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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クリスマス用の物語2017

作者: トースター

 校舎に外付けしてある非常階段から落ちてしまった僕は、地面にぶつかるまで僅かな時間に思ったことはこうだ。


 『ようやく死ねる』


 複雑な家庭に生まれたわけでも、苛められてるわけでも、トラウマになるほどの大きな過ちを犯したわけでもない僕だが、無性に死にたくて仕方なかった。17年の人生でやってしまった失敗を恥じてだ。


 失敗したことがない人なんて少ないだろうし、みんな同程度、もしかしたらそれ以上の失敗をしているのではないかとは思う。だけど頭では理解できるが納得できない。僕は実は完璧主義者だったのかもしれない。けど思春期特有のものなのかもしれない。


 毎日死にたいと思ってきたが、死ねなかった。自殺はあまりにも家族に迷惑がかかり過ぎると思ったのと、いざ死のうとすると怖くて実行に移すことが出来なかったからだ。


 だから誰か殺してくれないかなぁと常々思っていた。ぶつかってしまった誰かさん、ありがとう。そしてトラウマになったらごめん。



――――――――――――――――————



 死んでみたのはいいのだが、死後というものがあるらしい。しかし、天国や地獄のような住めるものではなさそうだ。


 何もない空間で列に並びながら僕は思った。


 並んでいるのは死んだ者達だろうが、おおよそ僕の時代になさそうな服を着ている人や、よく見れば空想上の生物みたいなものもいた。


 異世界ってやつは本当にあったんだな。


 この途方もなく続きそうな列の先はしかし目に見えていて、それは色で表そうとしたなら『黒』と言えるだろう。


 その黒いものが何なのかもなぜか理解していて、そこへ向かうことに本能的な負の感情を抱かないことが、自分が死んだことを教えてくれている。


 「【御目付(おめつけ)】様、大変失礼な話だとは存じているのですが、少しお伺いしたき儀がございます」


 僕の後ろに並んだ男性……土下座をしていて顔が見えないが、その男性に恭しく話しかけられる。


 「えっと、あの……」

 「何卒(なにとぞ)!」

 「自分、その御目付様?っていうのと違います、よ……」


 そう僕が言うと、男は顔だけあげてポカンとした顔をする。


 「えっと、多分生きてた世界も別のものだと思います、多分……」

 「……」

 「僕……自分の世界だと、平民?しかいないですし、自分はただの学生ですので……」

 「……」

 「えっと、立ってもらって大丈夫ですよ?」


 自分でもちゃんと敬語で話せているかわからないが、それっぽく話す。


 「……お1つ、よろしいでしょうか?」

 「え、あ、はい」

 「ガルヴァン王って愚王だな!」

 「?はぁ……?」


 急に訳の分からないことを言い出した、男は要領を得ない僕の反応をみて何かを納得したのか、「失礼した」と言って立ち上がる。


 170後半だろうか、僕より背が高いその男は染めた感じのない赤色の髪をしていて、そして見慣れないその服装からも僕に異世界の人だと教えてくれる。


 顔立ちが日本人のソレと違って分からないが20代だろうか、僕の世界だとイケメンに分類されるだろう。


 「私はマーグール・ノルヴェン。生前は傭兵達の長を務めさせてもらっていた」

 「えっ、傭兵!?」

 「こんな身なりをしているからわかりにくいだろうが、最近は机周りの仕事ばかりでね」


 素人目でもわかる見事な衣服を身に纏っていて、もし僕の知るファンタジーものの世界なら貴族かそのぐらいの立場の人だろうと思っていた。


 「君の名前も教えてくれないだろうか」

 「……あ、はい!大西(おおにし)恒平(こうへい)と言います。学生です」

 「学生か、何の勉強をしていたの?」

 「何の?えっと、国語とか数学とか、えっと、義務教育みたいなもので全体的に基礎の部分をやっています」

 「へぇ、大西君のような青年でも義務教育が行われているのか。とても平和な世界なんだろうね」

 「えっと、はい。みんな武器なんかは持ったことがないですね」

 「ははっ、そうなると傭兵業はやっていけないな」


 その後、僕とマーグールさんはお互いに知らないことがないのではないかというぐらいに話をした。なにせ死後だ、プライドも秘密も関係ない。




 マーグールさんは、ファンタジーな世界【レーヴェンス】で傭兵団『ガーベラル』の団長をしていたらしい。


 行っている内容は僕達で言うところの冒険者と変わらないもので、というか実際に冒険者も存在するらしいのだが、ギルドと呼ばれるものに入るのが嫌でマーグールさん達が立ち上げた組織だそうだ。


 そして死んだ原因だが同業者の娘をかばって殺されたらしい。


 祝賀会の場での奇襲で心臓を一突きの即死。


 相手が自分の娘と同じ年頃の子供で反応が鈍ったそうだ。





 永遠とも思える時間を話し合った二人は、気が付けばマーグールさんの順番が回ってきていた。


 ……あれ?マーグールさんは僕の後ろに並んでいたはずじゃ……気付かないうちに場所が入れ替わっていたのかな。


 一寸先は闇。ここをくぐれば『先』なんてものはないのだが、その言葉が今の状況に相応しいだろう。


 これが何なのか、理解は出来ているし、怖くもないのだが、自分の番が近づいてくるとそこへ踏み出すのを躊躇いそうになる。


 「お、私の番が来たようだね」

 「そうですね」


 マーグールさんは、清々しい笑顔をこちらに向けてくる。


 「それじゃあ、お先に失礼するよ」

 「はい。また沢山話しましょう」

 「ははっ、そうだな」


 『また』なんてないことはお互い理解(わか)っていて、そして次が必要ないことも分かっている。


 だからこの『あと一歩』の気持ちは、これまで自分で動いてきたかどうかの差、なのだろう。


 たぶん、この人が『そこ』へ行ったら、僕も次の一歩を踏み出せる気がする。


 片手を軽く上げながら闇へと進むマーグールさん。



 と



 その背中に向かって、一条の光が彼に向かう。


 それは彼を現世(うつしよ)に戻すものだと本能的に理解する。


 だが、彼は既に思い残すことをなくし、次への一歩を踏み出そうとしているのだ。


 僕は彼の邪魔をさせたくないと思った。


 生前の僕ならば思わなかっただろう。彼の話を聞いて影響を受けたのだと思う。


 その光が彼に届く前に掴み取る。


 マーグールさんはこちらに気付くことなく、姿を消した。


 それを見た僕も、最後に何かを成し遂げたのだと思った瞬間、僕の目の前に『無』がきて僕も清々しい気持ちでそこに足を踏み入れた。



――――――――――――――――————



 目を覚ますと、視界がぼんやりとしていて、自分がどこにいるのか全くわからない。


 「あっ、団長!」


 ガタッと何かが倒れる音とともに女性の声がする。


 その声の主がこちらにやってくるときには、視界が鮮明になってくる。


 声の主は日の光を浴びてまさに金で出来た絹糸のような、えっと、とりあえず綺麗な金髪を腰のあたりまで伸ばしており、アメジストのような綺麗な垂れ目には涙がなみなみに溜まっていた。


 語彙力がないのは分かっているのだが、とりあえず美人の一言で済ませられるだろう。


 そんなファンタジーな美人さんを見るのは初めてなのだが、どこか、懐かしさを覚えてしまう。


 そう、マーグールさんの仲間に似たような人がいたのだ。たしか名前は


 「ジュディ……さん」

 「はいっ、団長!ジュディです!今、皆さんをお呼びしますね!!」

 「あっ、ちょっ」

 「すぐに戻りますから!」


 嬉しくて仕方がないとばかりに、はしゃぐジュディさんが部屋を出ていってしまう。


 思わず捕まえようとするが、身体が重く、思うように動かない。


 「ここは……」


 見覚えのない部屋だ、。しかしやはり懐かしさを覚え、これはベットの上からの光景だ。


 そのことと先程のジュディさんの名前を当てたことをファンタジーな物語と比べながら考えると、自分の置かれている状況が嫌でも分かった。


 「僕、マーグールさんになったのか……」


 彼と代わって生き返ってしまった。そう理解すると、自分が何をしでかしたのか、その罪悪感に圧し潰されそうになる。


 しかも『生』を受けたからか、何も感じなくなったはずの『死』対して言い知れぬ恐怖を覚えた。


 そ、そうだ。せめて皆に事情だけでも……


 「パパっ!」


 バン!と部屋の扉が勢いよく開き、一人の少女が泣きついてくる。


 その少女に続くように、ぞろぞろと人が集まってくる。


 「あなたっ」「団長!」「兄貴!」「マーグールさん!」


 皆がこの時を待ちわびたような、これ以上ない位、嬉しそうな顔を見せる。


 ……


 「パパ?」

 「っ、い、いや、なんでもないよ。心配かけたね、ラナン、皆」


 僕に言い出す勇気はなかった。出来るだけ、彼の口調を真似する。


 「すまないが、まだ眠くってね。もう少し休ませてもらってもいいかい?」


 その言葉に、皆がハッとし、すぐに部屋から退室していく。


 それだけのことだが、どれだけ彼が皆に愛されていたのかが分かった。


 「……」


 自分の犯した罪にこれまでになく死にたくなってくる。


 辛い体を無理に動かし、毛布を頭で被る。


 グルグルと頭の中で負の感情が渦巻く。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 「水も飲んでないのに馬鹿か貴様は?」


 毛布を無理矢理剥がされる。


 「ほら、水だ。飲め」


 黒装束を纏った女性は僕の顔を持ち上げると竹筒を傾けて水を飲ませてくる。


 なんで人が?えっとこの人は確か……あぁ、そうか!


 「ありがとう、キキョウ」

 「別に、あんたに礼を言われる筋合いはないわ。偽物」

 「っ!?」

 「あんたさっき、『マーグールさんになったのか』って呟いていたでしょ。ずっと団長の陰にいたから聞いたのよ」

 「……」

 「で、あんた何者?団長をどうした?」


 キキョウさんは諜報や暗殺を得意とする影役、僕の言動も見張られていたらしい。


 「何を黙っているの?団長の体に入った今なら危害を加えられないとでも」


 そんなことは思っていない。精神体への攻撃方法が存在することも知っている。


 ただ、その濃厚な殺気に当てられて何も出来ないのだ。


 「っは、っは、っは、」


 呼吸が上手く出来ず、意識が遠のいていく


 「ちょ、あんたっ……!?」


 遠くでキキョウさんの心配するような声が聞こえた。




 目が覚めると見覚えのある天井だった。


 「まさかあの程度の殺気に当てられて、気絶するとはね。あんた貧弱よ、貧弱」


 枕元にキキョウさんが立っていた。


 「ほら、ジュディがスープを用意してくれているから食べなさい」


 そう言って僕の体を起こし、スプーンを使って僕へ食べさせる。


 その甲斐甲斐しさは先ほど殺気を出していた人物だとは思えなかった。


 冷めてしまったはずのスープが僕の強張った心を溶かしていく。


 スープを食べ終わると、キキョウさんは黙ってその場に立っていた。


 ぽつり、ぽつりと僕は自分の状況と、犯した大罪について話した。




 「そう」


 キキョウさんは何でもないように話を最後まで聞き、「ならば団長は、団長はなぜエアリスと結婚しなかったか知っているか?」と尋ねられた。


 「……いや、知らないです」


 本当は知っていたが、そう答える。


 マーグールさんはエアリスさんと幼馴染でずっと一緒だったのだが、彼はエアリスさんじゃなくてレティシアさんと結ばれ、娘のラナンさんを授かった。


 こちらの些細な動きすら見逃さないとばかりに観察してくるキキョウさんは僕の表情から、僕が答える気が無いことを悟ったらしく、溜息をつく。


 「これで答えるようなら逆に怪しいか。……いいわ、あんたの言ったことを今は信じてあげる」

 「あ、ありが「でも、あんたをどうするかはまた別の話。明日中には結論を出すから、あんたはそこでずっと寝ていなさい」


 ふと何か甘い匂いがしたかと思うと、瞼が重くなっていき、意識が遠のいていった。



――――――――――――――――————



 結果から言うなれば、保留という形で見逃して貰えた。


 キキョウさんに助けて貰いながらマーグールとして傭兵団団長を続けていくことになり、生前とは比べ物にならない程に自分の未熟さを痛感させられる。


 さっさと誰かに団長の立場を譲り、隠居という名のもとに逃げ出したいと思い続けるも、世界がそれを許さなかった。


 世界から争いがなくなることはなく、むしろ激化していく日々。


 国内の政権争いにも巻き込まれ、学ラン集団である御目付と対峙することもあった。|《》


 僕はマーグールとして生きながら、それまでのマーグールと比べられて死にたくなる。


 けれど今は、たとえ外的要因だとしても死ぬことを許されない。


 雁字搦めになった僕が生きていられるのはキキョウさんの存在が大きい。


 僕はいつしか彼女のことを愛してしまっていた。


 けれど、今の僕には妻も子どもいて、どうしようもなく、また彼女からは「依存との錯覚」だと言われてしまった。



 僕の恋心が叶う日は永遠に来ないのだろう。


 だからせめて、彼女の幸せのためにも今を頑張っていこう。


 僕の死ねない理由がまた1つ増えた。

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