19.私と魔術師と騎士との関係は
「ギャッ! いだっ」
介護職に祝日も休日もない。まして元旦なんてなおさら人がいない職場にいる奏は、毎度のごとく出勤だった。それでも正月だしお餅が食べたくなり大袋しか売っていなかった切り餅を抱えてヨロヨロと帰宅した。そして、それを足元に落した。いやだってさ。
「真っ暗闇で止めてよ! 電気つけなさいよ! ん? いや違う。何でまた来たのよ?!」
玄関に入ればセンサー式のライトに照らされた大きな姿はランクル君だった。
「今回は一人? あれ、なんか顔色悪いわよ。大丈夫?」
「ただ寝ていないだけです。急にすみません。ギュナイルは後から来ます」
暗がりでも青いし痩せたかな。
「はぁ、しょうがないな。炬燵はいってあったまりなよ」
体調が悪そうな人を追い出すのも気がひける。とりあえずランクル君の背中を部屋へと押した。
「手伝います」
「いいよ。あともっと話し方とか楽にしていいよ。家でまで仕事中みたいな感じするし」
キッチンに立とうとする彼に有無を言わせずお断りをして炬燵に押し込んだ。いや、狭いし貧血とか起こして倒れられても運べない。
* * *
「いただきますー。熱いから気をつけてね」
「柔らかい」
「お雑煮だよ。ばーちゃんに教えてもらったのなんだけど、家によって違うみたい。具は少ないけど私は好きなんだ、これが」
鰹だしの汁の中には、薄く切った大根に鶏肉、ほうれん草が少し。飾りに縁がピンクのかまぼこだ。あとは削り節をかけておしまい。
「うまい」
「おかわりあるからね」
ふうふうしながらお餅を頬張ばりおかわりを2回した頃にはランクル君の血色もよくなってきてほっとした。
「ありがとうございました」
「そんで、どうしたの? あ、ブレスレット返してもらうの忘れたから持ってきてくれたの?」
食後の玄米茶を淹れ湯呑を彼の前に置きみかん食べる?と渡そうと屈みながら話しかければ。
「…これは返さない」
「え?」
「俺は、このまま婚約を継続したい」
位置が逆転し、ミカンが手から離れてフローリングに転がっていった。
「お茶、危ないわよ!」
「貴方は、いつも警戒心がない。それとも、そう見られてなさ過ぎるのか」
両腕は上にそれぞれバンザイの状態で緩く固定された。完全に無防備である。いや、それより。
「なんで、そんな悲しそうな顔するの?」
「あれから砦に戻れたんですが……貴方が、カナが帰還してから仕事に身が入らないんだ。部下にまで注意されましたよ」
それって私が悪いって言いたいわけ?
「いえ。俺が貴方を欲しくなった」
片手が伸びてきてまるで壊れ物を扱うみたいな手つきで私の左頬を包む。
「無理よ」
「なら、全力で拒否してくれ」
「お雑煮食べた後にすぐキスとかそもそも無理!」
淡い赤色の光が私とランクル君を一瞬包み消えた。
「清浄した。これでいいか?」
なんか違う! いや私の言葉の選択ミスか?!
「落ち着く」
「ちょっと! ざっとしかシャワー浴びてないから!匂い嗅がないでよ!」
「何故? 良い香りだが」
首筋に顔を埋められ匂いを嗅がれ、それだけでは終わるはずもなく。
「んっ、だから嫌だってば!」
「ならば逃げろと言っている」
水色の瞳が私を見たのは一瞬で、すぐに再開された。
これ、本当に不味くない? 逃げろってどうやってよ。本格的に焦り始めれば。
「何をしているんですか?」
「ああっ! いいとこに!」
ギュナイルが現れ私達を見下ろしている。助けが来たと今回ばかりは喜んだのに。
「抜け駆けはいけませんね。私も混ぜて頂けますか?」
「…は?」
私の頭上にギュナイルは移動し顔を近づけてきた。
──こいつ等。
「ちゃんと説明せいや!」
ゴッゴッ
お腹に力を入れ身体を思いっきり浮き上がらせ、そのまま二人に頭突きをお見舞いした。
* * *
「だからですね。試験的にとはいえ再び貴方にお会いできてランクルと私の意思が一致したのですよ」
「ああ? 何が一致したっていうのよ?」
とても優しい私は二人に食品用の保冷剤を渡し、彼らはそれぞれオデコと鼻を冷やしている。
「私達は、貴方と婚姻を結びたいのです」
「ムリムリ」
即断りをいれる。
「どこが問題なのか知りたい。貴方は、本気で抵抗しなかった。今も…帰還する前も」
「ランクル、貴方、何をしたのですか?」
「今は断られる原因が先だ」
いや、根本的に不可能でしょ。
「そもそも異世界でしょ。それに政治的な問題もあるからって事での婚約だったじゃない。あ、私がいないといけない状況なの? あの水晶玉もどきが浄化する機能をはたしてなかったとか?」
弓といい、何で作られているのか不明な杭や水晶玉もどき。あげくに今、二人がしているブレスレットは全てばーちゃんが生前用意してあった品々だ。
怪しさ満点だけど、ばーちゃんは、全て先を把握していたとしか思えない。ならばあのばーちゃんがミスをするはずは、ない。
「な、なに?」
粘着質っぽいギュナイルが、私の手を握ってきた。しかも触り方が優しい。
「政治的なものではないですよ。そもそも陛下は、召喚を禁忌としている方です。貴方が国に危害を加えないと判断をされてからはなおさら元の世界に戻せるようにレイルロードにも命令していました」
だったら。
「なんで今更、私の前に現れるのよ?」
「私やランクルに触れられるのは不快ですか?」
前にあった事を、いまさっきされた事を思い出す。
見つめられながら指先に触れてくる感覚。強引な、だけど焦がれる様にされたキス。
「……嫌じゃない」
聞かれてどれくらい経過したか分からないほどの間が空いた後に、私は、本音を吐いた。
「──よかった」
私の小さな声に、ランクル君は、安心したように呟くとくしゃりと笑った。
何その顔。反則なんだけど。
「でも、急には無理だし、ちょ、やめてよ」
ギュナイルが手のひらにキスをしてきたので、今度こそ手を引っこ抜き文句をいえば。
「勿論。お仕事もあると思いますので。ただ、私達がたまに此方に行き来させてもらえますか?」
こちらも、なにやらニコニコしている。
なんか、もういい。
「まだ正直混乱してる。だけど、遊びにくるのはたまにならいいわよ」
一人じゃないクリスマスや正月は、意外と楽しい。
本家との縁も辛うじてばーちゃんで繋がっているだけだった。親たちとも仲は悪くないけど、元々のタイプが違うので噛み合わないから生存確認の連絡くらいだ。
「婚約とかその先はまだ考えられないけど、あなた達が家に来るのは嫌じゃない」
二人は、目を丸くしたあと。
「「また、来ます」」
清々しく笑って帰っていった。
* * *
「食料とか料理してくれるのは助かるけど」
「けどなんですか?」
「来すぎでしょ!!」
正月の出来事の後、彼らは3日毎に来るのだ。
「カナは、食生活が乱れすぎですし。湯浴みもちゃんとされたほうがよいですよ。ああ、次からはランクルと話し合い休みがやはり難しいので交代で来ますから。そのほうが色々深められますし。ねぇランクル」
「ああ」
色々ってなに?!
「ああ、カナ、そろそろ貴方のお名前を教えて頂けますか?」
「洗脳されたりしそうだからヤダ」
「するのか?」
「ランクル! あなたも真面目に聞き返すな!」
「まさか。操り人形じゃつまらないですよ」
ニコニコして言う内容なの?
怖い、怖すぎる。
「絶対教えない!」
「ほら、カナが好きなテンドンが出来た。食べないのか?」
ランクルがテーブルに置いたエビなるものを揚げコメをよそった上にそれを乗せタレをかけたテンドンなるものを出せば、とたんにカナはぐらつき始める。ランクルの料理の腕だけは適いませんね。
「くっ…食べ物に罪はない」
悔しそうにしながら小さな口を広げてかぶりつく姿に自然と笑みが浮かぶ。
いまだ懐くには時間がかかりそうだが、早い段階で呼び捨てにされ、なんだかんだ言って疲れている時には気にかけてくる態度に二人はいっそう強く思うのだ。
──必ず連れて帰ると。
「ギュナイルも食べてみたら? すっごい美味しいよ!」
「ええ、頂きましょうか」
暫くは、この生活を楽しみましょう。
いまや慣れた手つきで箸を扱い食べるその顔は、彼女と出会う前とは違いとても穏やかだった。
〜END〜