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隠れ御曹司の恋愛事情(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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 なんてタイミングでぶち込んでくるんだ。

 いつもなら即座に断る話。だけど、ふとよぎったのは後輩達の言葉。



『だってあの人も三十前よ。自分の同期の人達は皆結婚したのに、自分は男っ気なしだから焦っているんじゃない?』

『確かに『桐山くん』だなんて呼んで、ベッタリしているもんね。桐山さんも『鉄の女』に好かれているなんてかわいそー』

『いくら仕事ができても、顔立ちも地味だし、女としては憧れないよね』

『分かる。結婚もできないまま、一生独りなんじゃない?』

『ありえるー!』



 もしも、もしも自分に付き合っている人ができたら、あんな理由で馬鹿にされずに済むのだろうか。


(失礼な理由だって分かっているけど……)


 一生懸命に仕事をこなしても、色恋沙汰がないというだけで好き勝手に言われる自分。

 そんな自分とおさらばできるチャンスがあるのならば、前向きに考えてみても良いのかもしれない。



「息子さんにも聞いてみないと分からないから返事は今すぐじゃなくてもいいんだけど……」

「する」

「……は」

「お見合いするって言ったの」


 きっぱりとした返事に少し戸惑ったのは母のほうだ。

 衝動的な勢いのまま了承すれば、じゃああちらの息子さんにも聞いてみて大丈夫であれば詳細送るわね、と早々に電話が切られる。



(お見合いかぁ。そういえば仕事以外で男の人と会うなんて久しぶりかもしれない)


 そう思うとどんな人か知らないのにほんの少しだけドキドキする。それに誰かに会うために着飾るのは嫌いではなかった。

 今時料亭でご飯とかじゃないだろうし新しい洋服を買おうかとか、せっかくならパックを新調しようかとか考える過程はやはり楽しくて心が浮き立つ。


(まだ相手の返事も貰ってもないのに……)


 もしかしたら違うことを考えることで、無意識のうちにさっき言われた嫌な記憶を薄れさせようとしているのかもしれない。

 それでも気分が晴れるならそれでいい。

 今は別のことを考える時間を貰えたことが有り難いのだ。


(相手方にお見合いする気はないって断られても、良い機会だし買い物くらいは行こうかな)


 最近は友人達も結婚してしまったから中々遊びに行くことがない。人と会わなくなったことで、それに比例するかたちで服もあまり買っていなかった。



(たまにはいいよね?)


 会社から出た時とは違って軽やかになった足取り。単純だなと苦笑しながら、公園の入り口にあったゴミ箱にココアの缶を捨てるとカコンと小気味のいい音が鳴って、どこか爽快に思う。

 そして、そのまま公園を出ようとしたタイミングで、背後から名前を呼ばれた。



 反射的に振り返れば――桐山くんが苦々しい顔でこちらを見ていた。




「お見合い、するんですか?」


 ぽつりと小さな声だった。

 彼の顔は俯いたまま。どんな表情をしているか分からない。けれど一瞬だけ見た傷付いたような顔は気のせいだったのだろうか。



(……ううん。わたしのお見合いが桐山くんになんの関係があるっていうの)


 たいして親しくもない会社の同僚相手がお見合いしたところでどうでもいいことだろう。ただの社交的な会話だ。意識するほうがおかしい。

 朝の件で、自意識過剰になっている自分の愚かさに呆れながら、彼の問いに答える。


「ええ。相手が了承すればだけれど」


 どうせ聞かれてしまっているのだ。下手な誤魔化しなんて必要ないだろう。はっきりと告げると、彼の肩がピクリと跳ね上がった。



「それじゃあ相手方が断れば会うこともない、と?」

「まぁ、向こうだって都合もあるだろうし」


 がばりと勢いよく顔を上げた眼差しがあまりに真っ直ぐにわたしを見つめるものだから、みっともなく狼狽えそうになる。平然を装いながら、また朝のように誰かに見られても嫌だと思って、さっさと切り上げるために口を開く。


「わたしお昼休憩も終わるしこのまま会社に戻るわ。桐山くんは確か午後から得意先に見積書を渡しに行く予定だよね?」

「ええ。打ち合わせついでに渡す予定です。メールで済む用件かもしれませんが、できる限りお互いの顔を見て取引していきたいので」


 彼はスマートになんでもこなしているのかと思いきや、その都会的なルックスと異なって意外なほどに努力家だ。

 現に出勤してからパソコンのメールを確認すれば、桐山くんからの仕事の依頼メールは夜中や早朝にも届いているし、休みの日は得意先に会うことだってあると聞く。


 一度だけ名刺のファイリングを頼まれたことがあったけれど、彼が持っていた名刺の裏側には顧客の性格、特徴、好きなもの、嫌いなもの等の情報がびっしりと書き込まれていた。

 そういった細かい情報も卒なく覚えているからこそ顧客から信頼されているのだと思う。



 畑違いだった営業の仕事に対して真剣に向き合おうとしているところを傍で見てきた。だからこそ、本当は桐山くんという人柄を好ましく思っている。それは恋愛感情というものではないけれど、わたしは彼を尊敬しているのだ。

 自然と彼に対する労りの言葉を掛ける声が穏やかなものになる。



「京都の出張明けで疲れていると思うけれど、頑張ってね」

「いえ、疲れは吹き飛びました。それより朝話していたお土産……ちょうど今手元にあるので、受け取って貰えませんか?」



 桐山くんからの『個人的なお土産』は電車から降りた際に渡そうとしてくれたけれど、わたしがやんわりと別の話題を振ることで流したつもりだった。

 それに会社に着いてからはお土産を渡そうとする素振りもなかったので、てっきりそのまま流されてくれたままかと思っていた。


「桐山くん。わたしも朝話していた通り、貴方をサポートするのはわたしの仕事なんだから本当に気を遣わなくていいの」

「…………花咲さんにとって僕はお土産一つ渡されるのも迷惑な存在ですか?」

 強情なわたしの態度に彼は悲しそうに目を伏せ、自分の保身のためだけに彼を傷付けてしまったことを悟る。

「あ……」

「……すみません。女々しいことを言ってしまいたね。ここだったら会社の人も居ないし、つい自分の気持ちを優先してしまいました」



 そのまま引き留める間もなく、お辞儀だけして去っていく。

 恐らく彼は自分のせいでわたしが後輩達に陰口を言われていることを知っていた。だから会社では渡さないで、わざわざこの場で渡そうとしていたのだ。

 もしかしたら普段公園に居ない彼がこの場に居たのはわたしを追いかけてきたからかもしれない。


(……わたしの馬鹿)


 けれど今更追いかけてなんと声をかければいい?

 今のわたしが口に出す言葉は言い訳がましく、余計に彼を傷付けてしまうのではないだろうか。


「ごめんなさい」


 消え入りそうな謝罪は当然彼に届くことはないまま、わたしは呆然と小さくなっていく背中を見送った。







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