24
桐山くんと顔を合わせないまま、一週間が経った。
わたしはあれから、本格的に熱を出してその週は休み、わたしが復活すると同時に桐山くんは出張で金沢に行ったからだ。
彼の出張中の間、仕事の電話はしていた。けれど、それはやはり要件のみだし、答えが出るまでの間はプライベートな連絡は控えてほしいと頼んでいた。
(でも、結局。答えを出せていない)
結婚は自分達の気持ちが大事だとは思う。
だけど、彼と結婚する場合。家の繋がりは避けては通れないはずだ。
生半可な気持ちで頷くのは、やはり違うのだ。
悶々としながら、退社する。
早く帰ろう、そう思って会社を出ようとした。
けれど、ロビーで見知った顔が居たものだからつい足を止める。
その相手もわたしに気付いたのか、ゆっくりとこちらにやってきた。
***
彼女はわたしに気が付くと、甘やかな笑みを向けて、わたしの手を取った。
「ごめんなさい。ここは場所が悪いから……」
困ったように眉尻を下げる彼女の顔は女のわたしでも庇護欲を唆る。
まさしく守ってあげたくなるような女の子だ。
(可愛い)
緩やかに巻かれた髪に、大きな瞳。バニラの香りが彼女に似合っている。
彼女に連れられるままに、足を進める。
そして案内された場所は、個室の居酒屋だ。
早い時間だからか、まだ入店している人は少なくて、待たされることなく案内される。
個室があるとはいえ、サラリーマンが多く通う店よりも、オシャレなカフェが似合いそうだとは思う。軽い挨拶をした後に、彼女がメニューを見て頼むのを決めたのは、生ビールに塩辛。エイヒレの炙りに、きゅうりの浅漬けと軟骨つくねだった。
「……辛党なんです」
悪戯っぽく笑う彼女の可愛さに胸がキュンとする。
これがギャップ萌えというものなのかもしれない。
「わたしも生ビールで……」
「えっ。でもビール苦手なんじゃ……」
そう口にした彼女はあからさまに「しまった」という顔をした。
「えっと。花咲さん? カルアミルクとかカシオレとかもありますよ?」
距離を図りかねているのだろう。ぎこちなく話し掛けてくれた彼女の気遣いに頷く。
「ありがとう。楽に話しても大丈夫です」
「じゃあ、桃子さんと呼んでも良いですか?」
「ええ、もちろん」
そろそろとわたしの様子を伺う彼女が可愛くて、ふわりと微笑うと、彼女はまじまじとわたしの顔を見つめた。
「えっと……」
「ごめんなさい。桃子さんの笑った顔が可愛くて……つい」
照れたように笑う彼女に、可愛いのは貴女でしょうと言いたくなる。
(どうしよう。言って良いのかな?)
会社の飲み会以外で若い女性と話すことがなかったからこそ、戸惑う。
「とりあえずお酒を頼みますか?」
わたしの言葉に彼女が頷く。そして生ビールとカシオレを頼んだ。
オーダが届くまでの間。彼女は落ち着かない様子でわたしを見ていた。
そしてわたし自身もこの状況に戸惑って、会話が弾んではいなかった。
でも彼女の様子からして、敵対心は感じられない。
だからこそ、なぜ彼女がここにわたしを呼び出したのかが分からなかった。
「すみません。予定も聞かないまま連れてきちゃって……」
「ううん。えっと、何かわたしに用があったの?」
彼女はわたしの顔をじっと見て、ポツリと尋ねた。
「あの、兄のことなんですけど……」
「うん」
沈んだ声に、やっぱり彼女は結婚を反対しているのかもしれないと思った。それで身構えたのだけど。
「本当に付き合ってるんですか?」
「え」
「あの、正直。ウチの兄。取り繕っていますが、かなり重たいですよね?」
真剣な目で彼女が語る。心なしか軟骨つくねを齧る勢いも良かった。
「えっと」
「……もし兄に脅されているようでしたら、教えてほしくて」
「うん。大丈夫。脅されていないから……」
「でも、長年の片思いが実ったはずなのに、全然幸せそうな顔していなくて」
「それは……」
「やっぱり兄の妄想じゃないか、って家族会議をこっそりしたんです」
「えっ!」
思ったよりも大事になっている。
というか、財閥家の家族会議の議題がそれってどうなんだろう?
「一番上の兄なんか、人様の娘さんに何かあったらと心配しちゃってて」
「あの、だからわたしに真相を確かめにきたんですか?」
「はい。秘密はちゃんと守ります。だから正直に言ってください」
「大丈夫。ちゃんとわたしの意思で付き合っています」
といっても、実際の交際時間はあってないようなものだけど。このまま桐山くんが自分の家族からあらぬ疑いが掛けられないように、そう言い切ることにした。
「本当に……!」
わたしの言葉に彼女が目を丸くして、それから俯く。
(そうだよね。わたしみたいな一般庶民と付き合っているなんて反対だよね)
桐山くんは自分の家族は反対しないと断言していたけれど、彼女の様子から察する。しかし。
次の瞬間にはガシリと両手を握られた。
「じゃあ。貴女がわたしのお姉様になるんですね! やったー!」
「うん? まだ付き合い始めただけで結婚するとは……」
「え? でも兄ももうすぐ二十八ですよ?」
心底不思議そうな顔をしてそう返される。年齢のことを気にしているのなら、彼よりもわたしの方が二つ上だ。
「確かにお互いの年齢では結婚適齢期だけど、まだその付き合うと決めてから日が浅いし」
桐山くんの名誉のために付き合うと決めた瞬間。婚姻届を出されたことは言わないでおこう。
けれど、彼女は首を横に傾げた。
「えーっと、そうじゃなくて……」
言いずらそうに視線を泳がす。
「桃子さんと結婚するための期限があること、兄から聞いていません?」
なにそれ。初めて聞いた。




