当てて欲しいのです。