道案内の縁
知らない方からよく声をかけられます。道を尋ねられたり、機械の操作を聞かれたり、スーパーでは手にした野菜の相談をされたりお得情報を教えていただいたり……話しかけやすそうな顔をしているのでしょう。観光地では必ずカメラのシャッターを頼まれます。突然の雨に困っている時、傘に入れて頂いたことも何度もあります。皆さん親切でありがたいです。
一期一会と言いますが、特に忘れられない出会いのひとつにこんなことがありました。
もう、何年前でしょうか。春、桜が咲き始めた頃。当時都内に住んでいた私は、万世橋を渡って、神田神保町方面へ行く散歩の途中でした。神保町でカレーを食べようと思ったのか、コーヒーを飲もうと思ったのか記憶は定かでございません。せっかくの神保町なのに本屋という選択肢が出てこないところに私の何かが透けて見えます。
連れとともにお喋りをしながら、ポテポテとのんびり楽しんでおりました。ああ、あそこでも咲いてるね、あの店のコーヒーが、いや、あっちの店は音楽が。そんなことを話していましたら突然呼び止められました。
前後のカゴに荷物を積んだ、いわゆるママチャリに乗った60代くらいのおばさまでした。御茶ノ水駅までの道を教えて欲しいと言います。照れくさそうに笑いながら、これからお友達と花見に行くのに久しぶりで迷子になってしまったと。
ちょっと入り組んだ道にいましたので、都内の地理に明るい連れが案内して、分かりやすいところまでと少しの間方向を変えてご一緒しました。聞けば上野の方からいらしたそうで。上野から御茶ノ水、自転車で行けるのですね。山の手の駅は距離が近いのを実感しました……バス感覚なんだなあと。
お別れの時、甘いものは好きかと問われ頷きました。すると、お花見用にこれを今朝買ってきたのよ、よかったら差し上げるわ。たくさん買ったから、とそう言って遠慮する私たちの手にずしりと重たい紙箱を持たせました。
ただ道を教えただけなのにそんな訳にはと思いましたが、おばさまがとても楽しそうに渡すのでつい、受け取ってしまいました。紙箱の中身はどうやら和菓子のようでした。
なんだかかえって悪かったねと言いながら、帰宅した私たちがお茶を用意して、いただいた箱を開けると中から出てきたのはまるで漫画に出てくるような、それは立派な『どら焼き』。
ふっくらと大きくて重くて、横から見ると笑っているように見える。あの猫型ロボットが大好きなどら焼きのモデルは池袋のお店だそうですが、こっちの方がそれっぽい。
うわあうわあと大はしゃぎしながら個包装をとけば、しっとりとした皮が指に吸い付くようです。甘すぎず豆の香りのする小豆は柔らかくて皮はさっくりと歯切れよく、なんというバランス。思わず、どら焼きと同じにんまりとした笑顔になってしまいます。うまい、うますぎるとまるで埼玉銘菓のキャッチコピーのような感想をもらしながらありがたく頂戴したのでした。
食べ終わって落ち着いてから書いてあった店名を確認すると、上野は上野でも御徒町のお店でした。そしてそれ以来、我が家で「笑ってるどら焼き」と言えばこちらのものとなったのです。
そちらのお店、どら焼きのほか最中が有名だそうですが、私は最中はまだ食べたことがありません。日持ちしないのでどら焼きのほかは一種類だけ、と決めているのですが、つい可愛らしさに負けて店名にもなっている『うさぎまんじゅう』を頼んでしまうので……。
暖簾が出ていなければお店と分からないような店構えも気に入っています。あの日のおばさま、ありがとう。美味しい出会いに感謝します。
今は距離が少し離れてしまって前ほど気楽には行けなくなりました。次に行けるのは、これまた涼しくなってからでしょうか。秋が待ち遠しいです。
話しかけられることの多い人の特徴に「美形でない」という項目があるそうで……うん。聞かなかったことにしておきましょう。




