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短編

クシクラゲ

作者: 月蜜慈雨
掲載日:2026/02/03




「僕たちは一緒にいなきゃダメだ」



 廊下の水槽に巨大な鯉が悠々と泳いでいる。ミラはそれをぼおっと見つめていた。

 やがて、ゆっくり、ゆっくり僕の方を見た。



「なあに、それ」



 僕はミラの、少し柔らかい口調が好きだ。それを本人に言った事はないけど、見透かされているような気がする。



「明日、僕たちは出荷されるだろ」


「言葉悪いよ、出仕するんだ」


「同じことだろ、その前に、逃げようよ」


「逃げる?」



 ミラは目を大きくして、僕を見つめた。まるで、僕が何を言っているのか分からないといった感じだ。

 僕もどうかしていると思う。

 宇宙空間を漂う、このコロニーで過ごしている限り、何処にも逃げ場などないというのに。

 この広大な水槽を泳いでいる鯉にだって、そんなことはできない。

 ミラが大きな笑い声を上げた。



「ミキ、それ凄い面白い冗談だよ」


「冗談じゃない」


「冗談じゃないなら、なんだろうなぁ」



 ミラが、しょうがないなという顔で僕を見た。僕はその顔を見て、堪らなくなった。



「僕たちは一緒にいなきゃダメだ」


「いつも言ってる、それ」


「ミラだってそう思ってる。でも、このままじゃあ、ミラと離れ離れだ」



 コロニーと一口に言っても広い。同じ区画で仕事出来るとは限らない。今日発表があった。僕とミラは、違う区画で仕事することになる。よっぽどのことがないと、区画を移動することはない。

 だから、その前に。

 ミラが突然、僕の手を取った。

 柔らかい金の短髪、猫目の榛色が僕を見つめる。



「うーん、逃げるのは無理だけど、来て」



 そう言って、ミラは僕の手を引きながら歩く。



「ミラ、どこに行くの?」



ミラがちょっと楽しそうに言う。



「秘密!」



 ミラに連れて行かれた先には、この街を一望出来る展望台だった。

 丁度、人工空が夕焼けに染まっている。



「僕、ここの景色が大好きなんだ」



 僕は戸惑って、頷くことしか出来なかった。確かに綺麗だけど、ミラはどうして僕をここに連れて来たんだろう。

 ミラは街から目を離して僕をしっかり見つめた。

 それで気づいた。

 ミラの目が、揺らいでいる。



「だから、さ、これが僕らの逃避行ってことにしようよ」



 ミラの目だけじゃない。僕の、僕の目もぼやけて、夕焼けの光が滲む。 



「なんだよ、それ」



 ミラが歪に笑いながら、鼻声混じりに言う。



「ね、なんだろうね」



 涙を流しているミラは、夕焼けに照らされた街より綺麗だった。

 ミラがポツリ、言った。



「僕たち、クシクラゲだったら良かったのにね。そしたら、物理的に一緒にいられたのに」


「クシクラゲってあれ、くっつくと物理的に一緒になっちゃうっていう」


「そうだよ」



 クシクラゲになって、僕たちには途方もなく広く見える海を泳ぐ夢を幻視した。

 ただの願望にすぎない。

 けど、本当にそうだったらいいなと思った。

 僕はミラの手を握った。少し強く、真剣に。

 まるでクシクラゲのように。

 そして、人工空の夕焼けが終わるまで、二人でずっとそうしていた。





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