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東方皇国記  作者: するめ
星下の誓い
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1 出会い


 アレクは金色の髪を風に揺らし、森の中を走っていた。その右手に小さなナイフが光っている。しばらく走ると木々が開け、小川が見えてきた。小川の近くには一匹のシカがいる。今年14才になったアレクと同程度の体躯をもったシカである。そしてそのシカは何かに足を取られその場でもがいている。鹿の後脚には藁で編まれた縄がからみついている。しばらく木陰に隠れてシカの様子を見ていたアレクは、後脚に絡みついた縄がしっかりとシカをとらえていることを確認すると、近くにあった岩を持ち上げ、シカに近づいていった。そしてその岩を重力に任せてシカの頭へと叩きつけた。シカは脳震盪を起こし、その場で倒れこむ。アレクはすかさずもう一度岩を持ち上げてシカの頭へ叩きつけ、そしてシカは動かなくなった。

 アレクことアレクサンダーは今年14才になる金髪青眼の少年である。彼は34歳の母と二人でとある村で生活している。彼が住む村はガリシア大陸中央部に位置する大森林の中にあり、人口50人に満たない村とは名ばかりの小さな集落である。この大森林にはめったに外来者が訪れず、他村との交流も少ない。少ないながらも他村との交流の際の便宜上、集落のまとめ役である長老の名をつけて、コルト村と他村と名乗っている。

 アレクはこの村で一番の狩上手であった。まだ成長途中の彼の体躯はほかの集落の人間と比べて大きくない。しかし、彼は持ち前の知力を大いに活用して、他者に勝るとも劣らない成果を残していた。

 血抜きをした獲物を引きずりながら、アレクは村に帰ってきた。そして出会う人にあいさつをしながら家へとたどり着き戸へ手をかけた。剝げかけた筵を張りかえなければならない、そう考えながら家へ入ると、エリスが声をかけてきた。

「おかえりなさいアレク。」

「ただいま母さん。今日はすごいよ!こんなにでかいシカが取れたんだ。これでしばらくは食べ物の心配をしなくて済むよ。あとで村のみんなにもおすそ分けにいかなくちゃ。ああ、めんどくさいなあ~。」

「うふふ。よかったわねアレク。・・・でもあまり危ないことはしないでね。あなたの帰りが遅いから、母さんはすごく心配していたのよ。」

「大丈夫だよ母さん。俺は自分が危なくなるようなことはしないよ。俺の狩の方法は安全第一だから。それに自分から好き好んで危ないことに首を突っ込んだりしないさ。面倒は勘弁だから。」

アレクは極度の面倒くさがりである。小さい頃から外で遊ぶことをせず、殆どの時間んをごろごろと横になって過ごしていた。何事も手数をかけることを嫌い、体を動かす時には最小限の行動のみにとどめる。狩りに関しても、その面倒くさがりのために、より効率的に行おうとして頭を働かせる。この日シカを捕まえた縄も、彼が楽をするために考えた罠である。エリスの彼の面倒くさがりをよくしっている。その度が過ぎることに頭を悩ましたこともあった。しかし、家事や狩など二人の生活にかかわることは、面倒だといいながらしっかり働いてくれる。それはエリスに苦労をかけたくないというアレクの優しさであり、エリスもそのことをしっかりと感じ取り、アレクが優しく育ってくれたことをうれしく思っていた。

 エリスは微笑みを浮かべてアレクに手まねきをした。それを見てアレクはおずおずとエリスに近寄り、彼女の体に抱きつき胸に顔をうずめた。エリスは優しくアレクの髪をなでる。そして彼の耳元で優しく「いつもありがとう。」と囁いた。

「・・・うん。」

アレクは母猫に甘える仔猫のように眼を細め、恥ずかしそうにエリスに甘える。もう自分は大人だという独立心からくる恥ずかしさと、母親に甘え得たい子供心がアレクの中には同居している。一瞬二つの心の葛藤があったが、結局アレクの中の子供心が勝ち存分に母親に甘えることにした。エリスの長い金色の髪が頬に触れるのをくすぐったく感じながら、母親の香りを胸一杯に吸い込んだ。そんなアレクに向けられるエリスの黒眼には優しさが満ち溢れていた。


その日の夕刻、アレクは村中に肉を配り歩いた。一通りの分配が終わり、コルトの家へと向かった。コルトは60恰好のじいさんで、平均寿命が50才前後であることを考えるとなかなかの長生きである。現在コルトは息子夫婦と同居をしている。コルトの息子はジルと言い、村一番の腕っ節の持主である。彼は他村との交易のために村を出ていた。

 アレクはコルトに肉を渡し、しばらく雑談をしていると奥からジルの奥さんがお茶を持って出てきた。奥さんのお腹は不自然に膨らんでいる。彼女はジルの子供をお腹にやどしているのだ。

「ずいぶん大きくなってきましたね。そろそろですか?」

「ええ。あとひと月もしたら生まれるわ。アレク以来の子供がこの村に生まれるのよ。そしたらアレクもお兄さんね。」

「ほっほっほ。つい最近までおむつをしておったというのに、あの小僧がお兄さんとはな。」

「やめてくださいよ、長老。俺もう14才ですよ。」

「ほほ。未だにエリスに抱きついて甘えておる小僧がなにをいっとる。」

「ッ!なんでそれを・・・」

「はずかしがらんでもええ。子供は子供らしくしておればええ。今の内にエリスに存分に甘えておくんじゃぞ。」

「だから俺はもう大人だって・・・。」

「あら、私がアレクのおむつを替えてあげたのはついこの間のことだと思っていたけれど、アレクはもう大人なのね。ならこの子が生まれてきたら、この子のおむつはアレクがかえてあげてね。これは大人の大切なしごとよ。」

「いやですよ!面倒くさい・・・。」

苦笑するアレクをみてコルトと奥さんは肩を揺らして笑った。

三人が談笑していると外で慌ただしい足音がした。その足音は徐々に近づいてきたと思うと大きな音をたてて玄関の戸が開く。そこには筋肉質な巨体の男がたっており、短く借り上げた頭から大量の汗が流れている。

「何事じゃ!ジル。慌ただしい。」

「そうですよ、いったいどうしたんですか、あなた?」

「大変だ親父。戦争だ!」

急いで走ってきたのであろう、ジルのこめかみの血管は膨れ上がり、必死に呼吸する胸が大きく揺れている。

「戦争などここ最近治まることなくずっと続いておるじゃろうが。もっと詳しく話さんか。」

「戦場がこの村の近くなんだ!大森林を抜けた西の平原で戦ってやがる。」

「なんじゃと・・・。西の平原ならかなりの距離があるの。この村は大丈夫じゃとはおもうが、念のため村人を集めて対策を練っておいたほうがいいのう。」

「そうだな。じゃあ、俺は村を回って男手を集めてくる!」

「おじさん!」

その時、飛び出して行こうとするジルをアレクが呼び止めた。

「おう、アレク来てたのか?」

「あなた、今日はアレクがお肉を持ってきてくれたんですよ」

「おう、そうか。ありがとうな、アレク。」

「いえ。ところでおじさん、西の平原って。この村は大丈夫なんですか?」

アレクの顔には不安の色を浮かんでいる。

「心配するな。さっき親父も言っていたが、西の平原からここまでは距離がある。それに足場も悪い。村の大人の足で急いで3日。この森を知らない奴なら7日はかかる。ここまで来ることはないだろう。」

「じゃあ、ここは安全なんですね?」

「ああ、大丈夫だ。ただ何があるかわからん。念のためだ。警戒するに越したことはない。だから、心配するな。」

「俺も手伝います!人を集めるなら急いだほうがいいでしょう?」

立ち上がるとアレクは急いで玄関へと駆け寄った。何もしないで不安に震えているよりも、今は体を動かした方が心が落ち着くと考えたからである。

「そうか。じゃあ頼む。」

そして二人はコルトの家から駈け出して行った。


その日の夜。コルトの家で村の男達が集まり集会がひらかれた。

女性達は家の戸じまりを頑丈にして閉じこもっている。この村では成人は15才、アレクはまだ成人していないため、エリスとともに家に閉じこもり藁束の上で寝転がっていた。日が沈んでかなりの時がたち、エリスは静かな寝息を立てていた。アレクは大森林の外で起きているという戦争のことを考え、寝付けずにいた。

もしこの村が戦争に飲み込まれたとしたら。もし村人が死ぬことになったら。自分の知り合いが死ぬとはどういうかとなのか。エリスが死んでしまったらどうしたらいいのか。自分が死ぬような事態になったら、エリスはどう思うのか。鋭い刃が己の肌に触れ、皮が破れ肉が避けていく・・・。昼間、自分がシカを裁いたように、自身の体が敵によって咲かれていく。

まだ見ぬ戦争と死という恐怖の中でアレクは怯えていた。指先が小刻みに震える。顎の筋肉が硬くなり、歯を小刻みに打ちつける。震えを止めようにも体が言うことをきかない。

ああ、面倒だ。人殺しなんて、殺されることを恐れて怯えているなんて。一層、ここで自殺してしまった方が楽なのではないだろうか。そうしたら、恐怖なんて感じずにすむ。

そんなことを考えながら震えていると、ふと暖かい感触が体を包んだ。そして金色の長い髪が汗ばんだアレクの首筋にふれ、柔らかい手が彼の頭をなでる。

「大丈夫よ、アレク。お母さんがここにいるわ。だから安心して眠っていいのよ。」

鈴のようにかすかで美しい囁きがアレクの耳元で聞こえ、その声が彼の全身を駆け巡って震えを止めた。そうしてそのあとには形容できない安心感が体中を満たした。母親の胸を通って彼の背中へと伝う心臓の音が彼に安らぎを与える。少しずつアレクは意識を手放していった。

 その夜は何事もなく、夜が明けた。アレクが目覚めたとき、すでに太陽は頭上高くのぼっており、村人たちはいつもと同じ日常の生活を送っている。アレクは暗闇から生まれ出た赤子のような新生の心地よさを味わい、自身が生きていられたことに感謝をした。


 それから7日の夜が過ぎた。夜間には戦争の余波に備えた村人たちの警備が行われていたが、そのことを抜きにすればいつもと同じ日常が過ぎた。もちろん、誰もが心の中に一種の緊張感を抱え手放すことはなかったが。

 8日目を迎えた朝、アレクは森にやってきていた。普段彼が刈り場にしている小川付近に仕掛けた罠を確認しに来たのだ。アレクはいつものように森を駆けていたが、狩場に近付くと生物の気配を感じた。獲物がかかっているのだろうか、彼は喜色を浮かべながら木陰に身を隠して狩場をうかがった。

 そこには獲物はいなかった。しかし、川の近くに二つの影を確認した。それはどうやら人間で、二人とも力なく地面に倒れ伏している。片方はまだ幼く5,6才ほどの少女である。もう一方はアレクと同じほどの年齢の少年。ここに来るまでに枝や茨にひっかけたのだろう、彼等の服は所々破れてひどい所は血が滲んでいた。そして二人は漆黒の髪を持っている。アレクは彼等に近付き生死をかくにんしたが、どうやら二人ともかろうじて息はある。しかし、今にも消えそうなか細い呼吸であった。彼は二人を村に連れ帰ることにした。


「ふむ。彼等は東方の人間じゃな。この漆黒の髪が何よりの証じゃ。」

コルトは藁の上に寝かされた二人を眺めながらつぶやいた。アレクは少年と少女をコルトの家に運び込み、一通りの手当を終えるとコルト、ジル、奥さんの4人で彼等を囲むようにして会話を始めていた。

「彼等は大丈夫なのでしょうか?」

「うむ。問題はいらん。少し出血しているようじゃが、どれもかすり傷じゃ。今は疲労で意識を失っておるだけじゃ。そのうち目を覚ますじゃろう。」

「よかったわ。この子たちが無事で。」

「しかし、どうしてこんな幼い子供たちだけで、この辺境なんかに。東方っていうとこいつらだけで来られるような距離じゃないぜ。どう思うよ、親父。」

「ジルさん、東方とはそんなに遠いのですか?」

「ああ、俺も詳しくはしらないがな。俺が交易で行ったことがあるのは、ここから東方へ徒歩2週間ほどの町だが、そこでごく数人の黒髪を見たことがある。聞く話じゃ、黒髪の民が住む地はそこからはるか遠く、徒歩でいったら何カ月もかかるような遠い地に彼等の国があるそうだ。」

「へえ、そうなんですか。でもどうして彼等はこんな地に?」

「おそらくじゃが、敗残兵の身内じゃろうな。現在、このガリシア大陸において中央帝国と東方の国々が戦争をしておる。この間から西方の平原で行われておる戦争もその一部じゃ。」

コルトの発言に疑問を覚えたアレクは小首をかしげた。

「どうして戦場なんかに子どもが?」

「うむ。普通の国同士の戦争ならおかしな話じゃ。じゃが、東方諸国は一枚岩ではない。東方の国々は規模が小さく、数多の小国が乱立していると聞く。それら一つ一つでは中央帝国に対抗できる戦力などもっておらん。じゃから、東方の諸国が手を結び合い、一つの共同体として帝国と戦をしておるのじゃ。のうアレク、小国同士が一国に対抗できるほどの団結力を持つためにはどうしたらよいと思う?」

アレクは眉間に皺をよせ、黙り込んだ。そしてしばらくの沈黙ののち、一つの方法を導き出した。

「人質ですか?」

「うむ、それぞれの高官、もしくは国王の親者を、人質として出し合う。それにより団結をはかったのじゃろうな。」

「だが親父。それだけなら人質を前線に送るひつようなんてないだろう?」

「うむ。互いに拮抗しておるか、もしくは勝機があるならばな。しかし、敗色が濃くなったらどうする?」

「撤退するればよいのでは?」

アレクの言葉を聞いたコルトは、眼光を鋭くしアレクを見つめた。

「では撤退できない理由があったら?どうしても勝たなければならない戦であったら?」

「「・・・」」

アレクとジルは黙り込んでしまう。その答が見えなかったのだ。いや、アレクにはひとつ頭に浮かんだ答があったがそんなことを人間がするとは考えられなかった。

「・・・。兵士の士気を上げなければ勝機はないと思います。・・・そのために・・・兵士の親族を・・・敵兵に殺させ・・・憎しみによって指揮をあげる」

おそるおそる紡がれたアレクの囁きにジルと奥さんは黙り込んでしまう。コルトは難しい顔をしていた。

「うむ。もしかしたそのような手を取ったのかもしれぬ。あくまで推測じゃが。」

「そんなのあんまりだわ!この子たちが何をしたっていうのよ?」

奥さんは肩を震わせて泣きだした。そんな妻を抱きながらジルはつぶやく。

「しかたがにさ。それが戦争だ。」

「そんなの!・・・あんまりだわッ・・・あんまりだわ・・・」

長い沈黙がながれた。

そして幾ばくかの時がたったころ、エリスがコルトの家にやってきた。エリスはコルトから説明を受けると寝込んでいる二人のそばに座り、優しく少女の額をなでた。

「ねえ、コルトさん。この子たち村で面倒をみたらダメかしら?」

「なにをいっとる!この村は帝国にも東方諸国にもぞくしてはおらぬが、かりにこの子らをあずかったとして、敵に与したとして帝国に目をつけられかねん。それに何より、わしとしてはこの村に部外者をいれる気にはなれぬ。」

「この子たちが見つからなければいいのよ。それに、私だって部外者だわ。それでも、この村の人たちはわたしを受け入れてくれたじゃないですか。」

アレクは母の発言に驚いた。アレクは物心ついた時からこの村にいた。自分も母もこの村で生まれ育ったものだと思っていた。それが、エリスはこの村の外からやってきたという。アレクの思考は停止し、なにも考えられなくなった。

 そんなアレクに対してエリスはいつもと変わらない優しい瞳を息子に向けている。

「ねえ、アレク。優しいアレクならわかってくれる?」

「・・・うん。」

アレクはただ肯定するしかできなかった。

ああ、エリスはこういう人なのだ。誰に対しても無償の愛情を向ける。その愛情は息子他人関係なく、何処までも優しさに満ち溢れている。自分はそんな彼女の優しさが愛おしいのだ。どうしようもなく好きで、そしてそんな彼女を守りたいとアレクは思った。

「しかしじゃな、エリスよ。」

「わたしがかれらの面倒を見ます。責任もわたしひとりがとります。村に迷惑がかかるというならば、わたしは村から離れて暮らすことにします。それならば問題ないでしょう?」

エリスの顔には断固たる決意がうかがえた。

「母さん、俺もいるから、一人じゃないよ。」

エリスの決意とアレクの言葉に、コルトは頷くことしかできなかった。


こうしてアレクに家族が増えることになった。


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