此処は骨董店
今時引き戸というのも珍しい。
ギリリ…リ…ギィ
ガラガラという効果音は間違っている。本物はもっと甲高い音なんだ。爪で黒板をひっかくみたいな音なんだ。
「すみません。あの…。」
薄暗い入り口。夕日の光を反射して塵が舞っている。ほこりっぽい。ベルなし。スマイルなし。店員の「イラシャイマセー。」なし。
「誰かいませんか?」
「誰かいてください、じゃないのかい?」
「ひぃっ!」
突然の声に少年は情けない声を上げた。少年は勇敢ではなかった。引き戸を開けられたのだって、声をかけられたのだって勇気を振り絞ってやっとのことだったのだ。
「おや。小さなお客さんだ。」
大人は微かに微笑んで、
「いらしゃいませ。」
と、常套句によく似た言葉を発した。
コトリ。
和風の湯飲みに入れられたコーヒーの液面に水門が出来る。それは夕日を照り返してDVDの裏面のように虹色に光っていた。
「此処は骨董を扱う店ですか?」
少年は大人ぶって敬語を使う。
「うん。そうとも。此処では珍しい物を売っている。」
砕けた言葉に子供扱いをされているような気がした。
ゴクリ。
真っ黒な液を飲み込む。少年が彼を大人にしてくれるはずと頼った飲み物は、彼が子供であることを証明するばかりだった。コーヒーと共に苦い思いも飲み干す。足のつかない高い椅子。大人のための椅子。気にくわない。此処が大人のための店なら、客の僕は大人扱いされてもいいはずじゃないか。
ゴクリ。
「君は何を買いに来たのかな?」
「インターネットの広告を見てきました。」
もったいぶったように話すのも大人の専売特許だ。これも使ってやる。
湯飲みの底が見え始める。『泪』と書かれているのだろうか。
ゴクリ。
「にっ…。」
底の方はかなり苦い。大人が苦笑しているのが分かる。アンテイク調の店の中。知らない大人と二人きり。よく分からないオブジェ。幻想的な紅の光。現実味のない今が少年を酔わせる。と、同時に現実を強調する。
「苦いかい?」
ジュースを勧める大人を前に、聡明な少年は大人であろうとすることをあきらめた。
「いえ。目が覚めていいです。」
それでも、と最後の悪あがきに残りの液を胃液と混ぜてやる。湯飲みの底には『湯』という記号が描かれていた。
「それじゃ…。どんな広告を見てきてくれたのかな?」
「僕は、イジメを買いに来ました。」
学生らしい黒縁眼鏡の奥で少年_カイの瞳が夕日の光を取り込んでいた。
更新は未定です。