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桜子編 5

昭和20年 3月



首都 東京では10日 未明に 大空襲があり 死者数が なんと 10万人以上にも のぼった。


当時の日本では 情報も統制されていて 正確な情報が 国民に伝えられることは ほぼ、無いに等しかった。



桜子の家でも 父が 出征し、女学生たちは 毎日 勤労動員で 食糧も乏しい中“ 耐えがたきを耐え”日本が 勝つ日を信じていた。



父は 出兵先の 中国から定期的に 手紙を 送ってくれていたし、家には 下宿している 山本少尉もいた。


少尉がいると うちの中が 明るくなる。


雫子も 最近、よく鏡を見て、前よりも 綺麗になったようだし、末っ子の萌子も 父にそうしていたように、少尉の膝に座り、今日一日の 話をし、時には 絵を書いてもらっていた。



次女の 凛子も 恋人の君彦が 南方に出兵していたが、手紙のやり取りを続けていた。


凛子は 君彦と 結婚の約束をしているようだった。


「いつか 君彦さんが 帰ってきたら 私は あの人の伴侶となるの。たとえ、帰って来なかったとしても きっと あの世で 結ばれるわ。」



凛子は 桜子に そうつぶやいたことがあった。


三女の薫子は、君彦に何かあったら凛子は後を追うのではと不安になった。

桜子は、 凛子姉さんのように 情熱的に 彼を愛してるかしら・・・。


人知れず恋をしている、 学思を 思った。




そんなある日、桜子が勤労動員の夜勤から 朝戻ったら、 家に 学思の 祖母がきて 母と話をしていた。


「あら 桜子ちゃん、今帰り? 薫子ちゃんとは すれ違いなのね。」



「おばさん おはよう。薫子姉さんは 今日日勤だったみたいね。」


学思の祖母が来て 話すことは よくあったから、おそらく 隣組の連絡事項かなにかを伝えに きたのだろうと 気にもとめなかった。



だけど、学思の 祖母の言葉に 桜子は 耳を疑った。


「うちの 学思がねえ、もうすぐ、十五になるから、海軍の少年兵 に志願するって 言い出したのよ。おたくには 少尉さんがいるから 少年兵が 何をするのか 聞いてもらえないかねえ。」


「そう、あの小さかった 学思ちゃんがねえ。」



「親父や兄貴に続いて、オレも行くって、言い出したら聞かないのよ。」


桜子は 眠るために 2階に上がろうとしたとき、母と 学思の祖母の 話を聞いた。



階段に座り込み、二人の話に 聞き耳をたてた。


「少尉殿も あまり 軍の機密みたいなものは 話してくださらないから・・・・」


「そうよねえ。でも、学思は まだ十五でしょう?お国の役に 立っようになるには まだはやいのじゃないかしらと 思ってねえ・・・。あれの母親もまだ早い、せめて徴兵検査を受ける歳になるまで 鍛えてからと 言って聞かせたけど 聞きゃしないのよ。うちの息子が居たらきっと、学思も 聞いてくれるんだろうけど、 戦地じゃねえ・・・。」



学思の祖母は 最後には こらえきれず、涙をみせた。


「で、学思ちゃん、志願したら いつ ここを出るの?」


「四月一日の入隊になるらしいがねえ。」



・・・四月一日


あと十日余りしかない。


学思に 思いを伝えなければ、一生後悔する。


桜子は 涙が出てきた。


学徒少年兵の話は 女学校でも 聞いたことがある。

彼らも また 兵隊さんと同様に 飛行機乗りになったり、もし、敵が上陸してきたときに、真っ先に攻撃をする 大事な役割をする。


広島か 九州福岡のどちらかの基地に送られると聞いた。



寝てなんて いられない。

学思が 決心しないうちに・・・。


「ちょっと出てくる!」


姉の雫子にそう告げると、慌てて 外に飛び出した。


「桜子? どこ行くの?」


姉の声を後ろに聞いたが 答えるわけには いかない。



桜子は 学思の元に 走りながら、こんなところはお父さん譲りだ と思った。


その時、突然、空襲警報が鳴り響いた。


近所の人や、漁師のおじいさんたちが 慌てて 自宅や 防空壕へと 急ぐ。


「嬢ちゃん、はよう避難せんと やられるぞ。」


すれ違う人に 言われた。

でも 彼の元に 行かなければならない。行かなかったら後悔する。


遠くから B29が 何機か近づいてくるのが 桜子の目に映った。

桜子は 浜辺の近くにある学思の家まできた。


近づいてくる B29の 大きな音に 足がすくんだ。


「桜子、何やっとる!?」

それは 学思の声だった。

防空壕に入ろうと 家からでてきたところだった。


「学思くん、あなたに伝えたいことが・・」


「ダメだ、敵機が来る!」


学思は 桜子のところに走って来た。

敵機の 大きな音がすぐ近くまで 来たと思ったら、

スササササッ−−−


と 機銃掃射を仕掛けてきた。


「危ないっ!」


学思は 桜子の 手をとり、二人で一緒に滑り込むように 岩陰に隠れた。


実際に この町を敵機が攻撃するのは 初めてだった。


「学思くん 怖い・・」


学思は自分の被っていた

中学の帽子を 桜子の目を隠すように 被せた。


「大丈夫だ。オレたちはこんなことで 死にはしないよ。心配ない・・」


敵機は そんな幼い二人を 嘲笑うかのように 執拗に 機銃掃射を 仕掛けてきた。


スササササッ−−


雨のような 銃弾の音。


キューンッー キューン−

二人の隠れている大きな岩にも 銃弾が当たる音がする。


桜子は 恐ろしさのあまり、学思の胸にしがみつく。

学思の心臓の音が大きく聞こえる。


「大丈夫だ、大丈夫だ。」


学思は 桜子の腕をぎゅっと握り、ずっとつぶやいていた。



二人のいる 砂浜を 機銃掃射していた 敵機は 向かいの島の 海軍基地を攻撃し始めた。



この世のものとは 思えない 爆音が 次から次と聞こえ、煙の臭いと 油の燃える臭いが 二人のいるところまで 届く。



「基地は 壊滅かもしれないな。」

学思が また つぶやいた。

「学思くん、お願い、志願なんてしないで。遠くへ行かないで。」

「お前、それを言いに・・・」

桜子は まだ 学思の胸にすがっていた。


このまま 死んでしまっても 本望だ。


そうとさえ 思った。


「オレ・・・オレ、桜子のこと 前から好きだったよ。」


「学思くん。」



「家族や好きな女を守るために 男なら 親父や兄貴みたいに 戦わなければならないんだ」


「学思くんは 私のこと、もう守ってくれたじゃない。充分よ。」


「もう・・決めたんだ。」


まだ十五になったばかりの学思の 固い決心が 変わらないことを 桜子は 確信した。


今しか 伝えることはできない。


「学思くん 私も あなたが好き。 だから思い直してほしかった。・・無理なら せめて 生きて、生きてまた 会えるよね。」


「桜子・・・」


学思は 桜子にかぶせた帽子で 隠すようにして、桜子に キスした。


「私、たとえここで死んでしまっても、悔いはないわ。」


桜子の 頬に 涙がつたう。


学思は その涙を そっと手で拭いた。


「あ、手から血が・・」


桜子は胸元にしまっていた手ぬぐいをちぎり、学思の手の怪我に宛がった。


「ありがとう。桜子は看護婦が 向いているかもな。 だから、いろんな人を助けるために、お前は生きなきゃだめだ。たとえ、この先 何があっても」


向かいの島の 海軍基地を 攻撃していた 敵機は、桜子と 学思の目前で 基地を壊滅状態にして、遠くへ飛んでいった。



二人は 海の数百メートル向こうの 燃え盛る炎を、ただ 呆然と 見ていた。


無意識に 固く手を握りあい、まだ十五の二人は

この国の行く末に、自分たちの将来に不安を抱く。


「出発までに また、会えるよね。」


「会いにいくよ。必ず」



砂だらけの服のまま 二人は 見つめあい、お互いの気持ちを確かめ合えたことに 何らかの意味を感じた。




敵機が去り、被害の様子を見に、浜辺に人が出て来はじめた。


「基地が 燃えとる。」


「くそっ!アメリカめ!」


「さっきの 機銃掃射で 怪我人が出とるぞ!道に倒れとる」


学思は もしかして、身内では・・・と気になるようだ。


「学思くん 私のことは 大丈夫。早く家に帰ってあげて」


「ほんとに 大丈夫?」


「うん」


「じゃあ、気をつけて・・・」


学思は 呆然と 自宅へと引き返した。


桜子は 炎をあげて燃えさかる 基地をみながら、家へ急いだ。


帰る途中で 母と凛子が桜子を探しているところに出くわした。



母は 桜子の顔をみるなり頬を打った。


「今まで どこにいたの?急に行き先もつげないで。」

母はいつにもまして きびしい 表情。


「母さん ごめんね。」


今度は 母の胸で

泣いた。



凛子は 海の向こうの燃え盛る 海軍基地を 呆然と見ていた。


「お母さん、海軍工廠は?薫子は大丈夫なのかしら・・・」


「・・・」


「ねえ、お母さん、あんな小さな基地が あれだけ攻撃されて、薫子のいる工廠は・・・」


「きっと、きっと薫子は元気で 帰ってくる。いつもみたいにね。・・それに まだ電車に乗っていた時間帯かもしれないじゃないの」



言い知れぬ不安が襲う。



家に帰ってみると、雫子と萌子が まだ防空頭巾を被ったまま、仏壇に手を 合わせていた。


萌子は 今まで 味わったことのない 大きな爆撃の音が 恐ろしかったのか まだ震えている。




帰ってきた母たちをみて、即座に雫子は 聞いた。

「桜子いた?」


「ああ、いたよ。」


「桜子、どこに行っていたの?心配したのよ。お父さんが 帰ってきたときに、一人でも欠けているわけには いかないんだから」


「ごめんなさい・・」



「ねえ、基地は・・基地はどうだったの?」


「お姉ちゃん、基地は・・」

凛子の言葉を 母が制止した。


「大丈夫。きっと大丈夫よ」


母は気丈にそう言った。




その日はみな 無事かがわかるまで 生きた心地がしなかった。



そのうち、隣町の 海軍工廠には 爆撃がなかったという情報が伝わってきた。


みんなほっとしたが、すぐに疑問を感じた。



なぜ あの大きな海軍工廠でなく、向かいの島の基地なのか?

そんなに 重要な 何かが行われているのか・・


その日の夕方、何事もなかったかのように、薫子が 帰ってきた。


「工廠では 警報がなって、みんな 山の防空壕に避難したけど、結局何事もなくて 仕事を再開したよ。まさか あそこの基地が爆撃されるなんて・・」



基地にいる 山本少尉はまだ帰っていない。


雫子は そわそわして 落ち着かず、暇があると仏壇に手を合わせていた。



凛子はその姿をみて 雫子の 少尉に対する気持ちに 初めて気がついた。


だが あえて それに触れることはなかった。


雫子が以前、凛子にそうしてくれたように・・・



桜子は まだ、さっきの学思とのことが 夢を見ているように思われた。


気持ちを確かめあい、一番幸せなはずなのに、そうではない。もうすぐ別れることになるかもしれない。


ともすれば、永遠に・・・・


桜子は じっとしてはいられなかった。



自分に何ができるのだろう。



庭にでると、桜の木にはもう、花が少しずつ咲き始めていた。


その桜の木は 桜子が この世に誕生した記念に、両親が庭に植えてくれたものだ。


自然は 世の中で 何が起きていても 正直に芽吹いている。


『この桜は 私自身だ。学思に私を忘れないように、桜の花を 一緒に連れて行ってもらおう。私はもう 学思のものだ。 』



桜子は 咲きはじめた花をひとつ取り、押し花を作った。



この花は 私そのもの。


あなたに会って


今日、この瞬間、


花を咲かせた。


決して散りはしない。


私も あなたも。


あなたを思う気持ちも


ずっとそのままで


私だと思い、一緒に連れて行ってください。


ずっと ずっと


そばにいられますように



桜子は 神社で戦勝祈願のお守りをもらい、押し花を入れた。 それに手紙をつけて 学思に手渡すことにした。



桜子の家の庭の桜の木は 日に日に花を咲かせる。


満開になったころには 学思が 学徒少年兵の学校へ出発する。


どうか それまで 散らないでいてほしい・・・。




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