【1話おでんの日】
「お父ちゃんね、みんなの事が大事なんだよ」
夕食時、グラスのビールを片手にほろ酔い気分の寛治は優しく家族に語りかけた。
「みんなが元気でいてくれるからお父ちゃんはがんばれるんだ。みんなが一緒にこうしている事が幸せなんだよ」
寛治は家族一人一人の目を見ながら続けた。
今日は語りたい気分なのであろう。
普段はあまり言わないことをお酒の力を借りて言ってるようであった。
「例えばさ、このおでんを御覧よ。ほっぺがぷにぷにしたかの子は玉子、石頭の慎太郎はじゃがいも、母ちゃんはみんなを優しく包むお出しだね」
一つの鍋で所狭しと重なり合うおでんを、狭い家で暖かく暮らす家族に例えた。
「じゃあ、おひげがじょりじょりしたお父ちゃんはゴボウだね」
「あははは」
末っ子の慎太郎がそう言うとみんなが笑った。
「でもさ、おでんにゴボウは入ってないから、お父ちゃんだけきんぴらだね」
「ほんとだ、あははは」
長女のかの子が言うとまたみんなが笑った。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、きんぴらはお出しに包まれてないじゃないかっ!」
寛治が慌てて言った。
半べそ状態である。
「じゃあ大根にしてあげようか?」
「ううっ、いいの?ありがとう」
かの子が言うと寛治は施しを受けるような上目遣いで言った。
自分は中身がいっぱい詰まってるがんもだと言うとこまで用意をしていたが、今日のところは大根で我慢する寛治であった。
どこからか聞こえてくる鈴虫の声が涼しげに響き渡る。
町中の家族を温かく見守るように、満月が空一面を優しく照らしていた。