Face Up
ブーン
ケータイののバイブで目を覚ました。
時計を見ると8時過ぎ。起こされたと文句言えるような時間じゃない。
昨日、チアの新体制が発足、私が責任者に選ばれた。
いつもはお酒が飲めないからと途中で帰る飲み会も、
昨日は二次会までしっかり付き合った。
就任祝いだとみんなに言われて、帰るに帰れなかったのだ。
そのせいか、ダルくて眠くてたまらない。
ケータイには母さんからメールが届いていた。
件名:緊急事態
週刊誌に記事が出た。
念のため隆文のとこ行ってな
添付された写真は今日発売の週刊誌だった。
旦那様からも「いつでもウチにおいで」とメールが来た。
よく分かんないけど、その雑誌買ってみるか。
着替えてコンビニへ。見れば「早稲田チアに醜聞」と大きな見出し。
記事を見て体が震えた。
3歳ぐらいの小さな女の子が裸で写った写真が載っていた。
「養父、義兄にも体を許す?」なんて見出しもある。
H.Sとイニシャルにしてあっても、それが私であることはすぐに分かる。
昔の話が出てきたか...自分はすっかり忘れていたのに。
気が動転したが、落ち着い落ち着けとベッドに寝転がって考えてみる。
まず一番大事なことから整理しよう。旦那様には影響がない。
智美母さんも大丈夫。既に話してあることだ。
真理恵には話したことはなかったが嫌われはしないだろう。
これで嫌われるような奴は友達じゃないから関係ないと。
大学だって問題にはしないだろう。そうなると...
「チアか。チアは問題だな。」
自分は関係ないと思っても騒ぎたがる人はいるだろう。
今回の記事だって私がチアをやってなければ書かれなかったはずだ。
自分のことで迷惑を掛けたくなかった。
前任の洋子先輩に連絡して、先輩から応援部に話をしてもらい、
自分は退部届を出すことにした。
マンションを出るとき警戒したがマスコミなんて来ていない。
学校に無事到着。午前中ということもあり、部室には誰もいなかった。
退部届けと今後の体制案、それに週刊誌の記事のコピーを置いてきた。
総務担当の靖子には退部届を置いたことを連絡した。
これでお終い。アッサリしたものだ。この部室ともこれでお別れかと
思うと寂しかった。なんだか気が抜けて高田馬場まで歩き、
気晴らしのつもりで井の頭公園を回った。
でも一人じゃ間が持たなくて、すぐに帰ってきた。
家に帰ってベッドの上にひっくり返る。
こらからどうしようと考えているうちに眠ってしまった。
「涼音!」と呼ばれて目が覚めた
目の前に心配そうな真理恵がいた。
「はいはい、私も入れさせて。」
シングルベッドなのにに無理やり横に入ってきた。
そして「ハグさせて」と抱きつかれた。
「よしよし、大変だったね。苦労したんだね。
全然話してくれないんだもん。知らなかったよ。」
「ありがとう。隠しててごめんね。」
「なんもなんも。涼音、チア本当にやめるの?」
「うん、迷惑掛けたくないし。」
「私もチアやめるよ。退部届けも出してきた。」
私は真理恵の柔らかな腕の中で眠くなってきた。
「今度は『早稲田のマリリン、噂の真相』ってなことになるで。」
「昼間から二人で何してるの?」
千尋と優の声だ。
「あんた達こそ、何してんの?次の責任者、千尋に頼んだじゃない。」
まだ眠くて起きられない。横になったまま声を掛けた。
「忘年会三年連続優勝にはリンちゃんいないとあかんのやぁ。」
「私もリンちゃんのクネクネ見たくて学校来てるようなもんだし。」
二人でトボケたことを言い出した。
「あなた達いなかったら、他の子達が困るでしょ。」
私の言葉に意外な声で反論があった。
「それだったら心配ないよ。もうほぼ全員、退部届け出してる。」
「その声は靖子?なんであんたまで。」
「何人か出てない子もいるけど、今日学校休んでる子がばかり。
マリーのはリンちゃんの退部届けにポストイットで
『私も』って書いただけだから認めてないけどね。」
「えーいいじゃん、いいじゃん。退部の意志は分かるじゃない。」
靖子は真理恵の言葉を無視した。
「みんな、リンちゃんが辞めるんならっていう条件付きだよ。
どうするリンちゃん、辞めるんなら早稲田のチアがなくなるよ?
みんなこっちに向かってる。全員であんたを説得するつもりだよ。」
私は何も答えられなかった。
千尋が割って入ってきた「愛里翠に伝えたら面白い返事がきたで。ほら。」
スマホを突き出した。画面は2歳ぐらいの女の子の水着姿、そして
会った痴漢や変態なんて数えられへん。
子供ん時の恥ずかしい写真が出たからって、
変態に何かされたからって、
チアやめようなんて考えたことあらへん。
早稲田の人の考えることはほんまよう分からんわ。
#faceup_bluerose
「この#faceup_blueroseっていうハッシュタグで中澤姉妹の
幼稚園時代の水着姿も見れるんやで。
慶応だけやない。明治も法政も立教も、東大まで動き始めてる。
早く辞めるのやめたって言わないと、六大学のチア全員の子供の時の
写真集、作ることになるで。」
優と真理恵は、他のつぶやきを見ていた。
「野球部の渡辺は生まれたときの裸の写真、載せたって。」
「こっち、『高校の時、小太りな男の子が好きだって痴漢されました。
でもアメフトやめません』だってぇ。」
「早くしないと恥ずかしい話だらけでTwitterが埋まっちゃうよ。」
「なぁ、リンちゃん。」千尋が真剣な顔だ。
「あんたの悪い癖やで。なんでも一人で解決しようとする。
一人でしょいこまんと、もっとみんなに頼りぃな。
みんな、あんたの仲間なんやで。みんな、あんたを応援してるんやで。
一人で辞めようなんて冷たすぎるやん。考え直してぇな。」
涙が溢れた。
「分かりました。辞めません。もう何があっても辞めたりしません。
退部届けは撤回します。ちゃんと問題に向き合います。ごめんね。
洋子先輩には私から連絡する。千尋は愛里翠や他の人に辞めないって
伝えてもらえる。」
「あぁええよ。でもリンちゃんが頭下げてる写真撮らせてくれるか。
みんなにゴメンナって言わんとアカンからな。」
私は言われるがままに立ち上がり、頭を下げた。
千尋は「頭、もっと下げて」だの「少し右向いて」と
細かく注文した末、やっと撮った写真を送ってくれた。
「メンバーも揃うし今日も宴会だね。」と優が言うと。
「愛里翠と中澤さん、こっちに来らしいで。」と千尋。
「えー、そんな大人数入れるような店、西荻にあるかな?」
私は大きくノビをした。
「フェアリー、ペパカフェの店長に話ししてみようか?
まだ早いから今の時間からなら貸切りに出来るかも知れないよ。」
私はノビをしたまま、力が抜けて、その場にへたり込んだ。
「えっ?どうして旦那様?」
「どうしてって、ここは井の頭だよ。フェアリーが何も言わずに
部屋で倒れてるから、田中さんに連絡して来てもらったんだよ。」
みんなニヤニヤ笑ってる。
「キャー!みんな部屋から出てって。旦那様も部屋の中見ないで。
直ぐに行くから外で待ってて。」
私は慌てて、みんなを部屋の外に追い出した。
戻ってきたら、旦那様がニコニコ笑って待っていた。
「ペパカフェ・フォレストは今から2時間半、押えたよ。」
「ごめんなさい、旦那様。ご心配おかけしました。」
「全然。それよりいいお友達に出会えて良かったね。」
みんなを連れて、井の頭公園のペパカフェ・フォレストへ移動した。
愛里翠は会うなり「あんた、謝る気ないやろ。」と笑い、
千尋が送った写真を見せてくれた。そこには深々と頭を下げる
私の後ろで色紙の妖精が生意気に胸をはっていた。
その年の忘年会。千尋と優は三年連続のお芝居ネタ。
「恒例、男前リンちゃん劇場 涙の井の頭編」
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舞台中央にマリーとリンちゃん
リンちゃんはマリーの膝枕で目をつぶっている
そこに子分三人が走って来てひざまづく。
子分1: リンちゃん、子分一同、みんなで迎えにきました。
みんなリンちゃんと一緒に苦労をするつもりでさぁ。
子分2: 三田の衆も、心配なさってます。
子分3: どうか一言、親分に戻ると言ってくだせぇ。
リン、目を開ける。そして大きなノビをしながら、立ち上がる
リン : そこまでされちゃあ、仕方がない。
私が、戻るしかないかねぇ。
私もちょっと意地を張りすぎたようだ。
子分1: リンちゃん!
子分2: リンちゃん!
リン、マリーに目をやりながら、しみじみと
リン : ゆっくり可愛がってやれるかと思っていたが、
そうもいかないようだ。マリー、すまねぇなぁ。
マリー: なぁに、あたしはいつだもあんたと一心同体だよ
リン : ありがとよ。そうときまれば酒だ、酒だ。
今日はトコトン、飲み明かすぜ。
一堂、下手に向かって歩き出す。
そこに男の声で「フェアリー、ペパカフェ大丈夫だって」
リン、急に甘えるような高い声で
リン : あれぇ旦那様?
膝から崩れ、ペタッと座り込む、
一堂、大きくズッコケる
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千尋と優はこれで3年連続忘年会王者となった。
後で聞いた話では、あの記事を書いた記者は、あの後、急に悪い評判が
出て業界からいなくなったらしい。