表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/4

第1話 追放と裏切りの創業者


「単刀直入に言う。佐藤、お前はクビだ。今日、今この瞬間をもって、我が社『ブレイブ・スタートアップ』との契約を解除させてもらう」


麻布台ヒルズの高層階。全面ガラス張りの会議室に、六本木の夜景をバックにした神代勇太の声が響いた。

神代は、オーダーメイドのイタリア製スーツを完璧に着こなし、真っ白な歯を覗かせて笑っている。その姿はまさに「現代の勇者」そのものだ。


「……クビ? 神代、冗談だろ? 明日、俺たちが三年かけて開発した『全自動鑑定エンジン・ミエール』のβ版ローンチじゃないか」


僕は、三日三晩徹夜してデバッグを終えたばかりの、シワだらけのパーカーの袖を握りしめた。

目の前には、共同創業者である神代と、営業担当の木村、広報のサラ。学生時代からの「パーティー」だったはずの仲間たちが、なぜか冷ややかな視線を僕に向けている。


「冗談なもんか。お前、鏡を見たことあるか? そのクマの浮いた顔、ボサボサの頭。我が社のキラキラしたブランディングに、お前みたいな『典型的な陰キャエンジニア』はノイズなんだよ。投資家からも言われてるんだ。『あのCTO、もっとシュッとした奴に変えられないの?』ってな」


神代は、高級なクリスタルグラスに注がれたヴィンテージのペトリュスを転がしながら、心底愉快そうに言った。


「ブランディング……? そんな理由で、システムの核を作った俺を追い出すのか? ミエールのアルゴリズムは、俺の『鑑定』理論がなきゃ動かないんだぞ!」


「ああ、それなら心配いらない。ミエールの知的財産権(IP)は、すでに僕個人が代表を務める別会社『アセット・ヒーロー』に移転済みだ。もちろん、特許出願も僕個人の名前で済ませてある。お前はただの『雇われ作業員』として、開発指示書に従ってコードを書いていただけ。……そうだろう?」


神代がテーブルに放り出したのは、一通の契約書だった。

そこには、僕が創業時に「これ、福利厚生の書類だから適当にサインしといて」と言われて判を押した、極悪非道な知財譲渡条項が含まれていた。


「……偽造だ。こんな内容、聞いてない!」


「証拠はあるのかい? 判をついたのはお前だ。社会人として常識だよなあ? あ、それから、お前が今持っている社給のノートPC、スマホ、全部ここに置いていけ。バックアップを取ろうとしたら『不正アクセス禁止法』で訴えるからな」


木村がニヤニヤしながら、僕の足元に置かれたビジネスバッグを蹴り飛ばした。

サラはスマホで自撮りをしながら、「あーあ、ゴミが掃除されてスッキリした。これで明日からのPRに集中できるね、勇太さん」と甘い声を出す。


「お前ら……本気か? 俺がいなくなって、もしバグが出たらどうするんだ。あのコードの保守ができるのは、世界で俺一人しかいないんだぞ!」


「ハハハ! 佐藤、お前は本当に自意識過剰だな。エンジニアなんて交換可能なパーツだ。代わりなら、インドやベトナムの安い連中にやらせればいい。お前が作った『鑑定』という種火は、もう俺たちの手の中にあるんだよ」


神代が指をパチンと鳴らすと、黒スーツを着た筋骨隆々の警備員が二人、会議室に入ってきた。


「さあ、お帰りはあちらだ。あ、退職金代わりにこの『鑑定結果』をやるよ。ミエールで測定したお前の『市場価値』だ」


神代がモニターに映し出したのは、僕が心血を注いで作ったシステムの解析画面だった。


【鑑定対象:佐藤 蓮】

【推定市場価値:0円】

【評価:組織に馴染めない不要なプログラム。直ちにデリートすべきゴミ。】


「……っ!」


僕は言葉を失った。自分が、誰よりも信じていた技術に、自分自身を全否定された衝撃。

いや、違う。この判定結果は、神代が数値を改ざんさせたものだ。僕のアルゴリズムは、こんな冷酷な答えを出すようには作っていない。


警備員に両脇を抱えられ、僕は引きずられるようにしてオフィスを放り出された。

深夜のオフィスビルのエントランス。冷たいコンクリートの上に、僕は手ぶらで放り出された。

手元に残ったのは、ポケットに入っていた自宅の鍵と、ボロボロのスマホ。そして、心の中に燃え盛る、氷のように冷たい怒りだけだった。


「……全部、持っていかれた」


家賃25万のタワマン(会社の借り上げ)も、ストックオプションも、心血を注いだソースコードも。

あいつらは、僕の「才能」を、まるで使い捨ての魔道具か何かのように扱い、用が済んだらゴミ箱へ捨てたのだ。

キラキラしたスタートアップ業界の裏側。そこにあるのは、友情や夢などではない。剥き出しの強欲と、法律を武器にした略奪だ。


僕は、震える手でスマホを取り出した。

幸いなことに、プライベートのクラウドストレージには、創業前の「研究ノート」のデータが残っている。あいつらが「職務発明」だと主張する前の、純粋な僕個人の発明の証拠が。


「……法律で奪われたなら、法律で取り返す。神代、お前は大きな間違いを犯した」


僕は検索エンジンに、一つのキーワードを打ち込んだ。

『知財 スタートアップ 提訴 最強 弁護士』


画面に表示されたのは、真っ赤な背景に「あなたの発明、守ります。相手が勇者でも、国家でも」という物騒なキャッチコピーが踊る、一軒の法律事務所のサイトだった。


「九条知財法律事務所……ここか」


その時だった。

背後から、コツ、コツ、と硬いヒールの音が近づいてきた。

深夜の麻布台に似つかわしくない、真っ黒なスーツを着た女性が立っていた。

長い黒髪を夜風になびかせ、フレームの細い眼鏡の奥で、鋭い瞳が僕を射抜く。


「……お困りのようですね。職務発明の帰属争い、あるいは会社法上の善管注意義務違反による損害賠償、といったところでしょうか?」


「え……?」


「初めまして。私、九条法律事務所の九条美琴と申します。さきほど、あちらのビルのゴミ捨て場に、あなたの『プライド』が落ちているのを見かけたもので」


彼女はそう言うと、一枚の名刺を差し出した。

金文字で刷られた「弁護士・弁理士」の肩書き。

彼女の背後にある街頭の光が、まるで後光のように見えた。


「鑑定スキルの開発者さん。あなた、今のままじゃ文字通り『0円』の価値しかありませんよ。……ですが、私を雇うなら話は別です」


「……どうすればいい? 俺は全部、あいつらに盗られた。金も、名誉も、技術も」


「簡単ですよ。彼らが『自分たちのもの』だと思い込んでいるその技術、実は『欠陥品』にして差し上げればいいんです。……法的手段という名の、デバッグ作業でね」


九条は、三日月のような笑みを浮かべた。その笑顔は、さっきの神代のそれよりも、ずっと凶悪で、そして頼もしかった。


「……面白い。やってくれ。あいつらを、一円残らず破滅させたい」


「承りました。では、まずは『証拠保全』の魔法から始めましょうか」


こうして、僕の反撃が始まった。

魔法も聖剣もない、六本木のジャングル。

武器は、六法全書と特許法。

僕を捨てた「勇者パーティー」が、自分たちの犯した罪の重さに気づくのは、すべてを差し押さえられた後のことになるだろう。


僕は九条の差し出した手を、力強く握り返した。

深夜のオフィス街に、反撃の狼煙が上がった。


---


翌朝。

ブレイブ・スタートアップのオフィスは、華やかなβ版ローンチの祝杯ムードに包まれていた。

シャンパンの栓が抜かれ、神代がメディアの前で、さも自分が全てを開発したかのような顔で語っている。


「この『ミエール』は、私が人類の進化のために生み出した奇跡です。技術的な苦労はありましたが、私の情熱が不可能を可能にしました」


フラッシュの嵐。拍手喝采。

しかし、その最中。

会場の大型モニターに、突如として真っ赤な警告文字が表示された。


【警告:特許権侵害の疑いにより、本システムの公開を一時停止します。】

【送信元:九条知財法律事務所】


会場が静まり返る。

神代の顔が、みるみるうちに土気色に変わっていった。

木村が慌ててPCを叩くが、画面には「アクセス権限がありません」という無情なメッセージが出るのみ。


「な、なんだこれは!? 佐藤か!? あいつ、何をしやがった!」


神代の絶叫が、静まり返った会場に響き渡った。

一方、僕は。

事務所の古びたソファに座り、九条が淹れたクソ苦いコーヒーを飲みながら、テレビに映る元仲間の醜態を眺めていた。


「いい顔ですね、神代代表。……でも、これはまだ、挨拶代わりの『内容証明』に過ぎませんよ?」


九条がタブレットを操作すると、モニターの中の『ミエール』が、勝手に再起動を始めた。

そして、そこに表示されたのは、神代たちが最も恐れていた「真の鑑定結果」だった。


【鑑定対象:株式会社ブレイブ・スタートアップ】

【資産価値:−50億円(賠償予定額)】

【評価:法務を軽視した、救いようのない素人集団。】


「さて、佐藤さん。次の工程は『取締役の解任請求』と『資産の仮差し押さえ』です。……準備はいいですか?」


「ああ。徹底的に、ざまぁしてやろう」


僕の声は、かつてないほど晴れやかだった。

エンジニアを怒らせてはいけない。

特に、法律を味方につけた、鑑定スキルの開発者を。


神代、お前が欲しがっていた「鑑定」の結果を、これから法廷でじっくり教えてやるよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ