15.私と王子
バシュ─
夕闇の中に一筋の光が長く尾を描く。
それはまるで黄色の蛍光ペンで書いた線のようだ。
「熱心だねぇ」
肩に掛けられた上着からハーブの香りが柔らかく香る。
王子様なのに素朴な匂いを付けているのがちょっと意外性を感じる。
「大切な物なのに地面に広げていいの?」
彼は私が風で飛ばないように四隅にその辺にあった石を重しに使用し地面に置いているのに呆れているらしい。
「殿下」
「ジルで良いよ」
「殿下」
「……」
「ジルヴェール殿下」
「……」
イラッ。
「ジルジル」
「ちょっ…酷くない?」
無反応は直ぐに終わる。もう少し粘りなさいよ。
「あぶっ…何これ?」
ジルジルに拳大の水晶玉(仮)を投げれば、彼は反射的にキャッチするもハテナマークが沢山あるようだ。
「その玉を今すぐ置いてきて」
「は?」
更に困惑する王子においでと地面に置いてある地図に近づけさせると。
「なんか光ってるね」
水晶玉もどきから一筋の白い光が発生し、それは地図の一点を示している。
「マーカー湖じゃないか」
「なんでもいいから、それを置いてきてね」
「何で俺が? しかも、よりによって獰猛な生き物がウヨウヨいるんだけど」
「そうですか」
知るかそんなの。
「私がわかるのは、その水晶玉もどきはジルジルに反応したの。すなわち、貴方じゃないと駄目なの」
人差指で意外にも鍛えてある胸元を突いた。
「へらへらしていてもいいけどさ。たまには本気、出してみたら……変わるかもよ?」
いや、やる気になってもらわないと私も困るんだわ。
「しかもそれを目的地に置いてくれば瘴気から解放されるわよ」
多分だけど。
勿論、王子にはかもしれない事は言わないでおく。
「そうね。三日以内によろしく」
根拠もないが期限を決めたほうが動くだろうしね。なにより私は、早く帰りたいの。
「殿下、昨日一般市民の生活を観察してきたんですけど年配の方々の暮らし、悪くないですね」
王子は、年寄はいらないみたいな口調だったが実際に見学して感じたのは。
「家族を支えていた人が、支えられてもらう側になると家族が各々の出来る範囲でお世話をする。しかもお世話をする側の人数が多いから負担も分散される」
なによりも。
「本人が心苦しくなく穏やかに家で最後を迎えられる」
核家族化に加えて老老介護、高齢者が高齢者の親を看なければいけない私が住む国とは違う。
魔法や魔術での緩和治療も大きい。薬を使用せず痛みを感じない彼らは、最後が訪れるギリギリまで動ける者も多いようだ。身体を動かせるというのは、実はとても重要である。
「王子は、もっと自分の国のいいトコ見つけると楽しくなるかも」
綺麗な瞳を見開いた王子は素になっているのか。なんか品の良いガキンチョみたい。
「ジルヴェール殿下、くどいようだけど三日以内に役目を果して下さいね。では失礼致します」
私は、ドレスをつまみ挨拶し王子に背を向けた。今の挨拶は付けられたマナー教師に合格点もらえるなと奏は、心の中で自分を褒め称える。
王子様、君がやり遂げてくれれば、帰れる!
「あー、カレーとかいいな」
異世界の料理は洋食にそっくりで美味しい。だけど調味料の違いか贅沢だと理解はしているが飽きてきたのだ。
「まてよ。鍋も捨てがたい」
奏は、飛ばされる前の場所は猛暑だった事をすっかり忘れていた。その為、肌寒い夕方の風を受けて思うのだ。
「すいとんもいいわ〜」
次から次へとご飯の仕上がりを想像し、よだれがでそうだ。いやほんの少し口の端から出ていたので慌ててすする。
「ねぇ、三日以内になんて無理だよー!」
後ろで騒ぐ王子様の悲壮な声は奏には響いていなかった。
「あ、おでんもいいな」
奏の頭の中はしばらく食べ物の事でいっぱいであった。