恋愛的外堀の埋め方(小話)
小話エッセイ……エッセイ? うん、きっと。
もうすぐお昼休み。祝日明けの店内は人もまばらで、忙しいからキャンセルという言い訳も使えそうにない。いい加減言わないと、と美希は肩上のボブストレートのツヤのある黒髪を耳にかけながら、ボールペン片手に発注伝票を眺めている売り場チーフの真由子に諦めた口調で話しかけた。
「先輩、今日のお昼なんですけど、社食じゃなくて外に行ってきていいですか?」
「うん? 午後イチの来店予約とかないんでしょう、 今日はお客さんも落ち着いているし大丈夫だよ。なに、お友達とランチならゆっくりしてきていいよ」
「お友達だったらいいんですけどね……」
ちらちらと斜め前のエレベーターの方を見ながら話す美希は乗り気でないようだ。ふと真由子は前回のシフト休みに、美希がどこぞの合コンに行くと言っていたことを思い出した。そのことを言えば美希は泣きそうな顔ですがりついてくる。やはりその合コンで会った人に食事に誘われたという。
「なんだか気に入られちゃったみたいで。合コンの帰りにわざわざ家まで送るし。すっごいもう、メールとか、電話とか」
「へえ」
美希は社会人二年生になったばかり。色白で線が細く、その髪型と相まってぱっと見はお嬢様タイプだが中身はそんなことはない。実はUKロックをこよなく愛するあまり、恋愛には興味が向かないという私生活重視タイプだ。ちなみにご両親、大学生の弟との実家暮らし。そんなご実家に合コン当日に送って行って挨拶までしたか。そうか、既にお母さんに気に入られたか。
「私は人数合わせで行っただけで別に今、彼氏欲しくないし。お金貯めたら仕事辞めて留学もしたいし」
「うん」
「食事食事ってうるさいから、夜は勘弁! って思って、無理だろうとお昼ならって言ったら、本当に来るって言うし」
「……あのひと?」
真由子が視線を感じて目を向けると、エレベーターホールからスーツ姿の男性がこちらに向かって迷いなく歩いてくるところだった。腕にしがみつく格好だった美希が小さく息を飲むのが聞こえた。
三十代半ば。中肉中背。割とイケメンの部類。仕事用の鞄を下げているところから業務中の昼休憩、営業か現場持ち。履き慣れて、手入れの行き届いた革靴は好印象。近寄ってくると、なかなかいいスーツを着ていると分かる……吊るしじゃないだろう。ネクタイの結びも綺麗だ。
彼は、美希だけを見て顔を綻ばせた。
「……正面玄関で待っていてくださいと言ったのに」
「少し早めに着いてしまいましたので、すみません。美希さんのお勤め先も見てみたかったですし」
軽く溜息をついて腕時計を眺めると、美希は私物を取ってくると奥に引っ込んだ。上司と二人残された格好になった男性は、真由子のネームプレートを確認すると人に慣れた様子で話しかける。
「チーフの東城さんですね。はじめまして、佐藤と申します。今日は中野さんを店外に連れ出してしまいまして」
「はあ、今日は落ち着いていますから大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。今後もまたあると思いますので。ああ、そうだ、よろしければ今度、東城さんもご一緒に夕食でも。友人が勤める店なのですが、若い女性に人気で」
「ちょ、チーフは忙しいんです、勝手に決めないでください」
戻った美希に遮られても気を悪くする様子もなく、にこやかにそうですか、残念ですなどと言う。
それじゃあ、行ってきますと言った背中が小さく見えたのは気のせいでないだろう。手を繋ぐでもなく、腕を組むでもないのにやたらホールドされてる感が漂う美希を真由子は見送った。
約一時間後。食べた割にはお疲れモードの美希をしっかり送り届けてきた彼は、美希がまた奥に行った隙に発した真由子の言葉に迷いなく笑顔で言い切った。
「……引き継ぎの期間は考慮していただけると助かります」
「もちろんです。ひと月あれば?」
……美希ちゃん詰んだな。
この後は隔週の職場来訪ランチ(たまに美希ちゃんのお母さんも同席)、週末ディナー、お土産という名のプレゼント攻撃、いつの間にかお父さま攻略済み、親戚のおばさまの付き添いという名の海外旅行と、順調に埋められて行ったのでありました。
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小説の方、ここ最近は恋愛のお話を書きました。小説なんかでよく見かける『外堀を埋め』てヒロインを手に入れる男性って、リアルにいらっしゃるんですよね。で、まあ、久しぶりに会ってそんな話になったので、小話仕立てにしてみました。
私の知る範囲での勝率は7割5分、チャレンジいかがでしょうか。
あ、当然ながらお相手は私じゃありませんよ、念のため。




