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桜子編 9

戦争が終わったが 姉妹たちは 米軍の影に怯えていた。



そして 戦地へ行った 父や 恋人の帰りを待ちわびていた。


しかし 秋になっても 彼らは帰ってくる気配もなく、便りさえもなかった。



女学校は夏休みも終わり、勤労動員もなくなり、戦争が激しくなる前のように、授業が始まったが、学級の半分が 空襲で命を落としたり 怪我をしたりして 登校するのがつらくなる毎日だった。




そんな日々を過ごしていたある日、凛子がたまたま自転車が故障して 電車で下校することになり、駅に下りた。


すると、駅の改札で 見覚えのある後ろ姿を見つけた。



長身で 背筋の伸びた綺麗な姿勢で スタスタ歩く姿。彼は 大きな鞄と 画板を持っていた。けれど以前のような 軍服では なかった。



「少尉? 山本少尉ではないですか?」


凛子は 走って呼び止めた。



その人は 気まずそうに 下を向いた。


「やっぱり・・・やっぱり少尉ですね。」


「凛子ちゃん。元気だったかい?」


少尉は ボソッと 低い声で言った。


「まあ 少尉こそ よくご無事で。広島にいらしたと聞いてましたから 心配してたんですよ。是非、うちへ寄って行ってください。」


「いや、私は・・・」


「少尉? 」


「私はもう『少尉』ではないですよ。そう呼ばれる資格もない。」



凛子は 首を傾げた。


きっと 少尉も 重くつらい現実を 背負っているのだろう。

凛子は悟った。




少尉は 一目 美月家の人々や 爆撃に遭った 基地を 見たかっただけだと言った。

何があったかは 語らなかった。


「姉が、待っていますよ」


その言葉を聞いて、少尉が顔をあげた。


「姉に あってやってください。お願いします。」


少尉は 凛子の説得に やっと応じてくれた。


凛子が 少尉を連れ帰り、美月家の前に立ったとき、ちょうど 雫子が 2階の窓から 洗濯物を取り込むところだった。


「お姉ちゃん!」


凛子が 雫子を呼んだ。


雫子は 少尉に 気がつき、一瞬時が止まった。


少尉は 深々と 頭を下げた。 以前のような敬礼ではなかった。


見つめ合う 二人を見て 凛子は自然と涙が込み上げた。


雫子は 少尉の姿をみて 一瞬後ろに後ずさった。


少尉は その場を立ち去ろうとした。


「少尉、待ってください。」


雫子は 少尉のもとに走った。


「少尉、 よくご無事で。よかった。本当によかった。」


雫子は 涙ながらに言った。


少尉は 美月家に招き入れられた。





みんなは 少尉の終戦までの経緯を聞いた。

少尉は 詳しくは 語らなかったが、たくさんの苦難を乗り越えてきたようだった。



転属につぐ転属で 最後にいた愛媛県の基地で爆撃にあったとき 爆風に飛ばされ、手足の骨折をした。

愛媛県の病院に入院して、やっと退院したのが八月五日。


父母たちと 兄のいる江田島で 落ち合う約束をしたのが 八月六日。


おかげで 原爆の難を逃れたが 実家は 原爆で無くなったとのことだった。


家族は 兄のもとに身を寄せ、終戦を迎えた。



少尉は

「自分は 死に損ないだ」と卑下した。


「生きていることが 死んでいった仲間に 申し訳ない。これからどう生きていったらいいかわからない。仲間の後を 追うために この基地に来た。しかし自分は 弱い人間だ。」

そう言った。



黙って 話を聞いていた母が 言った。



「お仲間たちに 生かされているとは 思えませんか? ・・・ここにいる凛子も、薫子も桜子も 夏の工廠の空襲で たくさんの友達を亡くしました。 みな同じです。 一歩間違えたら 自分が 死んでいた。・・・・私たちは 生かされた命を 大切に生きなければならない。 最近切実に思うのです。」


そして 凛子が言った。

「あの時 ああすれば、あの人は助かっていたかもしれない。 後悔したことは何度もあります。思っても 大切な友達は 帰って来ない。 私は彼女たちを供養するために 生かされていると思います。戦争の悲惨さを これから先の人に伝えていくために。」



少尉は 頷いた。

「あの基地から 旅立って行った 戦友たちのことを 思わない日はありません。 やっぱり私は 生きていてはいけないのでは・・」


雫子が 言った。

「その方たちが どのような亡くなり方をしたのか、この戦争がどんなに間違っていたのか 伝えていくのが あなたのお役目ではないですか? 少尉。・・・いえ 山本さん」


山本少尉が心配になり 美月家の人々は 拒む彼を自宅にしばらく 泊めることにした。



彼は 美月家の人々にふれ、少しずつ元気を取り戻した。


なかでも 萌子が 彼に懐き、父親の代わりに慕うので 沈んだ心が次第に解きほぐされた。



雫子と少尉は 再会したことで 再び二人の愛情を確かめることが できた。



数日がたち、父の乗った大陸からの引き揚げ船が島根の港に着くかもしれないという 知らせが 来た。



父を迎えに 母と雫子、それに山本少尉がついていくことになった。



その前夜、山本少尉は 雫子に 結婚を申し込んだ。

雫子は

「 身分が違うから 私など 釣り合わない」

と言った。


少尉は

「戦争で なにもかも無くしてしまった。両親に手紙を書いたんだ。大切な人がいることを。・・・・ 命を大事に 好きなように生きなさい。と返事がきた。



私は次男だから できることなら 美月家の養子に入ることができないかと 思っている。 明日、お父さんが 帰って来られたら お父さんにきちんと挨拶したいんだ。いいかい?」


雫子は 幸せだった。

生きている喜びを噛み締めた。

二人は 初めて抱き合って泣いた。




翌朝、三人は 島根に向けて 旅立った。



港は 復員兵を迎えるたくさんの人々で あふれていた。


日の丸の旗を振り 万歳を繰り返す人、大段幕を掲げる人、 再会に 抱き合って喜ぶ人。



復員兵の中には 大怪我をした人、戦友の遺骨を首から下げた人 痛々しさに目を背けてしまいそうになる人もいた。



三人は 復員船から 降りてくる兵隊の中に やっと父を見つけた。



母は 人々を押しのけ、父のもとに走った。


お互いの姿を確かめ、無事だということに 安堵し、両親も 抱き合って泣いた。



少尉と雫子は 二人の姿を見て、もらい泣きをした。



四人は 島根の旅館に泊まり、次の晩 自宅に帰ることになった。


少尉は 父に

「いまから 仕事を探し、生活が 起動に乗ったら、雫子さんと 結婚させてください」

と 改まって 頼んだ。


「雫子は 後をとってもらおうと思っていたが、あなたのような方にもらっていただけるのなら これほど嬉しいことはない」

と 父は 言った。

「いえ、できることなら、私は 美月の家に入りたいと思います。 美月という名前を 後世に残すため、私のようなものでも、お役に立ちたいと思うのですが・・・」


「えっ!? あなたが養子に?」

両親は 驚いて 顔を見合わせた。


「出過ぎたことを・・申し訳ありません。」


「家のようなところでは、家柄が違い過ぎます。あなたのご両親が反対なさるのでは・・・」


「両親には 承諾を得ています。・・両親は あの広島の惨状を 目の当たりにしています。家もすべて失いました。 もはや 軍隊もない。 価値観が崩れ去ってしまったのです。神様にもらった命を 悔いのないように 生きろと手紙で返事をもらいました。」


「・・・そうですか。でも、うちにはあなたに 託せる財産なんてものは なにもない。雫子を あなたの家に 嫁がせるほうが・・・」と 父は 不安がる。


「それは みな同じです。日本人、みな 裸一貫、無一文から 始めないといけません。私は 美月家にいて、雫子さんを幸せにしたい。美月家のみなさんに助けられてきたから・・・」



両親は ようやく頷いた。


翌日、父たちは 美月家に 帰った。


父の帰還と 姉の結婚に娘たちは とても喜んだ。



やがて、 少尉は小中学生に美術を学校で教えることになった。

少尉と雫子、両親は 少尉の兄宅のある 江田島に行き、 結婚の許しを得た。


少尉のご両親やお兄さん夫婦は とてもよい方たちで 快諾だったらしい。


ただ 雫子は その江田島のお屋敷の広さに 恐縮していた。


「とても、釣り合わない。何か 大それたことをした気がする。」

と 雫子は 凛子に 話した。





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