第二話「選択肢」
少年はコスタヤと名乗った。
マーシャ「…名前は普通なのね」
コスタヤ「失礼しちゃうなあ。僕だって君みたいに普通の人間として生きていたころがあるんだから」
マーシャ「…」
まず何を話してもらおうかマーシャは悩んだ。
聞きたいことは山ほどある。
それを考えるために足元を見ると、ちょうど自分とコスタヤの足が見えたので、こう問うた。
マーシャ「私もあなたも死んでるのに、なんで私には足があってあなたには無いの?」
コスタヤ「君はまだ、ここに来て一日目だよね?」
質問に質問で返すな、と突っ込みたかったが、口を閉じておいた。
マーシャ「うん」
コスタヤ「ここに来て一日目の人は皆そうだよ」
マーシャ「じゃあ、私もいつかあなたみたいになるの?」
コスタヤ「それは、人による」
マーシャ「?」
よっこらせ、とコスタヤは切り株に腰を下ろした。
地に足をつけて歩いていたわけでもあるまいに、疲れるものなのかと問いたかったがまた口を閉じておいた。
コスタヤ「ここへ来た人…あ、以後“死者”って呼ぶね。死者は、まず選択肢を与えられるんだ」
マーシャ「選択肢?」
コスタヤ「ここで死者として暮らすか、現世に還るか」
マーシャ「!」
現世に生きて還る。
マーシャの心底に松明が灯った。
マーシャ「現世に…還れるの?」
コスタヤ「ああ。茨の道になるけどね」
マーシャ「…」
コスタヤの表情は何とも表現しがたい。
笑っているようにも見えるが何かに興奮しているようにも見える。
どっちにしても、なんだか現状をさほど深刻には思っていないようだ。
コスタヤ「で、現世に還る事を選んだ場合、更にもう一回選択肢を与えられる」
マーシャ「もう一回…?」
コスタヤ「何だと思う?」
知るか。
焦らさないで早く教えてほしい。
マーシャの表情が少し険しくなったのを悟ったのか、コスタヤは「わーったわーった悪かったよ」と言った表情をし、開口。
コスタヤ「生きて還るか…死んだまま還るか」
マーシャ「はっ?」
思わず声に出して聞き返した。
死んだまま還る?
何を言ってるのかよくわからない。
マーシャ「それ…後者を選んで何のメリットがあるのよ」
コスタヤ「まーま。その前に話しておくべきことがある」
コスタヤは「まーま」と言って手を前後に動かした。
どうでもいいが、マーシャはこの動作を自分にやられるのが不快だ。
なんだか自分を見下されているというか、幼稚に見られている気がしてならないからだ。
コスタヤ「生きて還ることを選んだ場合…」
マーシャ「…」
沈黙。
コスタヤ「いや、やっぱやめた」
マーシャ「」
マーシャは拍子抜けして切り株から転げ落ちかけた。
マーシャ「ちょ、ちょっと、あそこまで振っといてそれは無いでしょ!?」
コスタヤ「ごめんごめん。先に死んだまま還る方を説明した方が良かった」
咳払い。
コスタヤ「えっと、まず死んだまま還る方を選んだ場合…最初はこんな風に幽霊っぽい見た目になる」
マーシャは改めてコスタヤの全身を見た。
先ほどまでは足だけに注目していたが、よくよく見ると彼は全身半透明だ。
これが幽霊というやつなんだろう。
コスタヤ「で、次。これは死んだまま還る方を選んだ人の特権なんだけど」パチン
コスタヤは、そう言って指を鳴らした。
すると…
マーシャ「!」
周囲に生い茂っていた木々たちが、一斉に動き出した。
気味の悪い光景に、口からは感想はおろか悲鳴すら出てこない。
木「気味の悪いとは失敬だなあ」
マーシャ「きゃああああああ!?」
今度は悲鳴が出た。
流石に叫ばずにはいられない。
木が喋った。しかも、自分の心を読んでいた。
マーシャ「な、何よ…木が…」
コスタヤ「もしもーし。聞こえてますか~」
マーシャ「え…?」
コスタヤ「あ、聞こえたか。良かった良かった」
どうやら、コスタヤはさっきからずっと自分の名を呼んでいたらしい。
コスタヤ「これが、死んだまま還る事を選んだ人の特権さ。魔法みたいだろ?」
マーシャ「…」
コスタヤ「こんな風にね、魔法みたいな力を得ることが出来るんだ。あ、力の詳細を指定することは出来なくて、完全にランダムなんだけどね」
マーシャ「…」
コスタヤ「僕の力は植物を操る事だ。結構楽しいよ~。さっきみたいに動かすくらいは訳ないし、慣れてくると今みたいに会話したり、触れるだけで心を読んだりも出来る」
マーシャ「で、どうやって還るの…?」
コスタヤ「おっとごめん。気になるのはそこだよね。それを説明するには次に生きて還る方を説明しないといけないんだ」
マーシャの耳にはコスタヤの話は半分くらいしか届いていなかった。
何故なら、マーシャの座っている切り株が、切り口をうねらせて「ウヘウヘウヘ」と情けない笑い声を終始あげ続けていたからだ。
マーシャ「(変態って怖いわ…)」