強者との遭遇
(とは言え、何から話したものか…)
勿論、昨日までとは人格が違うことは話せない。兄にしろ母にしろ、次男が自分達より精神的に年上というのはいただけないだろう。やはりここは…
「えーっと、実は……」
…こちらでも、嘘をついた。前と比べて突飛で、あり得ないような嘘だったが、彼らは信じてしまった。安堵と共に、罪悪感とまた偽って生きていくことへの悲しみが込み上げる。きっとこの嘘が打ち明けられることは無いだろう。慣れていても、それでもきついものである。
「で、この液体はその『別人』の中の『科学知識』っていうので作ったの?過程は…まぁ分かったわ!………ホントよ?」
「ふーん、だから球についても知ってたんだ。でも、『他人』の記憶が入るなんて……一応、変な魔法がかけられてないか確認した方が良さそうだね」
「そうね……ならランス、今からラシをメリンさんのとこに連れて行ってくれない?あの人くらいしか頼りにならなそうだし」
彼は『メリンさん』のところへ行くことになった。『針の解呪師』とも呼ばれているらしい。今日は少し気分が落ちているので何もしたくないと言う彼を、ランスは引きずって部屋を出た。
「どこ行くのさ〜兄上〜?」
「…魔力不足なのは分かるけど自分で歩いたらどうだい、ラシ?」
絶賛気力失い中の彼はランスに背負われて街を進んでいた。
「……ラシさぁ、この間の森で何があったか知らないけど…家族は頼ってね?」
「………(森?)」
森…と思い出そうとしても覚えがない。思い出す気力が足りないのかも知れないのだが…これも魔力不足のせいなのだろうか?
(まぁ、いいや)
と、いつになく投げ気味な彼にランスは続ける。
「…まぁ、話したいと思ったら話しな。母上も気付いてるだろうし…ね?」
「…うん…?」
とりあえず頷いておいた、という彼の様子(間違っていない)にランスは、はぁ…と溜め息をつき、
「…『雷王様』来てないといいなぁ」
(雷王?)
少し気になった彼だが、気怠さと共にくる眠気に耐えられず、兄の背で寝てしまった。
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ふぅ、と弟を背負うランスは息をつく。
(…重くなったなぁ)
兄としては背中に感じる弟の成長を素直に喜びたいのだが…
(まぁ、言いたくないことができるのも…そうなんだけどなぁ……なんとも寂しいもんだね…)
複雑なものだ、と彼は呟く。ふと上を向くと、そこにはこの時期にしか現れない『門』があった。彼はその門の柱に手を触れ、
「……ご迷惑お掛けします、『門師』様。『開き給え』」
そう呟いた。直後、門の内側に青白い光が膜のように広がった。彼は弟を背負い直して、膜の中へと入る。
(どうか、居ませんように…)
と願いながら…
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…目を開くと、森の中だった。
____ふふっ、今回の『君』は帰っちゃうんだね。
頭の中に、声が響く。
____いいよ、まだ開いてもいないから。けど、次の『君』まで待たないといけないのかぁ…
その声は、寂しそうで、悲しそうで…
____次の『君』は……そう、そこなんだね。今回の『君』、思い出してもいないだろうけど、忘れてね。もう君は、『君』じゃないのだから…
申し訳ない、と心の底から思える、そんな悲しい声は、どんどん、遠ざかり……
____じゃあね、【 】君。
体が青白い光に包まれた。
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「うわぁ⁉︎」
「お!起きたかい、ラシ?」
気付くと、兄の背にいた。周りを見ると、そこは『森』ではなくどこかの建物の中だった。
(うん?なんで森なんか思い浮かべたんだ?)
頭にクエスチョンマークを浮かべていると、
「…ラシ、起きて早々悪いけど、しっかり掴まっててね!」
え?と考えさせる暇もなく、ランスは廊下の端の扉向かって走り出した。そちらを見ると…
_____バチイィィ!!
と、いきなり扉の外で放電が走った。
(……え?)
ランスは臆することなく扉へ向かう。その勢いは近づくほどに強くなり、ラシルトは兄が何をするつもりかを悟った。
(頼むぅぅ!兄上ぇぇぇぇ!)
頭を兄の背中につけ、ぎゅっ、とその体にしがみついた。
(向かいまで、届くかどうか……いや!ラシもいるんだ、届かせないと!)
ランスは扉の縁に左手と右足を掛け、一気に感覚を足へと向かわせ…
「『跳躍』!!」
叫びと共に、槍のように飛び出す。目指すは向かいの扉、約50メートル先。空を見ると、黒い雲がうごめき、所々で怪しく光っていた。
(⁉︎来るっ!まずい!)
運悪く、雷がランスとラシルトに迫る。わずかに見えたその光に、ラシルトは、
(くそっ!近くに絶縁体は……そうだ純水!!)
絶縁体とは言え無いとしても、純水の抵抗はかなり高い。初めての魔法の時のように、彼は水だけを集める。
(間に合えぇぇ!)
瞬間、彼らの周囲に水の膜ができ、雷を拒んだ。水は一気に蒸発し、熱が彼らに襲いかかるが、雷は当たらなかった。ランスは食いしばり、左足に力をこめて、
「『跳躍』っ!!」
少し削がれた勢いを補完し、増して扉へと突っ込んだ。
「ほぅ……?」
その少し驚いたような声は、ラシルトにしか聞こえなかった。