25
聞いていない、と素直に伝えれば、彼女はぶつぶつと何かを呟きはじめた。
「あの、大丈夫?」
あまりに鬼気迫る表情におそるおそる尋ねる。彼女は頷いた後に、意を決したようにスマホを取り出して、素早くメッセージを入力する。
そして溜息を吐き出して、わたしに向き合う。
「桃子さんは兄のどこが好きなんですか?」
彼女にそう聞かれて、ドキリとする。
自分の恋の話をするなんて、それこそ久しぶりだ。
ソワソワとして落ち着かない。年甲斐もなく恋に浮かれた自分が恥ずかしくて、誤魔化すようにお酒を飲む。
頬が熱くなったのはお酒のせいではないだろう。
けれど、その時。彼を好きな理由を桐山くんに伝えてなかったことに気が付く。そして、桐山くんがわたしを好きになった理由も聞いてはいなかった。
(好きなところは言われたけど……)
思えば、あんなにモテる彼が、なんでわたしを好きになったんだろう。
「……桃子さん?」
「あ、ごめんなさい。少しボンヤリしてしまったようで……」
考え込んでしまったせいで、押し黙ったわたしの様子を見た彼女がなにかを誤解したようで、わたわたと口を開く。
「いいえ。こちらこそ……初対面なのに不躾なことを聞いてしまってごめんなさい。それも兄の好きなところなんて難しい話題を……」
「難しい?」
「あの奇行に付き合ってくれているんですよね? 兄は桃子さんが初恋だからすっかり舞い上がってしまっているんです」
「……え」
今、さらっとすごいこと言わなかった?
「なけなしの名誉のために言いますが、モテはしましたよ? でも、兄が適当に笑っているだけで、女の子からアプローチされてしまっていて……」
ああ、それは想像がつく。
「なんとなく付き合っては、女の子から『誰にでも優しい』とか『本当は私を好きじゃないんでしょ?』ってフラれるのがお決まりパターンでした。だからこそ、自分の初恋に兄は戸惑ったんでしょうね」
「戸惑っていたの?」
たしかに押しの強い行動と、突飛な行動はあったけれど、わたし以上に戸惑っている様子はみられなかった。
「ええ、凄く。ボンヤリとしたかと思ったら、ブツブツと何か呟いたり、急にニヤけはじめたり。不安そうにしたり。急にわたしの買い物に付き合ってやると言いはじめたり」
「買い物に?」
「今までわたしの買い物になんか付き合ってくれなかったのに、急にですよ? どうしてって聞いたら、女の子の好きなお店が知りたかったみたいで。それで、その時に兄も女の子の服を何着も買っていたから、彼女にプレゼントするの、って聞くと、まだ付き合っていないって言うから驚いちゃって」
「ええ……」
桐山くんが買っていた服はこの前借りた服だけじゃなかったのか。
「付き合ってもいない相手に服を用意されたら気持ち悪い、って話ですよね」
うん。まぁ、それは……。
桐山くん以外の相手がそんなことをしていたら、そう思っていたかもしれない。
(あ、でも。この前、桐山くんがわたしの服を用意してくれたのに、そんなことを思わなかったな)
きっとあの時点で、無意識のうちに彼を受け入れていたのだ。
というより、受け入れていない相手に抱いて欲しいなんて言えない。
「だけど、相手が桐山くんだから……」
好きな人だから、大丈夫。そういった意味を込める。
直接的な言葉にするのは恥ずかしくて濁してしまった。けれど、わたしの意図は伝わったようで、彼女は目を丸くして、次いで微笑んだ。
「なんだ。ちゃんと愛されているんだ」
愛という直接的な言葉に恥ずかしくなる。
年を重ねるごとに直球で話せなくなるのはどうしてなのだろう。
だけど、彼女の言う通りだった。
ちゃんと桐山くんを好きになったから、彼がわたしを想ってした行動を嫌だと感じなかった。
ーーだからこそ、気になることがあった。
「あの。期限がある、って言っていたよね?」
「ええ、兄の恋には期限があります」
「それはどういうことか……聞いても?」
「本来なら兄がきちんと話すべきだとは思うので、私の口からは言えません。でもね。兄は貴女が聞けば、教えてくれると思いますよ?」
そう言って彼女が差し出したのは一枚のカードキーだった。
「これは?」
「兄のマンションの鍵です。今日帰ってくるみたいだから、行ってやってください」
「でも、勝手に……」
「私、兄からずっと貴女のことを聞かされていました」
「え……」
「本当に耳にタコができるんじゃないかってくらい聞かされてきたんです」
「それは……」
「だからね。会ってもいない桃子さんのこと。私もいつの間にか好きになってしまったんです」
こっそりと内緒話をするように打ち明けられた。
「これは私の贔屓です。でも、その贔屓を引き出したのは貴方の行動ですよ」




