■5 ウェスティア
目を開くと、そこに広がっていたのは街行く人々の波だった。
美しい景色。
それは何処かこう、ヨーロッパにある広場を想像してほしい。そんな感じのゆったりとした、広場があり目の前の噴水やぐるっと見渡すと分かる通り、かなり広い空間がとられていた。
「ここがこの世界、【ファントムロック・オンライン】の中にある、《ユグドラ》か……凄いな」
関心で言葉が出なかった。それ以上にないことはこのゲームの凄さが物語る。よくもまあ、こんなにも現実味溢れる世界観が作れるものだ。
ボクがそんな風にして、周りを観察しておどおどとしながら、キョロキョロと好奇心の目を向けていると、どこからともなく視線が突き刺さる。
それを肌で感じ取ったボクは、表情をいつも通りに戻す。
それからいつも通りの平然とした表情を取り戻すと、ほぼ同時に周りからの視線は去った。どうやら、これはボクが驚いていたことから初心者なんだなと思われたのだと推測される。きっと、こんなことは日常茶飯事なのだろう。プレイヤーや意思を持つNPC達がボクへと視線を向けるのを唐突にやめたのだ。だからボクも、冷静さを即座に取り戻すととりあえず近くにあるベンチに座ることにした。そして考える。これから何をするのかを……の前に、まずはここが何処かを簡単に頭に入れておこう。
ここは《ユグドラ》にある西の大陸 《ウェスティア》だ。
この大陸のイメージとしては、地球のヨーロッパなどだ。見た感じだと中世を思わせるような、とても美しい光景が広がる。煉瓦造りの噴水に石畳。これだけでも凄いのだが、ファンタジー感溢れる世界観となっている。とても心躍るものがあるだろう。
しかしまあ、ボクはこう草原とかを想像していたのだが、それは全くもって違っていたので、もう少しゲームに関する知識を得ようと思える瞬間だった。
「えっと、そうだ。《ウェスティア》に来たんだったら、あの子がいるかもしれないな……」
その『あの子』と言うのは他ならぬ他ならぬエミリアである。エミリアがどうして関係しているのか、それあの手紙の続きに書いてあった英語とは違うたどたどしくもしっかりとした日本語で書かれた言葉。『ウェスティアに来てください』と書かれていたのだ。
その言葉を通じてボクはここに来たのだ。と、言ってもただ単純にゲーム初心者のボクがオンラインゲームであるこの世界において、知り合いなど他にいなかったのでその案に乗ったのと、また遊ぼうと言う約束を果たすためであったのだ。
「さてと、で、どうやって連絡を取ればいいのやら」
そう悩んでいると、突然視界に着信があったことを告げるマークが現れた。
なんだろうと思いながら、ルミナスに聞いていたこのゲームのシステムを使って、右手を横に薙ぐ。本来はどうやってもいいのだが、ボクはとりあえずこうした。そして空間ウィンドウを開く。
「えっと、これか!」
ボクはその中にある手紙の形をしたアイコンをタップする。
するとそこには何通か、メッセージが入っていた。ボクはその中の内、ちょうど今来たと思われるものをタッチする。すると、タップされたマークの中から文章が映り込む。
「えっと、何々……『今どこにおられますか?』か」
ボクはそのメッセージの内容を読んだ。
たったそれだけであったが、ボクには気がかりなことがあった。とりあえず、それは後回しにしておいてボクはメッセージを返す。
「えっと、『広場にいるよ』っと」
そう返信した。すると、ほんの少しの間をおいてメッセージを返された。
内容を読むと、『わかりました。すぐに行きます』と、丁寧に返された。どうやらエミリアは普段から日本語をしっかりと使えているのだろう。でも、(なんで手紙の時だけあんなにたどたどしかったんだろうか?)と思ってしまったが、何か気恥ずかしいとでも思ったのかもしれない。
◇◇◇
エミリアの到着を待つ間に、ボクは自分のステータスを確認する。
ボクはメッセージを読み終えると、一度ステータス表を見ようと思ったが、その前に運営からのメッセージに目を通しておく。
内容はこんな感じで、『ようこそ、【ファントムロック・オンライン】へ。我が社のゲームをご購入いただきまことにありがとうございます。規定の範囲内でゲームを楽しみ、お体には十分お気をつけください。それでは今後とも、我が社をよろしくお願いいたします』と言う、大変仰々しいものとなっていた。ボクはそれを閉じると、もう一件入っていたメッセージを読む。
そちらのメッセージはどうやら運営からのプレゼントのようだ。
内容を読むに、どうやらスキルを貰えるらしい。
初回ログインボーナスというやつだ。運営からの計らいのようで、もう一つアイテムも貰えるようだ。
「なるほど、これがルミナスの言っていた……あれ、誰だっけ?まあいいか、これが言っていたやつか」
ボクは先ほど呟いた人の名前完全に忘れてしまいながら、それを感心したように読む。
そしてメッセージを読む。内容は先ほどと似ていて、スキルをプレゼントというわけだ。改めてこの世界のレア度についてだが、星表記である。
これは、Fが一番低く上にはAとかSとかが存在しているが、それ以外にもEXと言うものも存在している。だが、この EXを持つレア度は星では図らないと言う意味であるためにつまりは、入手難易度が違うのだ。例えば、何かの特典や誰かの作ったものなどと言った特別な意味を持つが、それが強さの比率とは関係ないのが問題で、しかもユニークスキル扱いになるためにそう多くは装備が出来ないのが難点でもある。
「さてと、いったいどんなスキルが手に入るのかな?出来れば使えるのがいいけど……」
とりあえず、腐らなければなんでもよかった。
別にレア度とか関係なしに、自分が使いこなせるようなスキルであってほしいことを望む。ボクはそれだけを待ち望んだ。そして、ボックスを開く。
「さて、どれどれ?……うん?」
ボクは歯切れ悪く、そう一言口から出た。
なんだ、このスキル?そんな反応だった。それが以下のもので、ボクはそのレア度を見て驚いた。
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■【二重武装】レア度 EX
□ 《解放1 》このスキルをセットした者は、同種類の武器を同時に二つまで装備することが出来る。
□ 《未解放》
□ 《未解放》
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「何だこれ?」
一瞬、反応出来なかった。
と、言うよりかはどう反応をとったらいいのかわからなかったのだ。いや、まさか本当に出るなんて思っても見なかったのだ。これって、ビギナーズラックってやつ?兎にも角にも、ポカンと開いた口をまずは閉じることを考えよう。
「えっ?!なんで、こんなスキルが出るの?と、言うよりこのスキルって……」
ボクは気がつくと、大声を上げて立ち上がっていた。
その反応に周りが興味を示したのか、何事かと言わんばかりにボクへと視線が集中する。ボクは、それを感じ取ると自重した。
そして一旦呼吸を整えると、ベンチに座りよく確認する。何かの間違いでは……ないらしい。
「まさか本当に出るとは。ルミナスの言った通りだ。本当に EXスキルはあったんだ。それにこの【二重武装】ってスキル、めちゃくちゃ使えそうだけど、何なんだろう?この未解放って?何で、解放されているのかも気になるけど。それよりも、早く使ってみたいな。試してみる価値は十分にある」
ボクはそのスキルを使うためにも、まずはそのスキルをセットする。
ボクはその勢いのままに流れを掴むと、すぐに自分のパラメータを見るためにステータス表を開く。そして、それを見て思ったことはとにかくバランスが取れていたことだ。これが、《人族》の種族補正とか言うやつだろうと判断した。
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■ プレイヤーネーム : グレン LV1
■ 種族 : 《人族》【順応】
■ 称号 : 《駆け出しの異世界人》
■ 装備
・武器 : 安価な剣
・防具 : 安価な服(上下)安価な胸当て 安価な靴
・装飾品 : なし
■ ユニークスキル : 【二重武装】
■ 武装スキル :【剣の心得】
■ 所持スキル: 【鑑定】【見切り】【敏捷】【調合】【採取】【水泳】
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と、まあこんな感じである。
言うまでもなく、バランスが取れている。それは種族値と言うべきだろう。ボクはそれを理解した上で、何故か【水泳】のスキルを取ってしまっていた。でもまあこれは、ボクの個性を表すためのものだから別に後悔はしていなかった。
ボクはそんなことを考えながら、エミリアが来るのを待った。
でも、たったの五分程だ。
ピピピ
突然、着信が入る。
ボクはそれを認識すると、メッセージを見た。
そこにはエミリアからのメッセージが記されていた。
『広場に着きましだが、どちらにおられますか?』
ボクは、それを見て『ベンチに座ってるよ』と打ち返す。するとすぐに返信が帰るが、そちらには『わかりました。すぐに参ります』とあった。ボクは少し待つ。
ボクはしばらく待つ。
そして声が聞こえた。ボクは前を向く。先ほどまで俯いていた顔を挙げると、そこには人だかりをかき分けて一人の少女が現れた。ボクはその少女の顔を見て、すぐに理解した。記憶の通りのあの顔だ。
「あの、もしかして紅神蓮さんですか?」
「そうだけど、君はエミリアでいいんだよね?」
「はい!やっと会えました。来てくれたんですね、蓮さん!」
にっこりと笑って見せる少女の笑顔。
現実と同じツインテールに、前髪の触角。ただ髪の色は違っていて、柔らかなピンク色をしていた。
ただそれは、クレヨンとかで出す単純なピンクではなく、ほんの少し先端が白っぽくなっている。
(とっても可愛らしい。ツインテールでなくてもいいぐらいだ)
ボクはそれを心の中で唱える。そしてそれを見た目の前の少女は、ボクの顔をじっと見つめている。ボクはその少女の顔色を伺うと、少女はボクにこう声をかけた。
「えっと、この世界ではなんとお呼びすれば?」
「ああ、ボクはグレンだよ。紅神の紅と蓮を合わせて、グレン。よろしくね。そっちは……」
「私はミリアです。エミリアの名前をとって、ミリアです。よろしくお願いしますね、グレンさん!」
「うん。よろしくね。ミリア」
と、にこりと微笑みあった。
もうすぐ夏休みが終わってしまいます。とほほ……。