20
一人暮らしには少し広い程度の部屋は綺麗に片付いていて、朝日がよく入っていた。
(一般的な部屋だよね?)
桐山くんが御曹司だという噂は恐らく真実ではないのだろう。
そのことにホッとしていると、彼がトレイに乗せて、フレンチトーストとコーンスープを運んできてくれた。
「ごめんね。ありがとう」
「いいえ。さっそく食べましょうか」
「うん」
フレンチトーストの横にはホイップクリームとベリーが乗せられていて、凄く美味しそうだ。
それにシーザーサラダの上にはクルトンとカリカリに焼いて細かく刻んだベーコンが和えられているし、スープを飲めば、コーンがゴロゴロと入っている。
「……おいしい」
「お口に合って良かったです」
「桐山くんはよく料理をするの?」
「時間があればするくらいです。でも今日は桃子さんが居るので張り切ってみました」
照れたように笑った桐山くんに釣られて、わたしも笑う。
そして、同時に今まで一方的に避けていたことが申し訳なくなった。
「桐山くん」
「どうしました?」
暗い表情をしたわたしを彼は怪訝そうな顔で見つめた。
「あの、今まで避けてしまってごめんなさい」
突然謝ったわたしに瞠目して、それから彼がフォークを置いて向き合った。
「貴女が謝ることではありません。それに謝らなければいけないのは僕の方だ」
「桐山くんが謝ること……」
「僕のことで女性社員達が貴女に辛い態度を取っていることを知っていました。それなのに、僕は補佐役を他の誰かに変えることをしなかった」
「それは、どうして?」
「貴女の仕事はいつも早いのに丁寧で、僕はそれに支えられてきたからです」
真っ直ぐにわたしを見つめる瞳。
頑張って努力してきたことが自分に返ってきた気がして、胸が暖かくなる。
「正直最初は補佐役はある程度仕事をこなしてくれるのなら誰でも良いと考えていました。けれど、桃子さんは仕事に手を抜くことなく、それでいて誠実だった」
「誠実って……」
「女性社員に僕への橋渡し役を断っていましたよね? あれって何度かあったんじゃないですか?」
「それは……」
「受け入れた方が楽でしょう? なのに貴女は一度もそれをしなかった。嫌われ役を買ってでも、断っていた」
彼の言った通り。若手の女性社員が橋渡しをするように言ってきたことは何度かある。でも、わたしが断った理由は誠実さからではない。
一度でもそれを受け入れると、また次も別の人が頼むだろうし、それを断れば「なんであの人は受けれいたのに、わたしになったら断るの?」と弾糾されるのが嫌だっただけだ。その理由を話すと彼は表情を変えることなく、問いかけた。
「では、なぜ僕の補佐役を途中で降りなかったんです?」
「一度引き受けた仕事だから、ちゃんとやり遂げようと思って……」
「それが『誠実』だと言うんですよ。だいたい、今だって僕が『誠実』です、と言っているのだから、受け入れれば良かったのに」
「事実と乖離していることを受け入れても気持ち悪いだけだから」
要領が悪い自覚はある。でも、変に誤解されたままでは、事実が露呈した時に困るのはわたしだ。
「誠実で責任感が強いのに、桃子さんはその自覚がないんですねーーだから他の男からの好意にも気付かない」
「…………え」
「僕が知っているだけでも桃子さんのことを好きになっている男は何人か居ましたよ」
溜息を吐いて彼が言う。
「まぁ、なんとか諦めてもらいましたけど」
なんだろう。彼の笑顔が濃くなったのは気のせいだろうか?
(……これも気付かないってことにしよう)
ブルリと背筋を震わせて、スルーしてみる。
そうすると彼は良くできましたといわんばかりに、口角を上げた。
「桃子さん。好きです。貴女が好きです」
テーブルの上に置いてあった手を彼の手が包み込む。
「昨日、僕と寝ましたよね? 責任取ってください」
「…………は」
「責任取って、僕と付き合ってください」
「責任取るって……男女反対の台詞じゃない?」
「令和の時代はジェンダーレスです。それとも桃子さんは僕をヤリ捨てするつもりですか?」
「ヤリ、捨て、って……」
そんなあからさまなこと言わないでほしい。
まじまじと彼を見れば、重ねられていた手を強く握りしめられた。
「責任感のある誠実な桃子さんなら、ヤリ捨てだなんて最低なことしませんよね?」
「それは……」
躊躇うわたしに彼は駄目推しとばかりに畳み掛ける。
「断るなら僕は桃子さんにヤリ捨てられたこと会社の同僚に言いますよ」
「脅しじゃない」
「ええ、そうです」
胸を張る桐山くんに、反論する。
「でも、桐山くんはそれをしないでしょう?」
「…………は」
「わたしだってこの二年。桐山くんと仕事をしてきた。だから知っているの。桐山くんが『誠実』だということを、わたしはよく知っている」
「買い被りですよ」
緩く首を横に振った彼に、わたしは続ける。
「桐山くんは朝も昼も夜もずっと働いていて、営業部の誰かのミスだって率先して片付けていた。自分の責任じゃないのに、取引先から怒られても、こっそり愚痴ることもしなかった。そんな人が誠実じゃない訳がない 」
「……参った。とんだ殺し文句を言われてしまいました」
握られた手が離される。
そして天井を見上げて彼は顔を手で覆った。
「ますます欲しくなりました」
「…………え」
真剣な声音に肌がゾクリと粟立つ。反論して逃げおおせた。そのはずなのに、どうしてだろう。頭の中に警報が鳴り響く。
ゆっくりと彼がこちらを見据える。その瞳に甘さは微塵もなかった。
「ーー改めて言います。花咲桃子さん。僕と結婚前提で付き合ってください」




