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政略結婚というもの(小話)

身の回りの恋愛を書き散らす小話エッセイ第2弾。

 

 平日の午後も遅い時間。アフタヌーンティーが評判の都内のホテルで柚香はぼんやりと紅茶を飲んでいた。このホテルでアルバイトをしている彼氏との待ち合わせ時間は過ぎたが、どうせ今日も延長だろうと持ってきていた大学の課題の本に再び目を落とす。

 あ、見つけたと、かけられた明るい声に顔を上げれば、彼と同じバイト先で働くひとつ年上の坂本だった。目を引く華やかさはないが、整った顔立ちにカジュアルだが仕立ての良い服。ガサツなところのない仕草でごく自然に向かいの席に着く。


「柚香ちゃん、久しぶり。あいつね、主任につかまっちゃって残業させられてるんだ。あと30分くらいはかかりそうな感じだったよ」

「こんにちは坂本さん。そんなことだろうと思ってましたから大丈夫ですよ」


 読んでいた本を閉じてそう言った柚香ににっこり笑いかけると、顔見知りのウエイトレスに注文を頼む……待ち合わせの当人が来るまで一緒にいるつもりらしい。


「坂本さんも今日はバイトで?」

「そうそう。ちょっと二日酔いで延長はキツイからさっさと退散したけど」

「二日酔い……珍しいですね」


 自分の許容量をわきまえていて、普段の飲み会でも乱れることのない坂本が二日酔いとは、と意外そうにする柚香に坂本は眉毛を下げて情けない顔で泣きついた。


「だってさあ、聞いてよ。俺またお見合いさせられてっ。勘弁してくれよ、まだ二十歳だっていうの」

「また? この前のは無くなったって言ってなかったですか」

「あれはどうにか断ったんだけど、今回のはうちの母親が乗り気で。もうやだ」


 アルバイトなんてしているが、結構なお家柄の坂本は幼稚園から都内の有名私立に通ういわゆるいいとこの坊っちゃんだ。「彼氏のバイト仲間」という接点がなければ一般市民の柚香など一生関わることもない相手だったろう。

 気さくで人懐っこい坂本は友人知人の幅が広く、話題も豊富で話していて楽しい人物ではあった……女性の交際範囲も手広いので彼女にはなりたくないが。


「お母さんのおすすめなら、いいお嬢さんじゃないんですか」

「だってさあ、OLさんだよ。俺より六歳も上なの」

「あら」

「一回会っただけなのになんか向こうその気で、もう式場押さえる勢いだし。柚香ちゃん助けてっ」


 本当に泣きそうだ。


「それで自棄酒?」

「うん……手嶋に付き合ってもらった。ちくしょう、あいつはいいよな、婚約者あいてが歳下の幼馴染でさ」


 手嶋というのは坂本の友人で、まあ、似たような環境に育ったお坊ちゃんだ。こっちはたまに顔を合わせるくらいでよくは知らないが、歳の割に落ち着いた雰囲気だったように思う。やっぱり同じ理由で彼女にはなりたくないが。


「綺麗な人なんじゃないんですか?」

「ああ、お金のかかってそうな綺麗さね。それに六歳も上でさ、俺なんかバリバリ学生じゃん。 話、合わないよ」

「まあ、そうでしょうね」

「向こうは向こうでオジさんとばっかり見合いさせられてたみたいで、俺が若いから喜んじゃって……だからさ柚香ちゃん、合コンしない? 女子大の子紹介してよ」


 予想されていた話だったので、柚香は紅茶のカップを静かに置いてにこりと笑った。


ですよ。坂本さん、可愛い子に節操ないですもん」

「ええ、そんなぁ。結婚の自由のない俺に、恋愛の自由をちょうだいよ〜」

「別なところでどうぞ」

「柚香ちゃんシビアっ、でもそこがいいっ」


 お待たせしました、とウエイトレスがコーヒーを持ってきた。ことりと目の前に置かれた品に柚香は目を丸くする。目の前でバーナーで炙りキャラメリゼを作って供されるそれに驚く柚香に、坂本は満足そうに目を細める。


「俺の奢り。ここのクリームブリュレ絶品だから食べてみて」

「……いただきます」


 合コンを断られたのに気を悪くするでもなく、にこやかにホテルスイーツを振る舞う坂本に、そういうところが気に入られちゃうんじゃないかな、と柚香は内心でため息をついた。



 **



 とりあえず卒業までは独身を守りました。いい人ではあるんですけどね、まあ、ああいう人たちも大変だなぁと。なんだか困った弟を見ている気分にさせられる人なので、心の広いお姉さまの手のひらでころころ、がきっとお互いに幸せな道。

 クリームブリュレは美味しゅうございました。


思い出したもので、つい。

次から普通のエッセイに戻ります。

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