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隠れ御曹司の恋愛事情(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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7



 数日経った月曜日の朝。なんだか早く起きてしまって、駅の中にあるお気に入りのパン屋さんで朝食をとっても時間が余ったから、そのまま会社に行くことにした。


 就業時間よりかなり早い時間に到着したからか、まだ誰も来てはいない。

 のんびりとした気分で給湯室でコーヒーを沸かしながら、桐山くんのことを思い出す。



(桐山くんはあの時なんて言おうとしたんだろう?)


 あれから数日が経つというのに、未だに彼の言葉がわたしの耳から離れなくて、気が付けば彼のことばかり考えている。



『花咲さん。なんで、見合いなんてするんですか?』

『僕は、ずっと、貴女を……』


 たった二言の訴え。

 なのに、どうしてか思い出す度にソワソワと落ち着かない気分にさせる。

 こういった時、年齢相応に異性と経験のある人ならどうしているのだろう。



(あー。誰かに相談したい)


 直接好意を伝えられたわけでもないのに、グルグルと考えこむ自分が馬鹿みたいだ。

 そんな嫌な気持ちを誤魔化すようにマグカップにコーヒーを入れようとすれば、無意識の内に手が震えていたせいで溢してしまう。


「大丈夫ですか?」

「桐山くん……」



 なんでこんなタイミングで現れるのか。

 ドジなところを見られた恥ずかしさからつい八つ当たり染みたことを思う。


(というか、最近桐山くんによく会うな)


 そんなことを考えながら、挨拶する。



「おはよう。ちょっと手が滑っちゃって。すぐに拭くから大丈夫よ」


 なんでもないように取り繕って、さっと台布巾で汚れた場所を拭く。布に染みたコーヒーの汚れを水で濯ぎきつく絞れば、何故か横で桐山くんがこちらを見つめていた。

 痛いくらいの視線に耐えきれなくて、コーヒーも持たないまま「それじゃあ」と声を掛けて給湯室から出ようとすれば、ぼそりと彼が声を掛ける。



「花咲さん」

「なに」

「……もうお見合いはしたんですか?」 



 不意打ちの質問にギクリと身体が強張った。

 突然のことに動揺し、ついつい言わなくていいことを口走らせる。


「……まだ。今週の土曜日に予定しているの」


 なんで素直にお見合いの日にちまで言ってしまうのか。どうしようもない気まずい沈黙が降りて、後悔する。



「…………花咲さん」

「うん」

「お見合いなんて……」



 続くはずの言葉は廊下から女子社員達の声が聞こえて、最後まで吐き出されることはなかった。

 わたしは彼女らに見られないようにと立ち去れば、彼も追ってくることはない。

 だけど取り残された彼はこの時ある決意をしたらしい。



 そのことをわたしが知るのはもう少し後のこととだった。



***





 お見合いの当日だというのに、わたしの心は曇ったままだった。


 桐山くんとわたしは『いつも通り』に仕事をしていた。彼はあれからなにも言ってこなかったし、わたしも藪をつつくような真似をしなかった。


 だから表面上はいつも通りに仕事をこなしていたと思う。

 ーーそもそもわたしは彼の補佐をして二年経つけれど、ほとんど仕事の話しかしていない。

 それなのにどうして彼が急にあんなことを言ってきたのか……。



(……ううん。今日は桐山くんのことを考えるのは止めよう。そんなことをしていたら相手に失礼だわ)


 寝室のクローゼットに備え付けてある全身鏡で服装をチェックする。

 一応お見合いだということでミディアム丈のタイト目なベージュのワンピースに濃いめのブラウンのベロアジャケットを新調した。首元には雫型のアクアマリンとダイヤのネックレスを付けて、髪は丁寧に櫛でといてから緩く巻いてスタイリング剤を撫で付けて、低めのポニーテールにしてみる。


 メイクはいつもよりもベースメイクを意識してしっかりと施した。その分、ファンデーションを薄めにし、コンシーラでクマを隠す。

 そしてきつく見えないようにナチュラルを意識してブラウンのアイシャドウに細めに入れたアイライナー。マスカラは繊維質のものでしっかりと長さを出して、眉毛はストレートアーチ型に形を整える。チークはベージュレッドの色をさっと入れて、仕上げの口紅はつい最近買ったブランドのものだ。

 しっとりとしたテクスチャーで潤いがあり、顔色を良く見せてくれる綺麗なベージュピンクの色。この年でピンクは可愛い過ぎるかなと思ったけれどベージュの色味が強くラメも控えめなので会社にも付けていけるだろう。



(どこも変じゃないよね?)


 気合い入れすぎたかな、と思いながら鏡を見る。

 そわそわと何度も鏡を見返しながらも、残念ながら答えてくれる人なんて居るはずもない。

 チラリと壁に掛かってある時計を見れば待ち合わせ時間の一時間半前だ。行く道中で何かあっては先方に失礼だし、そろそろ家を出るかと落ち着かない気持ちで家を後にした。



***




 余裕を持って一時間前に待ち合わせ場所のホテルのロビーに到着すれば既に母も姿を見せていた。


「お母さん、早くない?」

「だってなんか落ち着かなくて。なんだか自分のお見合いより緊張するわぁ」

「ああ。確かお父さんとお見合いで出会ったんだっけ?」

「そうよ。向こうからの一目惚れ」



 きゃいきゃいと話す母は朗らかで年よりも若く見える。それでいて小動物な見た目とは違って、家ではしっかりと父の手綱を握っているのだから恐れ入る。それでも父は嬉しそうにしているのだから、良い関係だなと思う。


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