■4 スキル
今、ボクの目の前には紅に燃ゆる髪を持つ碧眼の少女がその姿を写す。前髪の触角だけが白く染まっているそれは、ボク自身だ。これがボクのアバターで、なんだかボーイッシュさがより目立つアバターになってしまったが、ボクそっくりでボクらしいといえば、ボクらしいのでこれはこれでありだろう。
「それで、次は何をすればいいんだい。エルミナ?」
「かっこいい……現実も良かったけど、こっちも素敵ですね……」
「ルミナス?」
「えっ、は、はい!なんでしょう」
「いや、見惚れてる場合じゃなくて」
「なっ!いえ。私は見惚れてなどいません」
「まあ、それはいいんだけど」
(本当に人間みたいだな。恋焦がれる高校生って感じの……)
そう心の中で思った。
そんな感情を押し殺して、ボクは尋ねる。
ルミナスは先程までの楽しげな表情から、普通の表情へと戻っていた。
(何だか本当に人間らしいっていうか何というか、あまりボクが共感出来ない感情だな……)
そう心の中では唱えるのだが、それを言葉には発せずに無表情のまま、一言。
「まあ、どう思われようが勝手だけどボクは全然気にしないよ。ルミナスが、こういう人が好みだったことも分かったし」
「いえ、別に好みというわけではないんですが……私達にはそのような感情は持ち合わせていないはずで、何と言ったらいいのかわからないのですけど、なんかこう、「ピピピ」って感じに反応したと言うか……って、あれ?何言ってるんですかね、私」
そう慌てた。
ボクはそれを伺うと微笑ましかった。理由は分からなかったが、楽しそうで良かったからだ。
それを見ていたボクを見て、「こほん」と咳払いを一つすると、次に説明するべきことへと事をシフトした。
「えっとですね。少しばかりですが脱線しましたが、次は武器選択ですね」
「武器選択?」
「はい。この世界にはたくさんの魔物が存在しています。それらを狩ることによって、利益を生みそして新たな舞台へと進むことが出来るのです!」
「おお」
この「おお」は別に説明に驚いたわけではない。
ルミナスの楽しそうな説明の仕方に感極まったまでだ。特に「舞台」のあたりからルミナスのテンションはヒートアップしていてそこから気圧されたと言っても過言ではなかった。
だが、先程までは暗闇の境地に佇む眼だった瞳には今では、楽しそうな活気のある楽しんだ星の光が宿っていて、ボクとしてもホッとしていたことに変わりはなかった。だが、そんな彼女の瞳にあった「無」の感情が今では変わっているように思えたことが安心へと繋がったことに変わりはなかったので、心中では言葉には出来ない何かがあった。
「なんか張り切ってるね」
「そうでしょうか?いつもの子ならこのくらいのテンションは普通だと思ったのですが?」
「いつもの子?」
「えっと、はい。今日は私が臨時で……いえ、気がついたらここに来ていて……って感じです。だから決して普段の私がこう言ったテンションで振る舞っているわけではないので、ご心配なく」
「へえー」
「あれ?興味はないのですか?」
「うん。まあでも、ルミナスのことは気になるかな。さっきの楽しそうにしていて、今みたいに落ち着いているのが本心なんだなって」
「私の本心ですか?」
「うん。さっき君に言った通り、君は笑顔がとても似合う。でも、普段の君はとても冷静で物事が見えている。ボクはまだ君のことをよく知らないけど、それが本当なんだなって。もしかして、さっきの天真爛漫さってそのいつものこのイメージ?」
「えっと、そうですね」
「そうなんだ。でもルミナスはいつも通りにして欲しいな。慣れてないのはわかるけどね、今はボクしかいないんだからさ」
「そうですね。わかりました」
ボクはここまでの会話からルミナスの中に宿る本心について少しでも触れることが出来ただろうか?あまり干渉してはいけないのかもしれないが、彼女には確かなものを感じる。それはここまでの言動から分かる通りで、彼女の言葉一つ一つには強い感受性を帯びている節がある。ボクはそれを見逃さなかった。
「なるほど、そう言うことか」
「はい?」
「ルミナスって、感受性が高いんだね」
「えっ?!」
「ごめん突然。でも、ここまでの会話で何となくだけどそう思ったんだ。他のAIとはやっぱり違う。他にはない、圧倒的な感情表現。表情や態度からはわから辛いけれど、冷静さの中に潜む秘めたる強い想いっていうのかな?それを感受性って言うのかわからないけど、ボクにはそう思えるんだ。ルミナスは他とは違う強い感情を持ってる気がする。それが何かは分からないけど。でも、君の中にある強い『覚悟』のようなものが君を構築して、他人との間に自分から距離を置いているみたいな感じ。何だろう?いつものボクはこんな感じじゃないんだけど、何となくだけどそう伝わってくるんだ。ごめんね、気に障ったのなら謝るよ」
「あ、いえ大丈夫です」
「そっか。ならよかった」
そっけない態度をとって、ボクは目の前に浮かぶ空間ウィンドウに目をやる。
それを見るに、少し安心したようなホッとした様を見せるルミナスの姿が少しだけ視界に映り込む。ボクはそれに気づいていないふりをして、そこに移り描かれる武器の説明欄を黙読していた。
「なるほど。初期装備の他に、スキルとかもあるのか」
「はい。はじめに装備できる武器はどれも、扱いやすい比較的多いものですね。『心得』を装備しなければ、まともに扱えないことが難点ではありますが、『心得』の熟練度を上げることによって、新たな武器を装備出来ます」
「なるほど」
「それから現在使っている武器に合わせてセットしている『心得』に関しては、このゲームはステータス設定がとても細かくてですね、何と、自動的に基本となるスキル装備欄から外され、武器装備扱いになります」
「と、言うと?」
「とっても簡単に言うと、勝手に一つだけ装備されます。でも、一つだけですからね。原則としては……」
「わかった。ありがとう」
そう投げ返す。
そしてボクは、その初期装備を確認する。
確認してみる限り、今のところ七種類らしい。
「えっと、剣・槍・短剣・斧・弓・杖・手甲か。確か手甲って、ガントレットだったはず。となると、やっぱり無難なものがいいのかな?」
「そうですね。下手に、複雑な動作を要するものはあまり初心者の方にはお勧め出来ません。このゲームでは、幾分かの補正はかかりますが、現実での知識や身体能力が加味されてしまうため、やはりあまり運動しない方よりも若干の精神的な体力消費や、経験というものが有無の差に関わるのはこのゲーム独特ですね」
「なるほど。じゃあ、普段から運動しておいて身体を慣らしておいた方が、言い訳ね」
「まあ、そうですね。健康な生活することが一番ですから。そう言うことへの配慮かだと私は思います。でも、貴女はその必要もないぐらいに体がしまっていますよね。体幹も良さそうですので、多分ですがそう困るようなことはないかと思います」
「そっか、ありがとう」
「いえいえ。私は、本当のことを言ったまでですから」
「そっか」
ボクは優しく微笑みかけるようにして、ニコッと笑った。
そして同時に、目の前のウィンドウを見やるとどの武器がいいのか品定めする。そこでボクは一つ気になったことがあったので、るみなすに尋ねてみることにした。
「そういえばルミナス。さっき、スキルには熟練度とか言うのがあるって言っていたけれどそれって何?」
「えっとですね。スキルにはそれぞれ熟練度といって、上達具合を表すパラメータがあるのですがそれを上げることによって現実の技術に劣らないほどの影響が加味されるのです」
「例えば、武器の心得の熟練度を上げたとすればそれだけその武器を使うときに反応速度とか威力とかが変わるってこと?」
「えっとですね……心得の場合には少し違っていて熟練度を上げることによったより上のものへと変化することは先ほど話した通りなのですが、『戦技』と呼ばれる技が追加されて、より戦闘が楽になります」
「『戦技』?」
「はい。それぞれの武器ごとに設定されている技ですね。最初に装備することが可能な初期スキルの心得は比較的スキルのレベルが上がりやすいのですが、代わりに戦技もなかなか増えせません」
「なるほどね。参考になるよ」
「いえいえ」
となると、一体何がいいのかわからない。
ボクは当然ながら剣や槍などと言ったここになっている武器を一切合切使ったことがない。手にとったこともないので、経験としてはほとんどが初心者だ。杖や手甲はあまり好みではないので却下。
槍や斧は、リーチや威力を加味するとありなのだが、モーションがきっとかかるだろうから初心者には向かないだろう。当然弓は論外だ。何故ならば使ったことがない。
となると、あとは一番ベーシックな剣と、この短剣だけだ。どちらも斬撃系の武器だとは思ったが、どれも同じだろう。となると、やっぱりわからなくなる。
「ちなみに、この短剣って?」
「短剣は短剣です。短い鋭利な刃が特徴的で、両手で装備出来ます。つまりは二本装備出来るので、単純に手数は一番多いですね」
「手数が多いのか……じゃあ、逆に欠点はないの?」
「それは当然なことですがありますね。まずはリーチが圧倒的に短いこと。つまりは相手の懐に入り込まなければならないので、それだけで不利になることは覚悟です。それから、手数の代償としましては威力が低いです。ですが、それを手数で押し切るのがこの短剣の特徴です」
「なるほど、でもボク決めたよ。剣にする」
「どうしてです?」
「ボクは島育ちなんだけど、そこは自然豊かでこう言った電脳ゲームなんてなかったんだよ。だから、海や川なんかで釣りをしたり森の中を駆け回ったりしてた。で、たまに街に出るために本土に渡ってたぐらいで、あとは祖父母と暮らしてたんだよ。そこで祖父に習ってたのが剣だったってわけ」
「なるほど。だと、合点がいきますね」
「でも、型がなってないとかで適当で自由すぎて剣の流派とは言えないって呆れられていた。お母さんに似ちゃったのかな?」
「さあ?」
「いや、ごめん。あとは確かスキルだよね?」
「えっと、はい。じゃあスキルの説明を……」
「頼むよ」
「お、お任せください!」
ルミナスの笑顔を見て、素敵だと思えた。安心がこぼれ落ちて、安堵のため息を短く吐く。
そしてスキルの説明だが、先ほどの武器の時に細かく説明は聞き漏らさずに書いてあり、さらにウィンドウを眺めていたので同時に内容を処理しきっていた。
だが、わからないことがある。この、『ユニークスキル』とか言う欄だ。
「この『ユニークスキル』って、何?」
「『ユニークスキル』ですか?それはですね、この世界には幾つかレア度と言うものが存在します。そのうちの一つ、EXレアと言うものが存在しています」
「何、それ?」
「えっとですね。この世界にはレア度の値が存在するのですが、そのどれでもなくかつ特別なルートからでなければ入手出来なもの。普通のVRゲームでは存在しない、あまり実装されることのない唯一無二の完全なるオリジナルにして、世界に一つだけの存在。それこそがEXレアです。それと同義に扱われるものが、レジェンダリーウェポンや、プレイヤーが自らの手で掴み取った完全なるオリジナルと他にも、色々とありますが一番シンプルな要素ですね」
「なるほど。よくわかったよ」
ボクはそれを聞いて安心。
そんな特別なもの。ボクなんか初心者が仮にビギナーズラックを期待したとしてもそうやすやすと簡単に手に入るものではない。関係ないと断言した。
そしてボクは数多なスキル候補の中から必要そうなスキルをピックアップ。初めに手に入るスキルはどれもレア度が低く、かつ安価で手に入るものばかりだ。
その中から【剣の心得】を筆頭に、必要そうなスキルを最大六つまでスキルセットして、【剣の心得】は装備欄の方に行く。
「よし、これでいいや
「では最後に大陸の設定ですが……その前に、グレンさん。プレゼントボックスの方にも運営の方からきっといいスキルか何かが入っていると思うので、今確認しますか?」
「今?」
「はい。初めての方には、運営の方がもしかしたら低確率で手に入る希少なスキル……それこそEXレアのスキルまであるとかで、私も気になります!」
「そうか……」
少し悩んでから答える。
「いや、今はいいよ。これ以上ここにいてもルミナスの迷惑だから」
「迷惑では!」
「いやいいから。それにルミナスもやりたいことがあるでしょ?仕事とか」
「いや、別に私は……そう言うのは嫌いじゃなくて、むしろ役に立てて嬉しいけど……私を見つけてくれた大切な人が現れたからなー。でも、まあ今はいいかな。貴女の心も分かったし。私にぴったりだってね」
「えっ?何のこと?」
「いいえ、何でもないですよ。そうだ!すみませんがグレンさん少しこちらに来てくれますか?」
「えっ、いいけど?」
そう躊躇いと疑問とが入り混じるが、少し考えてから前へ出ると、ルミナスは優しくボクの手を握った。そしてボクに微笑みかけると、おでこを当ててそして何故か優しくキスをした。
「はっ?はっ、あわわわわ!何やってるんだよ!」
「やっぱりだ。この人だ。私の魂の主人やっぱりこの人だったんだ。最初にあったとき、そして話してみて分かった。この人のこの勇敢な優しさに包まれた想いは、紛れも無い。嘘偽りのない、本物の声だ」
「えっ、何?もしかして、ルミナスってそう言う趣味でもあるの?」
「失礼ですね。違いますよ!でもこれで貴女は選ばれた。私の盟主に。きっとそう間も無く、覚醒してその『キモチ』に気づいてくれるはず」
「えっ?!」
ボクは混乱した。
そして困惑の中で問いただされる大陸の名前。ボクは口走るその名前を……
そして心中でもやっとしていた何か。それが固まりだして、気がつくとボクは安らむ。
そして少しずつ着実に覚醒していく意識の波の中で、ボクはルミナスにこう言われた。
「待ってます。私は、貴女を」
と言われ、そして「それでは行ってらっしゃい。【ファントムロック ・オンライン】の世界へ!」
と、激しく激励された。
そしてこれこそが全ての始まり。
これがこれから起こる出来事へとつながる引き金であることを、この時のボクはまだ知る由もなかったのだった……。
【EP.覚悟の空想】
紅神蓮がその場を去った後、彼女もまた自分の普段いるはずの場所へと、戻っていた。
その場所は、広々とした空間で、他には誰もいない。彼女は、眠っていたのか机に顔を埋めていた。
「グレンさん……あの人が」
「おーっす!おっ、どうしたんだよルミナス。今日はいつもと違う感じじゃん!」
「あっ、シグナル。何?」
私は声をかけてきた少女に対して、空虚に言葉をかけた。しかし少女は目を丸くしている。そして楽しそうに笑った。
ルミナスに声をかけた少女の名前は、ボーイッシュで勝気な性格のシグナルだった。
シグナルは普段とは私の表情が違うと言う。
「だってな、いっつもルミナスってなんか近づきにくいっつうか、周りとの距離があると言うかな」
「そうかな?」
「そうだぜ」
「普段の私って、どんなの?」
「そうだなー。いつものルミナスは、言った通り周りと距離がある感じで他とは違う。俺らん中じゃ、一番感受性が豊かで頭も運動もできる優等生って感じな」
「それはみんな同じでしょ?」
「まあ、身体面に関してはそうだけどよ。俺たちにはそれぞれ個性みたいなのがあるだろ?他のNPCと違ってよ」
「まあ」
「で、ルミナスは特に感受性が優れてる。俺らん中でな。それで、他人のことを考えて行動してるだろ。俺らみたいな自由な存在に対して、自分よりも他人を優先するような時がある。だから深く干渉し過ぎて飲まれることを恐れてる。それを黙ってても、わかる奴にはわかるんだよ」
「そうか……」
「ああ。だから、無意識に自分の感情を否定して『無情』になってる。表情や態度にはあんま出ないけど、何となく冷静さに隠れた思いやりが出てるっうのか?それが今までのお前な。でだ、今のお前はそれがなんか吹っ切れた感じで清々しいぜ!お前の中にある『無情』が弾けて『魂の心象』と『感情』それから、『象徴』がしっかりと現れてる。だかららしくないんだよ。まあ、そうなってくれてこっちとしてはこれ以上に嬉しいことはないんだがよ。同胞としてな」
「そっかな?」
「そうだぜ」
私はそう問われる。
そしてさらにシグナルに質問された。「何があったのか?」と。
それに私はこう答えた。
「見つけたの」
「見つけた?何を」
「私と同じ波長の人間を」
「それってガチなやつか?現実のやつだよな!まさかとは思うが、幻覚とかじゃないだろうな?」
「ええ、本物よ」
「そっかー。だったら良いじゃねえか。遂にお前の心象、『覚悟』に選ばれた奴がいるなんてな。まさかそれでお前が自分自身の感情をを取り戻したのか?」
「それはわからないよ」
「でもまあ、俺の目からはそう見えるぜ。存在が確立してからや、ここ最近のお前とは明らかに違う。優しくて頼りになる、それでいて誰よりも冷静で力強い『覚悟』を纏ったルミナスが。よしあいつらにも報告しようぜ。ついに、ルミナスの主人が見つかったってな!」
「あっ待って、ちょっと。シグナル!」
私は焦る。
けれど何処か嬉しかった。そして私はこう唱える。
「また会いましょうね、グレンさん。その時こそ貴女が本当に私の主人にふさわしい人かどうかわかる時ですから。でも、私は貴女を信じています。だって、私の『象徴』を持つ人なんですから」
と、楽しく本来の彼女の満面の笑みは決して作らない心情の中少しだけ口角を上げて何もない天井の空を見たのだった。