■8 魔法戦技
※2/25 大幅修正。
「《スラッシュ》!」
ボクは目の前に先程まで攻防を繰り広げていた、《マッドウッド》という古びた木の魔物を戦技を使ってから伏せた。
《マッドウッド》を倒した瞬間に、煌びやかな光の粒子が天へと飛び散った。そして目の前にはドロップアイテムが表示される。
「えっと、《古びた木片》が二つか……あんまり使えそうにないね」
「そうですね。残念ですが」
「まあでも、これでボクの【心得】も熟練度が最大になったから、新しい【心得】を手に入れられるよ」
「それは良かったです!それで、何にするんですか?」
「そうだね……【剣術】、【長剣術】に【大剣術】、【細剣術】に【刀術】か……どうしよう?今のボクの戦闘スタイルからいくと、やっぱり二刀流だよね。だったら、軽くて速度のある【細剣術】。それとも、宮本武蔵みたいな【刀術】で二天一流とか。いやそれだったら【大剣術】で、大剣を振り回すもいいかな?」
「そうですね。やっぱり安定して使いやすいもの、または自分にあったものを選ぶのがいいと私は思いますよ、グレンさん」
「そうだよね。だったら、【剣術】にしようか。【剣術】なら、とりあえずは全ての剣が使えるから、直剣や刀も問題ない。いざとなれば【二重武装】を使えば、使えるからね」
と、ボクは即座に【剣術】を選択する。
すると、熟練度が最大になったので新たな【心得】が解放され、ボクはそれセット。そして、一度鞘から剣を二本とも引き抜いて軽く振り回す。
右手に構えるのは、《ラピッドソード》という少し細身の長剣で、1800Gもした。所持金1000Gからかなり奮発したと言えるだろう。でも、それ故に使いやすいところもある。
左手には、ミリアから貰った《銀の剣》が握られており、こちらも扱いやすい。だが、やはりまだ二刀流には慣れておらず、体幹でなんとかも何している節があるのが否めない。あくまでもゲームなのだが、やはりそう言った面が必要となるのはこのゲームが他のVRゲームと違い脳内の脳波が直接心象や肉体の健康状態、筋肉のつき方などを読み取っているのだと改めて認識させられる瞬間だと思えた。
そもそもの話、ボクが剣を選んだのは祖父から教えてもらっていたからだ。単に剣術だけではない。それは体幹トレーニングや、体術もとい柔術に関しても教わっていた。その中で、ボクは昔ながらの一刀流よりも、手数は多いが扱いが極めて難しいと言われているであろう二刀流の方に興味が湧き、祖父にもその方があっているとは言われた。が、些か型と言うものはわかっていないので、結構でたらめだ。
当時のボクは、ボク以外に子供がまったくいなかったため、毎日自然に溶け込む様にアクティブに山や川、海でひたすらに遊んでいた。
その過程で祖父に教わっていただけで、特別な努力はしていない。単に興味本位だ。
それが今、こうして生かされているのは過去のボクに感謝しなければならないことだ。ありがとう、ボク。と、昔の自分に浸ってみたりするのは少し気持ち悪いなと思い、苦笑いを自然に浮かべてしまった。
「どうしましたか、グレンさん?」
「いや、何でもないよ。あはは……はー」
だがまあ、言った通りある程度体幹は鍛えていた。【刀術】にすれば、一刀流ではあるが過去に教わった教訓が最大限発揮されるだろうが、せっかくボクのためにある様なスキルだ。使わない手はない。それに【剣術】でもなんとなく体に染み付いている感覚でなんとかなるだろう。本来のものとは違う
と、心の中でそう宣言した。
だがまあ、この【剣術】は剣に対して全てオールラウンダーで、とりあえずは全て同じくらいは使える。だが特化していないため、そう使う人はいないだろう。けど、【二重武装】がきっと役に立つはずだ。
そしてボクはもう少し体に馴染ませると、鞘に収める。それを見たミリアが「そろそろ戻りましょうか?」と言ったので賛同する。確かに少し奥泣きすぎてしまったと思った。ここはいつもの場所ではなく、少しだけレベルの高い《トレイルの森》という場所だからだ。
この森は、《セレピアの森》とは明らかに違い、鬱蒼とした木々に囲まれている。
それ故かは知らないが、魔物のレベルもかなり高い。だからあまり油断できず、魔物によって倒されてしまい死に戻る可能性がある。
死に戻ると、一番近い街まで戻されさらには所持金が半分になる。
だが一番怖いことは、死んだ時だ。死んだ時、まだボクは体感していないが噂によるとどうやら本当に恐怖があるらしい。何も見えない、聞こえないという無の境地に立たされ投げ出されてしまったかのような浮遊感が一瞬ではあるが、それが凝縮して襲ってくる。そんな感覚に苛まれ、恐怖感が支配する。本当に死の淵に立たされたかのような感覚に襲われるそうだ。
だが安心してほしい。
その恐怖からは一瞬で解放され、それに経験値もアイテムも減りはしない。
急いでこの辺りから去らなければならなかった。
その時だった。ボクのセットしているスキル、【気配察知】が何かを捉える。
何かはわからないが、それは耳でも聞き取れるぐらいの激しい音を立てながらこちらへと近づいてくる。そして、周りの草木を揺るがしてそれは現れた。
「ミリア、後ろ!」
「えっ?!きゃっ!」
ミリアは杖で防御をとったのだが、そのあまりの破壊力に押しのけられた。
そこに現れた魔物は、イノシシの姿をしていた。
長い牙を持ち、体毛は薄い茶色。現実のイノシシのような毛はそこまで多くはなさそうだ。だがそれは凶暴性を垣間見せ、ボクらを追撃するべく再び襲いかかる。
「ブルルッ」
荒い鳴き声を発して突進してくる。
ボクはそれをすかさずミリアの目の前に割って入って、剣でガードする。
その瞬間、とても重たい一撃が剣に乗り尻込みする。かつて感じたことのないその威圧感と一撃を体感して、出来るだけ重心を下げて力を分散する。
そしてボクはその重たい一撃を凌ぎきると、二本の剣でイノシシ生物の牙を利用して滑るようにして受け流す。
そしてミリアを連れて後退して、構え直した。
「ミリア、あれは?」
「私にもわかりません。ですが、気をつけてくださいグレンさん。あの魔物は他の魔物とは明らかに強さが違いますよ!」
見ると、その魔物のレベルはボクらよりもかなり高く、9だった。
その重たい一撃を剣で流したために、耐久値がかなり減ってしまった。耐久値がゼロになると、武器は消滅してしまい、予備の武器を所持していなければ戦う術がないのだ。当然ボクはそんなもの用意していないので、一発本番。ここは、一撃加えて戦線離脱した方が妥当だろう。
「ミリア、ここはボクがなんとかする。出来るだけ奴の注意を引いて一撃加えてから急いで逃げるよ!」
「で、ですがグレンさん。あの魔物にどうやって一撃を?」
「ミリア、さっき言ってた魔法はここでは役に立つ?」
「えっと、私の魔法 《ファイア》ではあまり火力はありません。ですから、この場合では」
「わかった」
そう笑顔を見せて、ニコリとする。そうして安心させるが、心中ではかなりな思考を繰り広げる。
(どうする。《スラッシュ》を使って一撃を加えるか?でも、それでは多分あいつは止められない。ならどうすればいいんだ、考えろ勝機を見出さ!まだ諦めるには早すぎる……でも、どうすれば。どうすればあいつの威勢を止められる?あいつの闘志を燃やし切れる?)
数々の思考が巡る。
その時だ。ボクの思考が加速して、体の中が熱くなる。熱量を持ってはいない。心が熱い。そんな感じだ。スポ根ものの漫画にあるような熱意に似ているが少し違う。何かの感情がけたたましく、鳴り響く。
『覚悟』だ。
ボクの中の『覚悟』がこう呼びかけるように感じた。『お前の中の心象を、『覚悟』を呼び覚ませ』と。そんな感覚だ。ボクはそれと同時に、強いイメージが脳内に瞬時に創造され巡られる。
それが形となるイメージが湧いてくるのがわかる。ボクはそのイメージと心の炎とがまるで呼応しているかのように感じていた。ボクはその問いかけをボク自身の選択を迫られている気がした。そして、ボクは決断した。「迷うのはやめだ!」と。
『覚悟』の心象が心中で燃え上がる。
そしてそれが強いイメージとなってボクの脳をめぐり、体を伝う。そして、それが完全なものとなるとボク自身の体はそれを完全に理解し得ると、何かの合図が脳を劈く。
「貴女は『覚悟』の力を得ました。同心象において、世界でただ一人のかけがえのない唯一無二の力を会得し、その心象『覚悟』の主人に選ばれたのです。契約しますか?しませんか?」
「えっ?!」
ボクはその瞬間、時間が凝縮したかのように思考が巡った。
そしてボクはその優しくてどこかで聞いたことのある声の主。何と無くではあるけれど、こんな空虚な言い方の似合わないような彼女の言葉に同意して、ボクは契約をする。その選択に対して躊躇や、迷いの概念は存在せずただ真っ直ぐな純粋さがその解答へと新し目瞬間である。
「契約完了。……隠しコマンド、魔法戦技、《スカーレット・ファイア》が発動可能となりました」
と出た。
今度のは文字だった。先ほどまでの聞いたことのある声とは違い、明確な文字。
それが脳内で響き渡ると、ボクの体はそれを先ほどのイメージと重ねていた。そしてボクは最初の「世界でただ一人」だとか「主人」だとかは置いておいてそのイメージを認識して、全てを受け入れる。覚悟を決めて、ボクはその技を実行に移していた。
「この一撃で決める、喰らえ《スカーレット・ファイア》!」
そう唱える。
それと同時に鞘から剣を一本、それこそ《ラピットソード》を引き抜くと、その剣閃に赤い焔が灯る。
その刀身に炎をたぎらせると、ボクはそれを放つようにして大きく上から下へと振る。
するとどうだろう。イノシシの魔物を炎が包み込んだその体毛を焼き払うと同時に、みるみるうちにHPが減っていくのが目に見えた。緑色のHPバーが、赤へと変わる。それと同時に踏み込んだ。そして、追撃とばかりに《スラッシュ》を脳天に叩き込んだ。
「これで終わりだ」
刹那。
光のエフェクトが炎と混ざり合う。そして炎が書き換えると同時にイノシシ型の魔物はその姿を光の粒子へと変換して空へと還っていく。
ボクはそれを見届けると、へたってしまった。
地面に膝をついて、「はあーやっと根をあげる。見ると、STとMPが減っていた。どうやらあの技。魔法戦技とか言うものはかなり疲れるらしい。ボクは、なんとか立ち上がるとドロップしたアイテムを確認して、それをインベントリへと放り込む。
「あの、グレンさん?」
「うん?何」
「あの、ありがとうございました。かっこよかったです」
「そう、ならよかったよ」
ボクはそんな生返事を返すと、「帰ろうか」と言ってミリアとともに街へと帰還するのであった。
それよりもだ。この力や、あの前に入っていた声はなんだったのだろうと思う。メッセージにはなかったから怖かったが、ボクはそんなことを考える余裕は今はなかったのだった。