台所の音楽
子どもの頃、母は台所にラジオを置いていました。料理や片付けをしながら聞くのです。そんなだからでしょうか、私も台所に音楽が欲しいタイプです。最近はウォークマンと、それをセットする小さいスピーカーをオーブンの前に置いています。本体の充電を使うのでコンセントも電池も必要ないのが面倒がなくていいですね。音質はそれなりですが、私は「聴ければ良し」なので問題ありません。
そういえば昔、ご立派なシステムキッチン(確かポーゲンポール)にこれまたハイクラスなオーディオシステム(たぶんリンオーディオ)を組み込んだプランが新宿アクタスだったか、ヤマギワリビナかどこかで展示されてましたっけ。
今、秋葉原行ってもリビナないんですよね……寂しいなぁ。階上のショウルームが楽しかったです。あそこは店員の接客技術も高かった、うん。それで帰りに近くのとんかつ屋に寄るのが恒例で……っと、閑話休題。
音楽というものの楽しみ方については、個人差もありますが性差も大きいようです。『いい音楽を聴く』という時、男性は「自宅でハイエンドオーディオ」、女性は「現地(要は海外の由緒正しいコンサートホール)でプロの生演奏」を思う人が多いと聞きました。
極限までリアルに近付けたものを手元で何度も再現したいのか、確かな本物にたった一度だけ包まれたいのか……面白いですね。
それはさておき。食洗機の無い我が家では、特に洗い物をするときに音楽が欲しい。ほら、クリエイティブな活動には邪魔になることもあるでしょうけれど、単純作業には労働歌が必要なのですよ。古来、刺繍だってキルトだって、お喋りをしながらの方がはかどることになっているのです。ああ、もやしのヒゲと根を取るときなんかも。
ウォークマンに入っている音楽をぐるぐると全曲リピートで流します。古いジャズやスタンダードが多いですが、曲が好きなだけで周辺に対する知識欲は持ち合わせていないので詳しくない残念なリスナーです。
今、日本の歌手で入っているのは平井堅のカバーアルバム。古時計を聴きたいわけではなくて、中島みゆきの『わかれうた』を草野マサムネとデュオで歌ってるのを偶然耳にして。懐かしくてびっくりして思わず手に入れました。
私は周囲の影響もあって音楽や本が年齢不相応な子どもでした。小学校低学年から、古めフォークソング好きのひとの隣で中島みゆきを、それも初期の頃のアルバムばかりをたくさん聴いて(聴かされて?)いました。鼻歌が「海鳴り」とか「アザミ嬢のララバイ」とかの小学生、なかなかにシュールです。一度くらいジャニーズとかの王道アイドルにキャッキャしてみたかった気も……しないか。まあ、いいか、うん。
ちなみに自分で初めて買ったCDはライザ・ミネリでした。何故そうなった。せめてベッド・ミドラーじゃないか。2枚目は何だったか、確か、グレンミラー? 私はどうしたかったんでしょうね、さすがに演歌やムード歌謡で育てられなくてよかったとは思います。
さて平井堅、いや、お上手。女性の歌を男性が歌うのがいいですね。それにこの二人の声がまた。知る限り、他にこの二人が一緒に歌っているのが無いのが残念です。同じアルバムだと美空ひばりの音源に合わせた『Stardust』も乙です。ひばりさんは歌謡曲よりジャズが似合うと思います。
コンサートでの生演奏がCDより魅力的な方の演奏はとてもわくわくします。UAとか、クラシックだとフジコ・ヘミングとかそうでした。平井堅もライブDVDなんか聴くと行ってみたくなりますね。
そして、自分の中で台所に欠かせない歌が一曲。誰が歌っていても、何なら歌なしの演奏だけでもいいのですが『ケ・セラ・セラ』
ドリス・デイが映画で歌ったこの曲は今でもCMに使われたりと、とても人気があります。
母は、歌が下手でした。自分でも分かっていて、普段何かを歌うことはありません。でも、これだけはよく歌ったのです。野菜を切りながら、味噌汁に味をしながら、ハミングで。映画の趣味もなく洋楽を聴くような人でもないのに。
小さい頃はただ、その口ずさむメロディだけを聞くとはなしに耳にしていましたが、大きくなって歌詞を知り、その頃の面倒を抱えていた家の状況を振り返って……笑ってしまいました、お約束すぎて。
今は私が、思うことがあると自然と口をついて出てきます。歌は、音楽は、いいですね。
音楽や香りは記憶を刺激していろいろなことを思い出させます。楽しかったことも、そうでなかったことも、歌とともに皿を洗い終わるとまたスッキリして明日に向かえるかな、と思ったりします。
『Que Sera, Sera(なるように、なる)』ほんと、その通り。
ついでに『Don't Worry Be Happy』




