恐怖と救世主
今日二個目です。いつもはこんなに早くならないのでご注意下さい。
「それで?もちろん貴方は今日の分の勉学が終わったから二階から落ちて来たのよね?」
NOとは言わせないわよ?という顔を見せながら『母上』(アリスというらしい)はどこから出したのか椅子に座って聞いてくる。しかし彼には『今日の分が終わった』という記憶がなかった。どういう形式の勉強かは知らないが、提出系のものではありませんように、と願いながら彼は答えた。
「もちろんです!母上!」
「あらそう?じゃあ確認させてもらうわ」
緊張の瞬間である。彼は『母上』の次の行動をじっと見つめた。心臓の音と息を吸う音が少し荒かった。
「では……底辺8、高さ6の三角形の面積は?」
「(おっし!)24です!」
心の中でガッツポーズをした。さすが5歳児(の設定)用の問題、簡単じゃないか、と彼は余裕を持ち始めた。
「次、6×8+43を13で割ったら?」
今度は四則演算系だった。簡単なので即答した。
「7です!」
「…次、直径6の円の面積は?」
『母上』は少し怪訝な顔をして質問した。もちろん彼は即答した。
「9πです!」
「………最後、球の体積の求め方は?」
今度は顔を引きつらせながら言った。問答無用のいい笑顔で彼は即答した。
「rを半径として4/3×πr^3です!」
「何で知ってるのよ!?」
完全に5歳児の計算速度と数学知識を逸脱しているそれに彼女は戦慄した。
(何なのよ?円の面積は皮本の最後の方ににあるとして、球の方は貴重な紙本にしかないはずなのに…)
一方彼は『母上』の驚愕に疑問を抱いていた。そして気付く、彼が今どのような姿なのかを…
(なんでこんなので驚いてるんだ?そんなに難しいやつじゃないと思うんだが……あ、、)
瞬間、椅子に座っていた『恐怖』が彼に肉薄し、その肩を掴んだ。
「何で知っているのか教えてくれるわよね?もちろん、そうよね?」
(ひぃぃぃ!痛いです怖いですちびりそうですぅぅ!)
「さぁ、早く答えて楽にな「何してるんだい?母上にラシルト?」…あら、ランス」
見ると恐怖に満ちた部屋の入り口に少年が立っていた。遠目でも明らかな美形に、小さいながらに醸し出す威厳。体の大きさに合ってはいないがしっかりと背負えている剣。『ランス』と呼ばれた彼はまさに強者らしかった。
(あれは……『兄上』?『味方』?いやまぁ味方だろうけど…兄いたの?しかもめっちゃ強そう…あ、本当に『強い』のか)
弟(本人に自覚無し)を意図せず救った彼は『母上』から事の次第を聞いた。すると彼は笑いながら…
「ははっ、また脱走したのかいラシ!それでドジしてまんまと捕まったと、残念だったね、ふふふっ」
「ちょっとランス!もうすぐラシルトはねぇ…」
「いいじゃないか母上、今日の分はしっかりできてたんでしょ?しかもプラスで円と球まで!すごい事じゃないか。この分なら少なくとも算学は大丈夫でしょう?」
「だけどこれは…」「悪い事じゃない、でしょ?」
「…はぁ、全く誰に似たんだか。いいわ、今日は許してあげる。じゃあラシルト、明日は頑張りなさい」
そう言い合うと母上は部屋の外へ出て行った。兄の方はというと…
「さてラシ、どんな魔法を使ったんだい?球なんて僕もおととい習ったばっかりだよ?教えてくれない?」
割と疑っていた。怖くないだけマシだが、笑い方は母親そっくりだった。
(くそぅ、ミスったな。これはここの常識(もしくは設定)を知っておかないと…なら…なるべく『いつも通り』に…)
「何かこう、ピピッってきたの!でもこれ、そんなにすごい事なの?」
あざとい。だがこうしないと色々面倒そうだ。特に理解もできていないことを説明することとか。そう思いながら彼は兄の返事を待つ。
「すごいもすごい!学園の中クラスでも知ってる人はいないんじゃ無いかな?」
兄は鍵を使わずに枷を外しながら言った。
…学園?何それ?
「あれ?学園は学園だよ。あぁ、そうか母上はなんで勉強させてるか言ってなかったんだね。来年からラシが行くとこだよ。あと、今僕が通ってるとこ。皆んなで勉学とか訓練とかをするんだ。楽しいところだよ」
(…つまり学校か。あまりいい思い出が……っいや、今俺は孤児じゃないし自慢できるものもある。大丈夫だ、大丈夫)
目の前で起きた怪奇現象に目もくれず彼は平静を保っていた。
その後、ランスは学園での出来事などを話した。どうやら今日、明日は帰宅日らしい。月に一度くらいのペースで家に帰る時間があるそうだ。かなりの違和感を感じたが質問する間をなくしてしまった。加えて、俺は学園に受験しなくてはいけないそうだ。他にもわかったことがある。
まず、ここは彼の知るどの国でも無いという事。何が何だかわからないが、月、いや衛星が二つあるということから地球でも無いのだろう。これは事実として受け止めなければならない。
次に、自分が貴族の次男であること。辺境の地の一部を治めているらしい。こんなところだから自覚は無くてもいい、というのはランスの談である。それに本家は長男であるランスが継ぐことになるので、特に考えなくてよさそうだ。
また、自分の性格が『ラシルト』に引っ張られていることも感じた。実際、兄と話していると嬉しい、というような感情が出てくるのだ。本当に何が起こっているのか分からない。元の体に戻る方法なんてわかるはずもなく、この現象についてはもう諦めた方が良さそうだ。
最後に、ランスが優秀すぎること。なんでも、すでに二回飛び級しており、本来学園の小、中、高のクラスの中クラス初等にあたる年齢で、高クラスの初等に入っているらしい。それなのに彼はいじめられていないらしい。むしろ信頼されているようだ。それはひとえに彼の人望か、貴族家という圧なのか。正直言って前者にしか思えない。
色々と話して最後にランスは、
「でもこの分だと後は『魔法』だけかな?まぁ明日には検査もあることだし、落ち着いていれば大丈夫だよ」
そう言って部屋を出た。この部屋はもともと俺の部屋らしい。
最後に気になることを言われたがもう今日は色々と疲れていた。いつの間にかすっかり茜色に染まった窓を見ながら、彼の瞳は閉じられた。
わかりづらかったらすいません。
学園は基本、3歳ごとにクラスが、1歳ごとに等科が上がる仕組みです。もちろん留年や飛び級にあたる制度もあります。割とあり得ることのようです。
また、この国に学園は2つです。王都に第1、辺境の中心に第2という感じです。ちなみに、ラシルトの家は辺境のまた辺境で、どこの国にも属さない森に隣しています。