小さな決意
「私も混ぜてくださいよ、その争い事に」
チズさんのその一言は一瞬の内に場を凍りつかせました。放課後の薄暗い部室倉庫内で拘束されていたクローン人間の1人を"何か"で解放したみたいです。
「混ぜてくださいってあなた……戦えるんですか?相手は私達と同様に武器を持っているのですよ、それに……」
「武器なら問題ありません。私もあなた達と同じ様な武器を持っています」
チズさんはふうっと大きな息を吐き、その魂を解放させました。光が迸り、宙に舞う鎖と鎌が姿を現します。
「私だって戦えるんですよ。知りませんでした?部長」
「戦えるんですよって……あなたは気弱体質だったはずでしょ?戦場に赴くことは私が……」
チズさんは部長に近付き唇をそっと指先で押さえます。まるでそんな事は分かりきっていると示すかのように。
「私だって一応戦闘部の1人です。それに、戦いは私にとって大きな快感ですから」
「それってどういう……?」
「あぁーー!!!」
2人が話している間に私は大声を上げていました。驚いた先輩達が私の方に向かってきます。
「どうしたの、ナゴミさん!」
「あのクローン人間さんが逃げてるんですよ、恐らく既に戦地に向かってます!」
「何ですって……?」
既に先程のチズさんの攻撃によりワイヤー網が壊され、外に逃げ出したのです。
「どうしようカエデ先輩……もしあの子が被害を増やしていたら……」
「まだ校内に残っているかもしれないし……手分けして探さないと」
その時、地面を伝った軽い衝撃が私達に感づかせました。場所は例の事件現場のすぐ近くの方面からです。
「どうやら話している時間も無い様ですね。要は彼らを殲滅して終わればいい訳ですよ」
「しかし、我々は勝てるでしょうか。相手は100体以上、こちらは3人……幾らなんでも分が悪過ぎます」
心配するカエデさんの言葉に私はそっと声を漏らしてしまいました。
「私達が守りたいもの」
「えっ……?」
「どんなに不可能な状況だって、私達にできる事を精一杯やりたい。私だって力になりたい!」
「ナゴミさん!?」
気がつくと私は部室を出て階段に向かって走っていました。既に駅前方面は壊滅状態になっているはず。何としてもここで食い止めなければならない。
「私達も急ぎましょう、時間は残されてないです」
「しかし……我々もあくまで只の女子高生です。万全を期して逃げた方がいいのでは」
カエデさんの一言にチズさんは首を振ります。
「今、ナゴミさんの気持ちが私にもわかる気がします。私達は戦闘部です。無茶をしてでもこの街を守りたいというのは彼女の中にもこれ以上失いたくないものがあるからじゃないからでしょうか」
「チズさん……」
「わかったらナゴミさんの後ろについて行きましょう、あくまで我々は先輩なんですから。彼女を守る義務があります」
「はい」
私の後ろを先輩2人も追いかけて来ました。学校から駅前までの所要時間は10分程度。安全にも気を配りながら急いで現場に向かいます。
「着いた……!」
私達が到着する頃には既に自衛隊により敵は捕縛されていました。それでもまだ数体は路上に立っていますが、いずれも沈静化されています。私は近くの自衛官の人に状況を聞きます。
「何が起こったんですか!?」
「それを聞いた所で嬢ちゃん、俺達の仕事だ。君達には教えられない機密情報だ」
「私達、戦闘部という部活をやってまして。せめてここで何があったのか知りたいんです」
チズさんの一言にやや呆れた顔をしながらその自衛官は答えます。
「少しだけ話そう。クローン人間の突然発生。最近多いんだ。近頃ドリームクラフト社だとかいう怪しげな科学会社が組織を立ち上げてわざわざ人の多い所にクローン人間を生み出しているのさ」
「それで、どうなったんですか?」
「発生源を特定して爆撃してやったよ。残りの生体は全て麻酔銃で沈静化してね。しかし驚いたのがこいつら、"立ったまま"寝てやがるんだ」
「何ですって……?」
「まぁ早い所処分するさ。君らもすぐ家に帰った方がいい。危険な仕事だしお遊びとは違う」
不審に思うカエデさんにチズさんは声をかけます。
「明らかにおかしくないですか、立ったまま寝るって……」
「そうですね、私の調べた所によるとあのタイプのクローン人間は軽度の破損じゃ死なないようにできています。何処かにある核を破壊しないと」
「それじゃあもしかして、まだあのクローン人間は……!?」
「「「生きている!」」」
その自衛官は仕事に戻ろうとクローン人間の死体の山に近付いていました。瞬間、その山は動き出し、周辺の人間を飲み込むように動き始めます。
「核を見つけないと話にならなそうですね……その情報は?」
「いえ、全く……。ですが、既に全個体が動き出し始めている様な気がします。非常に危険です」
チズさんの歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきました。段々とこちらに歩を進めるクローン人間達を横目に私はカエデ先輩に質問します。
「この人達は私達の武器が効くんですか?自衛隊の人ですら、爆撃して拘束したって言ってましたが」
「むしろ、私達の武器の方がこいつらにはダメージが通ります。残虐で知略的なクローン人間には人間の心がありません。人間の魂を武器にして戦っている以上、お互いに攻撃は効果抜群です」
「勉強になります」
私はカエデさん、チズさんと共に背中を合わせました。背水の陣で突破しないと最早100体以上と手合わせするには後がありません。
「攻撃してきました!火球3発、学校の時と同じです!」
「任せてください!保護網!」
私は咄嗟にカエデ先輩の前にワイヤー網を張り巡らし、火球を跳ね返しました。
「やった!反撃開始ですよ!」
「……と、思うじゃないですか。ナゴミさん」
「へ?」
そう、私達は気付いて無かったのです。対決すべき相手は"クローン人間"だと言う事に。
「火球が3発だけで、他が何もしてこなかったら余裕で倒せます。ですが、相手が"複製された"人間だとしたら……!」
「あっ!?」
気付いた頃には私達は既に無数の弾幕で周りを覆われていました。流石の私のワイヤー網でも、この量は防ぎ切れません。
「私に掴まってください、鎖移動!」
チズさんの鎌が銀行の屋上に引っかかりました。それと同時に連動して鎖が縮む様に私達を空へと運びます。
「凄いです、チズ先輩!」
「間一髪でしたが、油断してはいけません!あれはホーミング弾の筈です。弾が上に昇ってきたとしても、屋上の一箇所集中なら、ナゴミさんのワイヤー網で防げるはず!」
「分かりました、やってみます!」
私は間髪入れずに、銀行の屋上の縁スレスレにワイヤー網を設置しました。これでひとまずは防げるはず……と思ったのですが。
「チズ先輩!あのホーミング弾、ネットの更に上を昇ってこちらに向かってきてます!一体どうしたら!?」
「何ですって!?」
用意していた網の上を潜り抜けてホーミング弾が追跡してきました。銀行の屋上なので、最早逃げ道はありません。
「伏せてなさい!ナゴミさん!チズさん!」
「「は、はい!」」
ここで立ち上がったのはカエデさんでした。持ち前の武器である雷槍を腕に持ち、弾に向かって打ち込みます。
「雷槍・一閃!」
カエデさんの武器が轟き、無数のホーミング弾と相殺し合いました。
怒号と共に激しい爆発が起こった後、しばらくして黒い煙が晴れましたが、どうやら全員無事の様です。しかし、まだ敵の攻撃を防ぎきっただけに過ぎません。
「良かった……皆無事?」
「えぇ、ですが雷槍は強力過ぎる武器のあまり数発しか打てません。残り2~3発撃てるかどうか……」
「それに、今のは敵の攻撃を全部避けただけです。屋上にいる現在、いつ袋叩きにされるか……」
悩む私達でしたが、一向に答えは見つかりませんでした。
「とりあえず下に戻ってみる他無いよ」
「駄目です。あれだけの爆発があって既にクローン人間達がこちらに向かって来ているはずです。屋上なのでまだ時間稼ぎは出来ますが、ここに来られるのも時間の問題かと」
「それじゃあ本格的に詰みって事ですか。私の鎖鎌じゃ、すぐ横のビルも射程範囲外ですし……」
いくら戦闘部だとしても戦術に限りがある現状、突破できない現実に悩まされていました。闇雲に動くのも危ないので待機するしか無かったのですが……。
「見つけた」
「来ました、クローン人間」
「くそっ……私のワイヤー網で耐えれるだけ耐えてみせる!」
「でも待ってください、何で一体だけなのでしょう。普通ならもっと集団で向かってくるはず」
カエデさんの問いに彼女はニヤリと不敵な笑みをこぼしました。
「お前ら戦闘部に捕まえられてたクローン人間だよ、忘れたか?」
「あー!私が捕獲したあの子!」
「張本人が忘れててどうする!阿呆!」
どうやら部室で保管していたクローン人間の1人がわざわざここに足を運んで来たようです。
「しかし何故私達の元へ来たのです?茶化しに来たのなら、趣味が悪いとしか思えないのですが」
カエデさんの問いにそのクローン人間さんは顔を渋らせます。
「茶化しに来たのではない。我々クローンはお前らの様な出来の悪い雑種とは違い目的意識の高い崇高な生命体なのだからな」
「いいから」
「うっさいな!人の演説ぐらい黙って聞けないものかね」
「早く」
カエデさんが段々と苛立ち、表情を曇らせていく様子がはっきりと伝わってきます。
「まぁいい、とにかく私はあのドリームクラフト社とかいう集団が気に入らないのだ。ほら、集団の中でも一際目立って所属している集団を嫌う異端者がよくいるだろ?あんな感じだ」
「つまりあなたは元から組織を裏切ろうと行動してたって事ですか?」
「まぁそう言った所だな。それで召喚された所からフラフラと歩いていたらお前らの高校に辿り着いたという訳だ」
「それで、私に捕まったと」
「五月蝿いな!人を怒らせる天才か!お前は!」
私の余計な一言で若干ポンコツっぽく見えてきたクローン人間さんですが、どうやら私達に敵意を持っている訳では無さそうです。私達は目を向け合い、頷き合います。
「今、敵はこの近くに来ていますか?」
「お前らの敵はこの近くにはまだ来てない様だが、接近中ではあるぞ。私のレーダーで探知できる」
どうやらカエデさんの予想は的中していた様です。ホーミング弾を撃ってきたクローン人間は迫ってきています。耐えきれなくなり、チズさんも声を上げました。
「単刀直入に言うけど私達に協力してほしい。今、危機に直面しているの」
「何で私を捕まえようとした人間共に手を貸さないといけないんだよ。そもそも私はお前らの敵じゃないのか?同胞殺しめ」
クローン人間さんの言う事も確かにその通りではありましたが、私も彼女に向けて言葉を伝えます。
「確かに私達人間と、クローン人間は敵対している。だけどこのままだと私の好きだった街や人達、全てが壊されてしまう!あなただって、組織が気に入らないのは自分の大切な何かが壊れてしまいそうだったからじゃないの?」
「何が言いたいんだ、人間」
「だから、私達に協力してほしい。同胞殺しかもしれないけど、私達は私達の世界を守りたいから」
暫くの沈黙の後、頭をポリポリ掻きながら照れくさそうにクローン人間さんは口を開きました。
「そこまで言われちゃあ仕方ない。人間、お前のその覚悟に甘んじて協力してやろう。今回だけだぞ」
「「「ありがとう!」」」
「私の事は三川八恵と呼べばいい。旧名だが、今から私の紛い物を全部破壊するからな。私がオリジナルと言う事で十分だろう?」
ヤエちゃんが仲間に加わった所で、既に彼女が感知していたのは無数の敵の群衆でした。
「まずいな……どんどんこっちに向かってきている。というかこの数、100体どころじゃないぞ」
「どうすればいいか教えて、ヤエちゃん!人間より崇高な生命体なんでしょ?」
「鬱陶しいな!そもそも私も好きでクローンになった訳じゃない。というか離れろ」
私はヤエちゃんに向かって寄り付きますが、暑苦しかったのか直ぐに振り払われました。
「あなた達はどうやったら止まるのですか?何か一定の条件とか……」
カエデさんはヤエちゃんに問いかけますが、神妙な顔をした後、顔を上げて答えます。
「これを止めるには原初ホムンクルスという装置を止める必要がある。このクローンを増やしている元凶だ」
「そんな物が……それは今何処へ」
「恐らく、駅の方だろう。今から向かうのは不可能に近い」
聞けば聞くほど対処の仕様がない絶望に私達は打ちひしがれました。間もなく大量のクローンがこちらへ向かってきます。
「その装置を止めるのって、ここからでもできますか?」
「それは無理だ。そもそも今止めたとして私達の生命活動まで全て止まってしまう。無理にアレを止めない方がいい」
「じゃあどうしたら……?」
「とにかく今は防衛策を考えないと駄目だ。お前ら武器は何が使える」
「雷槍と鎖鎌とワイヤー網です」
それを聞いた途端にヤエちゃんは残念そうにため息を吐きました。
「時間の問題だな。私も彼らと同じ能力のホーミング弾だし、あれだけの敵数じゃ、手の打ちようが……」
「諦めちゃ駄目だよ!」
そう言って私はヤエちゃんを押し倒しました。あまりに突然の行動だったので、彼女の方も戸惑いが隠せません。
「ナゴミ……お前、なにやってる」
「1個だけある、この状況を打開する方法!」
「何があるって言うんだ?もう既に打てる手は全て打っ……」
「ヤエちゃん、あなたの力捕獲させてもらうね!」
「ちょっと何してんだナゴミ……うぉああああ!!??」
遂にその大量のクローンは屋上へと集まってきました。空を滑空し、こちらへ向かってきたものもあります。しかし、ヤエちゃんの武器を手に入れた私に死角はありませんでした。
「ナゴミさん、どういうつもり!?いきなりヤエさんを吸収して……武器に合体させたの?」
「だからこうするんだよ!追跡網!」
叫びと共に無数の網が私の武器として出現します。それは敵の方へと取り囲み、続々と敵のホーミング弾を無効にし、捕まえていきます。
「お見事です、ナゴミさん!」
「お礼を言うのはヤエちゃんの方にして欲しいな。彼女がいなかったら、捕まえられなかった!」
全ての個体を回収し終えた所で合体を解除しました。私の横には顔を赤くしたヤエちゃんが立っています。
「そういう力があるならそういう力があるって前もって教えてほしいんだけどな」
「照れちゃって、これでとりあえず一件落着だね」
暫くして、チズさんの方から一本の電話を入れる音がしました。
「何してるんですか?チズ先輩」
「自衛隊の方に連絡してるんです。あの捕まえた個体を処分してもらおうと思って。ヤエさんもそれでいいですよね?」
「あぁ、オリジナルは私1人で十分だ。それに既に事態は終息しているみたいだしな。レーダーに敵の気配は感じない」
彼女の一声を聞いてどっと息が漏れました。今日の戦闘部の活動はこれにて閉幕です。
「こ、これ君達がやったのかい?」
「えぇ、それより自衛官さん。傷の方は大丈夫でしたか?」
自衛官さんの救助が入った際、カエデさんの心配する一声がその人にかけられました。
「傷の方は奇跡的に無事だが恐ろしい生物だった、まさかあれが全員同一人物だとは思えないが……とにかく我々もまだまだ未熟である事を思い知らされたよ」
「そうですね、私達もこれから頑張らないとです」
「待ってください、頑張らないととは?」
カエデさんは待ってましたと言わんばかりに、後ろに振り向いて答えました。
「私達、戦闘部なので」
暗闇になった町並みの裏路地、消えかかりそうなネオン灯の様に私達に小さな決意が灯りました。私達の戦いはまだ始まったばかりです。