始
「面白いことをやるみたいだな」
その日の夜の事だった。知った番号からかかってきた電話に出ると、開口一番奴はそう言った。
いや、おかしいだろ。
内心をそのまま伝えると、
「馬鹿を言え、俺を誰だと思ってる。常に面白いことを求める快楽主義者だぞ?」
「いや、それでも情報が筒抜けっていうか、そもそも発信してない情報をお前が握ってるのはおかしいだろ」
「いいか、よく聞け。情報ってのはな、発信されるからあるんじゃなくて、そこら中にいつだって転がってるんだよ。それを意識するかしないかでな」
こいつ、恐らくオレの検索していたサイトを横から覗き見しているな。引っ越しして少し距離が離れたからって、ここまでやるか。いや、やるな。ああ、そういう奴だ。
オレはため息を飲み込み、
「まだ迷ってるよ」
返答に対し、相手はわざとらしいため息をついて、
「お前に断るなんて選択肢があるのか?」
「…………」
沈黙は、しかし雄弁だ。
「だろう? お前は端から迷っちゃいない。考えているだけだ」
「……ああ、そうかもな」
全面的な肯定はしなかったが、きっとこいつの言うとおりだろう。
「それでこそ、俺が認める男だよ」
「変人に言われても嬉しくないな」
「最高の褒め言葉だ。俺にとってもお前にとっても」
相も変わらず口の減らない。まあ、それがこの男だ。オレたち四人の中でも変人を自認するだけのことはある。
まあ、他の二人にしたところで、一般世間からすれば「変」の部類には入るだろう。そして、その中にあってオレだけ常人の訳もない。そのくらいの自覚はあるつもりだが、
「お前を喜ばすためにやるわけじゃないからな」
「当たり前だ」
殺気とは言わないまでも、冷ややかな声音。そう、こいつは自分向けにお膳立てされものを激しく嫌う。
「ああ、そうだな」
オレは小さく笑う。
オレが、オレたちがやろうとしているのは、誰かの為ではなく、自分の為のものだ。
「ま、期待せずに待っててくれ」
「俺は観察できりゃいい。お前にとって益になるかは知らんな」
かかって来た時と同じく、唐突に通話が切れる。
あいつなりの祝辞と思っておこう。
翌朝。
恒例と化した朝の二人でのランニングの後、オレの方から進んで声をかけた。
自分としては、家に誘っても差し支えはなかったが、マシロの方が嫌がると思い、昨日と同じネカフェへ。
「答えを聞かせてもらえる、ってことでいいのかしら?」
相も変らぬ勝気な瞳。オレの答えがどうあったところで、彼女はやるのだろう。それを窺わせるに十分な意思を感じる。
オレは無言で頷く。
「昨日、アナタ聞いた通り、断られてもワタシはやるわ。でも、それでも言う。アナタが必要だと思ってる」
口が裂けても言わないが、十分に美少女と言えるような少女からの言葉。
オレは口元が緩んでいるのを自覚しながら、
「誰彼かまわず、今みたいなことは言わない方がいいな。勘違いするぞ?」
「アナタにしか言わないから平気よ。それに、ワタシはアナタを必要としてるのは事実だもの。その点において勘違いはないわ」
「嬉しい限りだな」
オレはそう言葉を返し、立ち上げたブラウザにCOAを表示する。さらに、トップ画面から、自分用に作ったアカウントでログイン。
「あ……」
その意味をわかったのだろう。マシロは小さく声をあげ、マウスを動かそうとしたオレの手に自分のものを重ねる。
「……ありがとう」
小さな蚊の鳴くような声。だが、これだけ狭い部屋で、ほぼ密着しているような状態だ。聞き漏らすようなことはなかったし、聞き間違いでもないだろう。
「ここからは共同作業よ」
「…………」
もう少し言葉を選べよ。というか、こっちのセリフの方が余程恥ずかしいと思うんだが……
まあ、いいか。
COAはアマチュアが自身の作品を発表する場として用意されたサイトだ。だが、一人の力であったり、規模というものは小さい。それに、やはりこういう場だ。同好の士というのは集うもので、そういった面々のために「合作」などが出来るようにRelationという機能が用意されている。この機能の使い方は色々だろうが、一番多いのは同人誌などに代表されるような「サークル活動」だろう。
そして、マシロが「共同作業」といったのは、このRelationを行うための手順のことだ。比較的単純な操作や入力項目だが、キーボード入力ばかりはほぼオレ一人でやったが、決定ボタンを押す項目などは、マシロが手を重ねたままのマウスでやりたがった。
その一方で、マシロは空いた手でスマホで同じような画面を操作し、準備を進めてもいた。
そして、最後の登録画面。
ここで決定ボタンを押せば、連携は完了する。
表示されているのは、最終的な確認を行う為の注意文。
「ここまで来て、引き下がったりしないわよね?」
「どう思う?」
「もう!」
怒ったように言いながら、しかし表情は笑っている。
「やろう」
だが、オレの促しに、マシロは表情を改め、
「同時に押すわよ」
オレに見えるようにスマホをかざし、マウスを握る手に力が入る。
「同時にやる意味あるのか?」
「あるわ。気分の問題だけど」
「そうか。なら必要だな」
そう、本来なら、スマホとPCを同時に操作する必要はないし、そもそも二人一緒にやる意味もない。
だが、こうも思う。
オレとマシロの関係-Relation-はもう始まっている。しかし、またここから次の相互関係-Reciprocity-と言えるものが始まるのだ。
「行くわよ」
「ああ」
オレは心ならずも手が汗ばむのを感じた。
見れば、マシロの表情も期待と不安が入り混じっているが、彼女はそれらをすべて受けいれたような声で言った。
「ここがスタートよ」
マウスを握る手に、指に力が入り、それと同時にスマホの画面がタップされた。
わずかな読み込み画面の後、表示された簡素なメッセージ。
『RECEIPT』
さあ、出会いを受け入れて、先へ行こう。
オレとマシロは思わず歓声を上げ、我に返って互いに苦笑いした。