ASPアンチエイジング
人間の考え出した観念。それにとらわれて不幸になる人間。
天才少女が謎の言葉を吐き出します。
彼女が教えてくれる最高の
アンチエイジング究極の方法とは?
「アンチエイジングの最高の方法を教えてあげるわ」
長い睫毛を二三度しばたきながら、「こういう風に考えればどうかしら」
と、エリは言った。
そう言ったきり黙って僕をじっと見ている。
エリの目の奥に妖精がいる。妖精は森の木陰から差し込む光のように瞳の中できらきらと不思議な輝きを放っていた。
「人間にとって時間なんてものはどこにも無いのよ。そう考えれば人はもっともっと自由になれるわ」
エリは沈黙のあとゆっくりと口を開いてそう言った。妖精は栗色の瞳の中から怪しげな光線を発している。それを僕の目にあてたままじっと捕らえて離さない。
「え?いったいそれってどういうことなの?」
僕はたじろぎながら少し両手を広げて首を傾げた。
「だからアンチエイジング。年を取るなんてこと人間が勝手に考えたことなのよね。だってもともと年なんてどこにもないし」
エリの言っていることの意味がわからない。エリはなおもじっと視線を僕の目にあてながら何かを確かめるように話し始める。
「時間なんて全部人間が創り出した空想だと思わない?年とかも日にちも、昨日っていうのも過去とか未来とか、年齢とか、百年、二百年前とかそんなの全部人間の考えたこと。ただの観念。アイデアに過ぎないのよ」
アイデア?なるほど。確かに。それは僕にも理解できる。遠い昔にどこかの哲学者かなんかが考えた時間という概念なんだろう。僕はなるほどね、と合いの手を打った。
「動物でも虫でも何でもこの世に生きてるものはすべて老化するのよね。そして死んでいく。それは宿命」
エリは毅然とした言い方でシュクメイと発音した。僕はまた頷かざるを得なかった。でも今エリの言った人間の考えたアイデアとやらとどう結びつくのだろう。僕はエリの言葉を待った。
「どこかの国に、イギリスだったかしら、こんな諺があるの。時が過ぎていくんじゃない。我々が過ぎて行くのだ、ってね」
わかる?というようにエリは僕の目を見つめた。
「生物学的な老化は存在するし人間はそれから逃れることはできないわ。でもそれに人間の造ったただの考えに過ぎない年齢というものをくっつけて一律に尺度化する。このことには賛成できないの」
エリは口を尖らせて不満そうに言った。
「だって個人差もあるじゃない。年を取るっていうのは年齢じゃなくて産まれた時から決められた老化という現象なんだから。発達から老化までの過程のことなのよね」
エリはそこでやっと僕のを見つめるのをやめて目の前のアイスクリームをぺろりと一口食べた。
エリはまだ十歳だ。小学4年生。
エリは僕の子どもだ。僕はエリを天才少女だと思っている。だが天才などというものは逆にどこか異常な面がある。親から見てもこの子は普通ではない。こんなことを言う小学四年生がどこにいるだろうか。こんな調子だからエリには友達はいなかった。小学校では無理なのだった。特別な学校に通い個人授業を受けていた。
産まれた時は普通の子どもだったが二歳を過ぎた頃から言うこと為すことただならぬ兆候を示し始めた。言語力と記憶力において周囲の者が驚くほどの発達をみせたのだ。例えば、どこで覚えたものか、おそらく大人達の会話やテレビから吸収したものだろうが、とうてい二歳の子どもが使うはずもない難しい言葉を駆使してこましゃくれた事を言ってみせた。発音はたどたどしいものの言っている内容が普通ではなかった。
「世の中には不思議なことがいっぱいあるよね。あたい、なんで?どうして?っていつも聞くでしょ。だって世の中は不思議なことだらけなんだもん」
身体的には普通の子だったがこいつの頭脳はちょっと普通の子とかけ離れ過ぎている。異常というより他はないと僕たちは思った。
本を読んでやるとそれはすぐに覚えてしまい次の本をねだる。文字もすぐに覚えてしまい文字を覚えるようになると自分で好きな本を選んで読む。2歳頃には小学校低学年ぐらいの本を読んでいた。
小学校へ入る学齢期に達するともうすでにほぼ中学校レベルの内容が理解できた。
「年齢なんて地球の回転と公転で人間が勝手に考えた物差しのことじゃん。何歳だからってそれがどうなのよ。犬だって猫だって野生の生き物だってそんなこと気にしてないわ」
吸い込まれるようなエリの澄んだ目。
「だから人間は年の事なんか考えないで生きるのが一番自然なのよ。何でも年のせいにしちゃ駄目」
ごろ寝をしながらテレビを見ている僕のそばに来てそんなことを言う。この頃年食ったせいか気力も体力も落ちたなと僕はさっきぼやいてたところだった。
「エリ、年のせいにするなったって実際体力が落ちてる感じがあるんだけどこれはどうやって解決するんだい?」
僕は皮肉っぽくエリに尋ねる。
「簡単なことよ。それも自然なことだと受け入れることよ」
さらりとエリはそう言う。なるほど。確かに。
「老化すれば皺とかシミとか顔にできるの当たり前じゃん。足腰弱ってくるのも当たり前でしょ。だからそういうのはすべて引き受ける。無理しないこと。アンチエイジングとかいってむやみやたら顔に手入れしてる人見ると何か無駄な抵抗してる。ってかそれってほとんど醜い抵抗なのよね」
「おいおい、かといって何のケアもしないでほったらかしにもできないだろ。白髪だらけの髪やひげを伸ばし放題するわけにもいかないじゃないか」
「まあね。でもそれは身だしなみ。お化粧とか髪の手入れとかおしゃれとか人間社会のマナーエチケット。ルール範囲のことは当然すればいい。私の言ってるのは美容整形とか巷にあふれてるアンチエイジング方法のことよ」
「ふむ。で、結局エリの考えたアンチエイジングの最高の方法というのは一体どういうものなんだい?」
僕はごろ寝をしていた自分の上体を起こしてエリの目をのぞき込んだ。
エリはよく聞いてくれたというふうに目を輝かせて自信たっぷりに答えた。
「答えは、自然に生きること。人間の考えた物差し尺度に捕らわれないで動物のように自然に生きることよ。そうすればストレスもたまらない。これが最高のアンチエイジング」
人差し指を僕の目の前に突き出しながら宣告するようにエリはもう一度言った。
「いい?人間の考えたこと、人間の考えた価値観や観念から自分の魂を解き放つこと。それがすべての今の答えよ」
どうやら僕はキツネにつままれたような顔をしているらしい。
笑いながらエリはまた言う。
「老いるというのもアンチエイジングっていうのも、そんなの全部人間の考えた固定観念だからね。老いることが嫌だと思うのも人間の価値観、固定観念。そんなことに例えば動物はまったく捕らわれてはいない。犬や猫はそんなこと考えもしていない。
わかるこの意味?彼らの方が人間より遙かに自然で賢い生き方をしてるのよ」
そう言うと呆けたような顔でエリを見つめる僕を残してエリは気まぐれ猫のようにさっさと向こうへ行ってしまうのだった。
完