第四話「炸裂する」
~1941年、マーシャ10歳~
マーシャ「お母さん、お父さんはどこ?」
当時10歳のマーシャは、父親の姿が見えないので心配していた。
母「お父さんはね…遠い所へお仕事に行ったの」
マーシャ「何のお仕事?」
母「…」
母親はしばらく下を向いて考え、こう答えた。
母「“鉄”や“鉛”を使うお仕事よ」
マーシャ「へー」
当時のマーシャは、それが戦争のことだということを察せられるほど賢くなかった。
それから数ヶ月もしないうちに、後に独ソ戦と呼ばれる惨劇が始まったのだった。
~数ヶ月後~
母親が、玄関ですすり泣いているのが見えた。
戸に立っているのは、サングラスをかけた、体格の良い見知らぬ軍人だ。
マーシャは、台所のすみからその様子を眺めていた。
軍人「…東部の……にて…になりました…」
母「そんな……が…」
会話は断片しか聞き取れなかったが、それが父親の訃報であると、マーシャにはわかった。
それと同時に、父の「お仕事」というのが「戦争」だったということもこの時知った。
マーシャは、部屋に戻ってひっそりと泣いた。
~1942年、マーシャ11歳~
母「マーシャ、お母さんは森に出かけるから、きちんとお留守番してるのよ?」
マーシャ「うん。いってらっしゃい」
母親が森へ出掛けていった。
マーシャの家がある村の東には、大きめの森がある。
森も大きいが、それを構成する木々自体も大きい。
母はそこで花をスケッチするのが好きだ。
スケッチすることだけでなく、花そのものも好きだ。
花についても詳しい。家の本棚には花に関する書籍が山積みである。
だからマーシャも花についてはそこそこ詳しい。
昔からそうだった。
しかし、マーシャにはどうにも、父が亡くなってから母が森へ行く回数が増えたような気がして仕方がない。
猛烈な炸裂音が聞こえたのは、母が家を出てから小一時間後の事だった。
マーシャ「!?」
突然の事に驚き、急いで戸を開け、外に飛び出した。
マーシャは全く気にも止めなかったが、他の家々からも何事かと人が出てきて辺りを見渡していた。
マーシャ「あ…」
マーシャは東を見て、森の状態に気付いた。
燃えている。
赤々とした煉獄の炎が、巨大な森をすっぽりと覆い尽くしていた。
あまりに巨大な炎なので、マーシャはこの炎がすぐ近くで燃えているものと錯覚しそうになる。
母『お母さんは森に出かけるから、きちんとお留守番してるのよ?』
それと同時にとても言葉には表せない悪寒が、マーシャの背筋を支配した。
足が震えるのがはっきりとわかった。
そうだ。
あの森には、お母さんがいる。
マーシャ「お母さん!!!」
気が付くが速いか、マーシャは森へ駆け出した。
***
マーシャ「お母さん!お母さん!」
叫びながら、森に着いた。
火は、だいぶ収まってきている。
入り口付近には、何人か軍人が立ってなにやら話し合っていた。
マーシャが、未だ熱気を放つ煉獄の森へ入ろうとすると、それに気付いた軍人があわててマーシャの肩をおさえて止めた。
軍人「こ、こら君!この森は危険だ!すぐに戻りなさい!」
マーシャ「離して!お母さんが、お母さんが!!!」
必死でその手を振りほどこうとするが、11歳の少女の力が屈強な軍人にかなうはずもなく、近くに停めてあった車の車体に押さえつけられてしまった。
その時、森から一人の軍人が出てきた。
収まってきているとは言え、まだ火の手は上がっているところもあるためか、軍人の顔には煤がついていて黒く汚れている。
森から出てきた軍人は、先ほど森の入り口に集まっていた軍人の前まで走ってくると敬礼をして、こう言った。
軍人「報告します!ここから南東の方角にドイツ軍のヘリを目撃したとの情報があるため、先ほどの爆撃は、ドイツ軍の奇襲と推定されます!」
軍人「そうか…」
軍人「更に、森の中にて、一人の焼死体を発見しました。女性のものと思われます」
マーシャ「………っ…!」
マーシャの中で、何かが音を立てて弾けた。
マーシャ「お母…さん…」
マーシャは力が抜けたようにその場に座り込んだ。