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ガーネット

 今、劇場はあふれんばかりの拍手の音に包まれている。

 立ち上がり、アンコールを叫ぶ人達も多い。

 今宵の演目は、それほどまでに素晴らしいものだった。

 そういえばと、私は思い出した。

 ―――今日は朝から、ガーネットさんが、調子がいいみたいなこと言ってたなあ。

 そんなことを思い出しながら、ステージの中央で、煌びやかな真紅のドレスを纏う、彼女を見た。


 名はガーネット。

 この劇場のスターである。

 彼女がいなくては、この劇場は立ち行かなくなるだろう。

 ただ一つ、問題があるとすれば……。


 幕が下り、次々と役者達がステージを降りていく。

「ガーネット、今日も素晴らしいステージだった!」

 両手を広げ賞賛するのは、この劇団の監督、グレイシコア。

「ありがとうございます、監督。これも監督の演出があってこそ、ですわ」

 そう控えめに微笑みながら、ガーネットは続ける。

「けれど、私、配役に少し疑問がありますの。宜しいかしら?」

 そういって、ガーネットは……自分の気に入らない役者達の名前を述べていく。

 彼女の言いたいことはわかるけど……。

「それって、ちょっとやり過ぎ」

「ティーアっ」

 むぐっと隣にいたリズが私の口を塞いだ。

 彼女に目をつけられたら、私達のような新入りは、すぐに干されてしまう。

 どうやら、彼女には気づかれなかったようだ。そのまま、引き摺るようにステージから降りて。

「もう気を付けて、ティーア! ただでさえ、目をつけられてるってのにっ! でないと私達、一緒にいられなくなるし、家もなくなっちゃうわよ?」

 リズに言われて、私は苦笑を浮かべた。

「ごめんなさい、リズ。つい、口が出ちゃうの」

「それがティーアの良い所でもあり、悪い所でもあるわよね」

 頭の髪飾りを外しながら、リズが私の方を見る。

「でも、本当に気を付けてね? あんな思い、もうしたくないんだから」



 そう、私は一度、ガーネットに意見したことがある。

 劇団に入ったばかりで、上下関係とかもわからなくて……。


「わあ、あの人の歌、とっても上手ね! 特にハモりが素晴らしいわ!」

 私は大きな声で言った。本当に感動したのだ。

 練習でこれだけ美しい歌声を披露できるのだ、きっとステージではその何倍も素晴らしいものを聞かせてくれることだろうと。

「あら、あなた。良い所に気が付くのね」

 感動したのは、そう。あのガーネットの歌声だった。

 心揺さぶるには十分な歌声。

「ありがとうございます。それに、情景を思い描きながら、響かせるともっともっと歌が輝きそうです!」

 素直にそういう私の隣で、リズは真っ青な顔で私を見ていた。私は気づいていなかったけれど。

「そう……私の歌がそんなに薄っぺらだと言いたいの?」

「え? 私はただ……」

 ガーネットは笑みを零しながら、有無を言わさずに続ける。

「ねえ、あなた。誰とでも歌を合わせることができて?」

「歌を合わせる?」

「二人でデュエットできるかどうかってことよ。それも会ってすぐに。1回でよ?」

「え、ええ!?」

 くすくすと口元を手に持った扇で隠しながら、ガーネットはティーアに歌って御覧なさいと言われ、ティーアは戸惑いながらも歌いだした。先ほど練習で歌った歌だ。

「ふふ、見ていなさい」

 そう告げるとガーネットは、それは見事なハーモニーを響かせた。

 ガーネットが歌うだけで、こんなに歌が煌びやかな響きを持つようになるのか。

 そのときの私は、驚きを隠せずにいた。

「……わかっていただけたかしら? でもまあ、あなた新入りみたいだし、それに気分がいいの。今日はこれで許してあげるわ」

 実力の差をこれでもかと見せつけられて、私は茫然としていた。

 リズもこの後すぐ、私の所にやってきて。

「よかったわね。初めてよ、こんなまでして、ガーネットに歌まで歌われちゃって、ここにいるのが。今日のガーネットの機嫌が良くて本当によかったわ。下手したらティーア、劇団を辞めさせられてたわよ?」

「えっ!? そうなの?」

 その後、リズの部屋でみっちりお説教があったのは言う間でもなく。


 そう、あのとき感じたのだ。

 私にはあの目指す歌はおろか、あのガーネットにも及ばないのだと。

「はあ、私も歌が上手に歌えたなら……」

 窓から見える星空を見上げながら、私は思わず、そう呟いたのだった。






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