会
何時からそこにいた?
土手の上にたたずみ、心配そうにこちらを見下ろす少女のことにオレは気づかなかった。
立ち上がってジャージについた土や草を払う。まったく。
「いきなりなんなんだ?」
ゆっくりと土を踏みしめて転げ落ちたばかりの土手を登る。暗いので、足元を確かめながらになる。
「オレになにか用?」
オレの身長は170ちょっとなのだが、少女の背が低いせいでだいぶ見下ろす感じになる。当然、少女側は見上げる形になるのだが、勝気な瞳には物怖じするような感じは見当たらない。
容姿はまずまず整っているように思う。化粧っ気はなく、肌の色はやや不健康に思えるほど白いが、長いまつげに焦げ茶の瞳、鼻は小ぶりで、きゅっと引き結んだ唇は朝になれば日の中で淡く色づく桜の花のようだ。背中の中ほどまでの長さの髪だが、髪型はあまり気にしてないのか、ところどころ跳ねている。
「まあ、そうね」
とはいえ、少々曖昧な物言いに首を傾げざるを得ない。
「で?」
要件を促すと、少女は少し下を向いたが、すぐに顔を上げる。
「手伝ってほしいことがあるの。ダメ?」
「駄目も何も、内容によるし、第一会ったばかりの人間にするような頼みごとか?」
「会ったばかりじゃないわよ」
いや、どう考えても初対面だろ。オレは一週間前に越してきたばかりだし、そもそも出不精だから外出はこの早朝のランニング以外はほとんどしてない。だから、人に会うことは皆無に等しい。例外があるとすれば、転入手続きのために一度高校に行ったくらいだが、春休み中のそこは部活に励む連中以外はいなかったので、校内は静かなものだった。
超す前の知り合いにも、こんな少女はいなかった。第一、珍しいかどうかは知らないが、周囲に越していったような同級生などはいなかったから、一足先にこちらに来ているような知り合いもいない。近所づきあいが密だったわけでもないから、ほとんど顔も覚えてない。
つまり、知人じゃない。そんな少女は会ったばかりじゃないと言い張る。おかしな話だ。
「で、初対面じゃないという君は誰なんだ? 生憎、人の顔を覚えるのは苦手でね」
迂遠なやり方だとは思ったが、なるべく少女を傷つけないように言葉を選んで正体を問う。
「まあ、知らなくても無理ないわね。ワタシが一方的に知ってるだけだもの。でもあえて言うわ。会ったばかりじゃない、って」
「…………」
返す言葉もないとはこのことか。少しばかり、これ以上この少女に関わらない方がいい気がしてきた。しかし、
「ここ数日、ワタシもランニングしてたのよ? と言っても、アナタがちょうど帰る時間にワタシが来るから、アナタがワタシを見ることはなかったでしょうけど」
「そういう事情か……」
確かに、帰りがけに視線を感じることはあったが、わざわざ振り返りもしなかったし、それこそ視線そのものを気にしてなかった。あんな早朝に走っているのだ。多少奇異の目を向けられるのは承知の上だった。だが、見ていたのがこの少女だったとして、いったい何が目的なのだろうか。それも、今日話しかけてきた理由と関係あるのだろうけど。
「で、肝心の手伝ってほしいことって何だ?」
また、下を向いた。さっきよりは少し長く。でも、さっと顔を上げると言い聞かせるように、はっきりとした発音で、
「ワタシが学校でやろうとすること、全部」
「…………」
二の句どころか、最初の言葉すら出てこない。オレは頭を振り、どういうことかと思案する。だが、その思案が一秒たりとも進まないうちに、
「つまり、相棒が欲しいの」
「オレである必要あるのか? 学校にも知り合いぐらいいるだろ。そっちに頼む方が確実だし信頼できると思うんだが」
自分でもしごく真っ当なことを言っていると思う。しかし、彼女は即座に否定。そして言った。
「アナタじゃないとダメだと思ってる」