日々鍛錬、そして実践へ
「今日から戦闘部に正式入部させて頂きます、信情菜護身です。よろしくお願いします!」
自信家であると自称していた私でも、人前に立って自己紹介をするとなるとやはり緊張するものです。現在、私は戦闘部という部活に所属し、2人の先輩に挨拶をした所でした。
「そんな改まらなくてもいいのですよ、案外ゆるい部活なので」
この人は則長楓さん。青髪ロングの綺麗な方で、スタイルも良くて優しい理想の先輩です。
「最初の内ぐらいは誰だって緊張するものですよ、あっそう言えばナゴミちゃんとは初めましてだっけ」
「そう言えばこの前部室に来てなかった……お名前はなんて言うんですか?」
「私は伊万里千鶴です。2年生だけどまだ学校の事とかあまり慣れてなくて……気軽にチズちゃんって呼んでくれたらいいよ」
「わかりました!チズ先輩!」
「ちょっと、先輩呼びは慣れてないから恥ずかしいな……」
この人は先日の部活動紹介の時に来てなかったのですが、先輩の1人らしいです。ふくよかな眼鏡三つ編みで笑顔が麗しい方です。
「ところで部長、今日は何するんですか?」
唐突に私が訊ねると待ってましたと言わんばかりに部長は答えました。
「チズさんもご存知だとは思いますが、先日この学校に例のクローン人間が襲来しました。私達もそれなりの知識、武力、対応力を身につけておかないと学校の危機にすら直面してしまいます」
「ふむふむ」
「なので、その様な危機に対抗できる私達が自ら学ぶ事は決して無駄な事にはなりません、よって今日は武術の勉強をしましょう」
「えー!?部活に来ても勉強とか、正直辛いです……」
チズさんの方をふと見るとこの時点で眠そうに目を擦っていますが、それも少し気にしながら話を聞き続けます。
「いいですか、適切な場面で適切な処置が行えないと安定した防衛には繋がりません。私達の学ぶ意義はそこにあると言っても過言ではありません」
「でも、そんな急いで学ぶ必要無いんじゃないですか?ゆるい部活って聞きましたよ、さっき」
余裕ぶっこいている私にもカエデさんの怒りマークがフッと込み上げたのが見えました。
「い・い・か・ら・や・る・の・で・す・よ・?」
「痛いっ!分かりました!分かりましたから長い定規でペシペシやるの止めてください!」
この殺伐とした状況を無視するかのように隣のチズさんはすっかり眠気に負けていますが、手慣れているかの様に、カエデさんは授業を始めました。
「まず、武術の歴史は古代にまで遡ります──」
1時間程経過しました。既に他の文化系の部活動は終わりかけの様な時間帯ですが、部長の話は止まりません。
「あの……部長?」
「どうしました?ナゴミさん」
「疲れたんで休憩取っていいですか?」
「あぁっ、ごめんなさい!私としたことがうっかり……休んでください」
彼女はそう言ってまたコーヒーメーカーの前に立ち、二人分のコーヒーを作りました。その内のマグカップの一つを私に差し出します。
「いえ……だから私ブラックコーヒー飲めないんですよ」
「ハッ!」
本気で忘れてたかのようにカエデさんは衝撃を受けていました。あれだけ武術の事は頭に入っているのに実はドジっ子属性持ちの様です。
「ごめんなさい。真面目そうに見えるからって頼られるんですが、どれもギリギリ上手くいった例ばかりなんですよね……」
カエデさんは深いため息を吐きました。ずっとその事で悩んでいるという感じのものではありそうです。
「大丈夫ですよ、カエデ先輩!完全な人間なんていないです」
「ナゴミさん……」
「教えてもらった武術の事、辛かったですが確かに勉強になりましたし、そういうお茶目な部長も私は好きですよ」
「それ、ナチュラルに告白してません?」
私はボッと顔を赤く染めた。別にそんな気は無かったのだが、告白というワードに弱いのかつい躊躇ってしまいました。
「なんて冗談ですよ、ありがとうごさいます。ナゴミさん」
「えへへ」
ふと卓上の時計を見ると、既に下校時間ギリギリの状態でした。かなり長い時間部室にいたのはわかってましたが、ここまで長くなるとは思っていませんでした。
「今日は遅いのでもう帰りましょうか、戸閉まりは私がやります」
「そう言えばチズ先輩どうしますか?既に寝ちゃってますが」
「この子は私が起こしておきます。先に帰っちゃってください」
「ありがとうございます。カエデ先輩、お先です」
私は少し浮き足で階段を降りていきました。部活動らしい部活は中学の時もしていなかったのでつい心が弾んでしまいます。
下駄箱に辿り着き、靴を履き変えようとした瞬間、交換しておいた先輩の連絡先からメールが届きました。
「……えっ!?」
私は即座に部室に戻りました。そのメールの内容は緊急を要するものだったのです。
「これは一体何ですか!?」
「ナゴミさん、緊急事態です。駅前の方でクローン人間が発生したみたい、急ぎましょう」
いつになく神妙な顔つきをするカエデ先輩に戸惑いを隠せないものの私は何やら異変に気付きました。
「部長……倉庫の方から何か聞こえませんか?」
「言われてみれば確かに」
私達は部室に直結している倉庫の方に行き、鍵を開けました。音のする方へ向かうと、そこには何やら引き出しの中でガタガタと揺れる何かがあります。
「何これ……怖いんだけど」
「ナゴミさん、どんな場面でも油断は禁物です」
恐る恐る私は戸を開けると中から網ネットで縛られた女の子がゴトっと転がりました。
「「うわああああああ!!??」」
「おい待て、私を閉じ込めたのはお前らだろうが」
「へ?」
その時、私は初めて思い出しました。仮入部の時、私の武器で捕獲したクローン人間の事を。先日の部活動紹介の時にこの倉庫にしまっておいたのをすっかり忘れていました。
「何か……ごめんね」
「いや、憐れむな!お前ら人間程度に憐れまれる程私らも落ちぶれてないわ!」
幽霊とかのオカルト現象じゃなくホッとした私に対して突然話を切って乗り出したのは意外にも部長の方からでした。
「突然だけど今、あなた達のお仲間が駅前付近で暴れているみたいなの。どういう事か教えて」
少しでも情報を炙り出したいカエデさんでしたが、クローンの方は頭をポリポリと掻きながら平然としています。
「いきなり外に放り出されてそう言われても……まぁいい、どうせ私が答えなかった所で多分私を処分して現場に向かうだろうし」
「答えなくてもそうするつもりではあるわ」
「いや怖いな!それが一般女子高生のする対応か!?分かったよ、緊急を要するなら答えてやる」
そのクローン人間さんはフゥと息を落ち着けて話し始めました。
「私達はドリームクラフト社で生まれたクローン人間だ。博士の目的は私達にもよく分からないが、私は作られてから"人を殺せ"とプログラムされていた。それぞれ専用の武器を持って。私はホーミング弾だけど」
「ちょっと待って、私達って他にもあなたみたいな存在がいるって事?」
「かもね、詳しい事は言えないな。そもそも私達自体エネルギー源は原子力で動かされてるから食事や睡眠とかの生活的な行動は必要ないし。私達の情報財産は全て電波を通して本部と繋がっているんだけど、今は繋がってないわ。そもそもこのワイヤー網で無効化されてる以上抵抗するのも無駄みたいだ」
「えっ、そんな事もできるの?私の能力」
「お前が自分の能力知らなくてどうする?まぁいい、とにかく残党を倒したいなら私を解放しなさい、協力してあげる」
「しかしあなたが彼らに攻撃を加えると同族殺しになります。我々は元々敵対していた者同士、信用なりません」
少し気だるそうにしているクローン人間さんは食い気味に答えました。
「日中に聞いた噂によるとその駅前の襲撃個体数は100体を超えるらしい。お前ら程度の戦力じゃ処理は難しいだろう」
「部長、この子の言う事が本当なら仲間に入れてあげるべきだよ。いざとなったら私が捕まえる」
「ナゴミさん……でも、これはそんな簡単な話じゃないのよ」
薄暗い倉庫の中、私達が話している隙に突然そのワイヤー網は何者かの強い衝撃により弾き飛ばされました。
「誰!?」
「面白そうですね、気に入りました」
まだ明かりを点けっぱなしにしていた教室から光が漏れ、その人は私達の方へ足を運びます。その影の正体はこの戦闘部に所属しているチズ先輩でした。
「私も混ぜてくださいよ、その争い事」