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西荻の焼き鳥

狭い平和通りに幅広でやけに車高の低い赤い車が停まっている。

邪魔だなあ。

この辺り、歩行者も自転車も自由気ままに行き来する。

車が停まっていたら邪魔で仕方ない。

多分高い車なんだろうと思うけど車種なんて分からない。

旦那様の車がミニというのも覚えたのは大分たってから。

それまでは聞かれるたびに赤い車とだけ答えて笑われた。

そうだ、今度ドライブに連れて行ってもらおう。

軽井沢なんていいなぁ。

旦那様と一緒に散歩できたら楽しいだろうなぁ。

なんて考えていた。


「涼音さん、林涼音さん!」

声をかけたのは、西荻に似合わないやけにキザな男。二十代後半かな。

「僕のフェラーリに乗りませんか、学校まで送りますよ。」

「お断りします。知らないおじさんの車に乗っちゃいけないって

母に言われてますから。」

「ハハハ、ジョークのセンスも素晴らしいですね。

僕のこと知らないなんてないでしょう?」

サングラスを外して、ドヤ顔をした。

「一条誠です。あなたの誠といってもいい。」

誰それ?と心の中で毒づいた。

「残念ながら存じ上げません。

それより車、退かしてもらえませんか?みんな迷惑しています。」

「おぉなんていう気遣い。

あなたのような人にこそフェラーリのシートがお似合いだ。」

「私、先を急ぎますから。」

私は橋ってガード下の商店街に逃げ込んだ。ここなら車は入れない。

もうやんなちっゃう。


「もう頭来たー」

真理恵が怒りながら部室に入ってきた。

「見てよ、これ」

真理恵が机の上に投げたのは「ワセスポ 秋のシーズン特集号」。

開かれたページには目鼻立ちのはっきりしたゴージャスな美人が載っていた。

「慶応の甘利愛里翠ちゃん?」

「そう三田のアマリリス。」

「相変わらず綺麗だね。ちょっとやせたかな?」

「何のんびりしたこと言っているの?ここ見てよ。

『早稲田のチアは親しみやすいっていうけど。

結局、貧乏くさいってことじゃないかしら』だって。

自分はゴージャスなつもりでケバいだけなのにさ。」

真理恵がムクれた。自分がマリーゴールドで相手がアマリリスだからと

ひがんでいるのかもしれない。他にも「早稲田全員合わせても、

私一人にかなわないでしょ」とか挑発的な言葉が並んでいた。


「あの子、根は悪うないんやけど口が悪いからなぁ。」

千尋は同じ高校出身ということもあって弁護した。

「それにしても失礼すぎるよ。」真理恵はまだ収まらない。

「まぁそれなりのやってるからね、愛里翠ちゃん」

とりなしたところで真理恵の機嫌が変わらなかった。


その時、ケータイにメールが来た。それを見て暗くなった。

「どうしたの涼音?」真理恵が心配した。

「今朝、駅に行く途中に変な奴がいたんだよね。

なんだか平べったい赤い車に乗った男。一条誠だって。

やけにキザで気色悪いんだよ。」

「一条って、あの?」

「あのって、知ってるの?」

「ちょっと勘違いが入ったキャラの俳優よ。

結構テレビにも出てるよ。」

フーン、芸能人なのか。


千尋がいいこと思いついたと言い出した。

私のケータイを取ると、こんな返事を書いた。

『今夜、食事に連れて行って。迎えに来るのはやめて。

しかったら帰りはあなたの車に乗ってあげる。

あなたの写真も付けてね。最近イタズラが多いの。』

数分後、キザなポーズをつけたアイツの写真付きのメールが届いた。

指定してきたのは六本木の高級レストラン。


「写真があるから本人に間違いないな。」

「エー、あいつとデートするの?」

「タダ飯食べるだけやん。二度とあなたの周りに来ないようにしたる。

駐車場で待ってるで。」


夜7時、指定されたレストランへ。

高級店なのにいつもの服装のままで恥ずかしい。

それでも個室だったから助かった。誠は自分が目立つことだけを

気にしていたようだけど。食事の前に誠がしつこくワインを勧める。

アルコールはダメだからと断っても

「いい肉はワインと一緒じゃないと良さがわからない」と聞かない。

ブドウジュースを頼んだら、やっと諦めた。

肉が運ばれてくると、今度は熟成がどうのとうるさい。

旦那様とだったら、普通の食事で十分おいしいのにな。

真理恵やチアの仲間たちだったらワイワイ、焼鳥食べてもいいな。

聞くふりをしながら、ぼんやり考えていた、

「涼音さん。僕にそんなにウットリしてはいけないよ。」

勘違い野郎に、ため息しか出なかった。


苦行のような食事がやっと終わり、駐車場へ。

「ドライブに出掛けましょう。」「今日はもう帰ります。」

「じゃあ家まで送りますよ。」「結構です。」

そんなやりとりをしていたら

「誠、なんでそんな女と一緒にいるの?」

と突然、大きな声。振り返ると愛里翠がいた。

千尋、痴話喧嘩に巻き込まれることの、どこがいいことなの。


「まだ君に誠なんて呼ばれるとは思わなかったよ。」

誠は冷ややかだった。

「私達、付き合ってたんじゃないの?」

愛里翠はもう涙声。

「そうだね、そんな過去があったかも知れない。

でももはや思い出せないくらい昔のことさ。

君は下品なんだよ。ゴージャスなつもりかも知れないけど、

くどすぎる。君の写真を見るたび胸焼けしそうさ。」

愛里翠はへたり込んで泣き出した。

「おいおい、今度は泣き真似か?

こんなところに来てるんじゃないよ。」

誠が呆れたように言った。そして

「君はいつでもヘラヘラ笑って踊ってればいいんだよ。」


最後の言葉、私は許せなかった。

「あなた、神宮で愛里翠見たことあるの?」

誠が驚いて振り返った。

「球場で愛里翠のチアリーダー姿見たことあるの?」

私が繰り返すと誠は慌てて「まあまあ涼音さん」と

右手を私の肩に乗せようとした。私がその手首を掴み、

身体を入れ替えると、誠は無様にひっくり返った。


「私は愛里翠のこと大嫌い。

愛里翠が出てくると慶応のスタンドが急に元気になる。

愛里翠は試合の最初から最後までずっと笑っていられる。

愛里翠がやれることが私達には出来ないことを思い知らされる。

だから本当に大嫌い。でも、 あの暑い球場でずっと笑顔でいる

ことがどんなに大変か、ずっと踊り続けることがどんなに大変か、

行ったこともないあんたに分かるの?球場で一日中笑っているために、

毎日どれだけ努力が必要か、あなたに分かるっていうの?

その努力を馬鹿にする奴を私は絶対に許せない。

見たこともないくせにヘラヘラとか言いやがって。

ヘラヘラはあなたでしょ。

ベラベラ、ベラベラ、聞きかじりの知識で知ったかぶりしたって、

中身なんか無いじゃない。このペラペラ野郎が。

あなたと一緒だったら、どんな肉でもまずくなる。

愛里翠と一緒に西荻で焼き鳥でも食べたほうがよっぽどまし。

もう二度と私の前に現れないで。今度、西荻で見かけたら、

あの車、あなたに合わせてペラペラにしてやるからね。」


誠は何も言わずに逃げ出した。


「いやぁリンちゃんすごいな。びっくりしたで。」

誠と入れ替わりに千尋が出てきた。

「途中で出て行く予定だったんだけど出る幕なかったよ。」

優も姿を現した。

「まったくロクでもないこと考えるんだから。さあ帰ろう。」


「西荻の焼鳥、食べさせなさいよ。」

後ろで声がした。いつの間にか愛里翠が立っていた。

「今から西荻に行こうやないの。そんなに美味しいんか確かめてあげる。」

「いいねぇリンちゃん、みんなで行こうよ。」

千尋と優も乗ってきた。

「あのね、あなた達ね。」


そこで私のケータイが鳴った。旦那様からだった。

「旦那様、どうしたんです?」

「フェアリーこそどうしたの?

週末、来れなかったから、今日来ると思ってたんだけど。」

「あれ?今日って火曜日ですよね?」

「今日は水曜日だよ。来れないならいいんだ。

これからご飯食べに行くから。」

「リンちゃん、早くぅ」後ろで声がする。

「そうか、お友達も一緒なんだ。楽しんで来なさい。」

電話が切れて泣きそうになった。

旦那様に会える日だったのに。旦那様は私を待っていてくれたのに...

しょんぼりする私を見て千尋が一言。

「落差日本一のツンデレやな」

怒る元気もなかった。


仕方なく全員で西荻へ。有名な戎も考えたけど晩小屋に行くことにした。

民芸調の古い居酒屋だ。

「涼音ちゃん、いらっしゃい。」声をかけられ恥ずかしい。

「リンちゃん、こりゃまた渋い店の常連やなぁ。」と千尋が妙に感心した。

「いつもは焼鳥のテイクアウトだけだよ。」と言ったところで聞いて

もらえそうもなかった。


みんなはビール、私だけウーロン茶で乾杯。

すぐに焼鳥の盛り合わせが届き、みんな美味しいとパクパク食べた。

正肉やネギ間もいいけど、ここのレバーが柔らかくて臭みもなくて絶品だ。

始めはしょんぼりしていた愛里翠も次第に元気になり、千尋とやりあった。


「あんた、ほんま男を見る目ないなぁ。今日別れて正解やったやろ。」

「何ゆうてるの。向こうから頼まれたから付おうたフリしただけや。

あんたみたいに誰からも声がかからんのんとちゃうわ。」

「何、偉そうに。私は声かけられても無視してるだけです。

あんた、そんなんやったら友達でけへんで。」

「友達なんていらへんわ。」

「そんなら、これはなんなん?

三田の人が早稲田に混じって何してますのん?」

「西荻の焼鳥が美味しい言うから確かめに来ただけやん。

あんたと一緒に食べたいのんちゃうわ。お生憎様でしたなぁ。

あんたのお節介にはほんま、ビックリするわ。」

「そうかぁ、褒めてくれてありがとぉ」

私も優もどうしていいのか分からず、ただ見ていた。


やがて時間も遅くなり、千尋と優は電車で帰り、私は愛里翠を

タクシー乗り場まで見送った。

「あんたが好きやっていう本やけど、なんや辛気臭い本やな。

最初から最後まで、ちーとも派手なとこがない。

まるであんたみたいな本やな。井の頭ちゅうところが、

ホンマにあんなんところか見たるから今度、案内してな。」

私の顔を見ずにつぶやいた。

「最後まで読んでくれてありがとう。いつでも連絡ちょうだい。」

「東京の人はこれやから調子くるうなぁ。

また焼鳥食べに寄らせてもらうわ。ほなな。」

そう言い残して、タクシーに乗り込んでいった。



さてその年の忘年会。千尋と優は二年連続でお芝居ネタ。

「ご存知、男前リンちゃん劇場 決闘!六本木編」

------

ナレーション:

夜の東京ミッドタウン。一組の男女が喧嘩をしていた。


厚化粧の愛里翠、舞台中央で座り込みすすり泣き。


マコト:ケバいはウザいは、君は本当にどうしようもないね。

そんな君は僕のフェラーリには似合わない。

いつものようにヘラヘラ、踊っているのがお似合いさ。


愛里翠、さらに大きく泣く。

リン、ドスが効いた低い声で


リン :今の一言、気にらないねぇ。

愛里翠:リンちゃん!

リン :何がヘラヘラだい。

あんた球場の愛里翠を見たことあるのかい?

このペラペラの薄っぺら野郎が。

マコト:なにをこいつ。


リン、殴りかかるマコトをヒラリとかわす。

さらに殴って来るところをかわし、後ろからマコトを蹴る。

マコト、倒れる。


リン :女だとと思ってなめんじゃないよ。

二度と私の前に姿を見せるんじゃないよ。

今度、西荻であんたのフェラーリを見つけたら、

あんたに合わせてペラッペラの鉄板にしてやるからね。

覚悟しな。


マコト、震えながらうなづく


リン :なぁ愛里翠。あんたも元気出しな。

まぁ、そうは言っても腹が減っては元気も出ないよな。

西荻でうまい焼鳥、食べさせてやるよ。ついてきな。


愛里翠、立ち上がり、二人で歩き出す。

そこに電話の呼び出し音


リン :だれだい、こんな時間に


電話に出ると急に高い、甘えた声で


リン :あれぇ旦那様?涼音です~


マコト、愛里翠、そろってコケる


------


「目黒の秋刀魚とちゃうちゅうねん。」

私は関西弁で毒づいたけど、みんなの笑い声にかき消された。

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