漆器
食べることも好きですが、食べ物を乗せる器も好きです。器好きにもいろいろありますが、私は漆器が特に好きです。
経済的に全く余裕がない家庭で育ちましたが、なぜか味噌汁椀と箸だけは塗り物でした。母の実家の近くは塗り物の産地でしたから、多分、母の中で椀と箸はこういうもの、という意識があったのでしょう。家ではプラスチックのそれらを目にしたことがありません。
幸いにも漆でかぶれる人が家族にいないので、やはり私も味噌汁椀や箸は必ず塗り物にしています。あとはスプーン(匙、と言った方が雰囲気が出ますかね)どんぶり、大皿など。
持っていらっしゃらなくて興味のある方にお勧めするのは、スプーンです。まずはカレーやスープに使える大きめのを一本。何がいいって、熱くないんですよ。特にスープ、コーンスープもミネストローネも中身は大抵熱いです。金属のスプーンはその熱をしっかりと唇に伝えてくれますが、漆の匙はその点、熱を伝えにくい。なので食べやすいのです。
あと、大きいスプーンは重さも結構あるので意外に手が疲れるものです。軽く、熱をもたないということで特にご年配の方は好まれることが多いそう。自宅介護をしていた方から、食事のスプーンを塗り物に変えたら喜ばれて、食事量が戻ったと仰っていたのを聞いたことがあります。
塗りがしっかりしたものは口当たりも優しく、小さい子が噛んでしまっても歯を痛めることもありません。食べ物って不思議ですね、使うカトラリーで味が変わります。比べてみるのも楽しいです。
熱くないということでは、どんぶりもお勧め。ラーメンやお蕎麦、なみなみと注がれたスープに火傷しそうになりながら、どんぶりのふちギリギリになんとか指をかけて運んだことは誰でも一度はあるでしょう。
塗り椀ですとね…熱くない。椀の丸みにぴったり手をくっつけてしっかりと持てます。結構、感動します。
金箔などで模様のついているものも多いですが、無地の方が好みです。単色でも味噌汁椀でしたら上のふちに布を着せたものなどがいいアクセントになります。朱、溜、黒、拭き漆、どの色も好きです。使ううちにツヤが出て変わっていくのも愛着がわきます。
そういえば以前何かで見たのですが、味噌汁椀って、値段と使用期間が比例するとのこと。曰く、一年=千円。千円の椀は一年後には古さを感じるようになり、一万円の椀はそれが十年持つと。本当かどうかわかりませんが、言いたいことはなんとなく伝わります。
一年ごとにその時の好みに合わせて新しく変えていくのもいいでしょうし、ひとつをずっと使うのもいい。それはその人のスタイルでしょうね。
百均でも食器はたくさんありますし、そもそも椀ひとつに千円だって高すぎると思う方もいるでしょう。用途は同じですし。ですから、趣味と好みです。私はブランドのバッグと漆器が並んでいたらうつわを取るようなひとです。でも、私の椀は一万円なんてしませんでしたが十年近くまだまだ現役です。お値段は良識あるお店でしたら不安はないと思います。
漆器を取り巻く環境はあまり良くありません。漆作家さんはたくさんいますが、その方達に渡る前の、器そのものを作る人、材を用意する人、何より漆かきをする人がとても少ない。これは他の工芸でも言えるのですが、目に見える最終工程は人気があるけれど、元となる仕事を支える部分は日が当たりにくく興味を惹かれない。織物をする人はいても羊の世話をする人は少ないのと同じでしょう。
それに、木材も取れないそうです。大きい樹に乏しく、集成材ではなく一本の木をくりぬいて作るようなものは小さいものしか作れない、もしくはとんでもなく高価になってしまう。残念ですね。
せっかく漆器を手にするのなら、プラスチックに塗装したなんちゃってではなく、下材から木でできたものを是非。ちゃんとした方のところなら痛んだ時のリペアも快く受けてくださいます、というか新しいものを買うより塗り直しを勧めてくるはずです。
食洗機には入れられませんが、私は普通に洗剤をつけてスポンジの柔らかい面で洗っています。特に過敏な取り扱いはしません。やっぱり、結局は道具ですから使ってこそ。
しまい込んでる漆器がありましたら、一度取り出してみてはいかかでしょうか。案外気にいるかもしれません。
椿皿が、欲しいなあ……羊羹乗せたい。ああ、羊羹とコーヒーってとても合いますよね。至福のひと時です。




