14(side:桐山)
あれから僕はこっそりと花咲さんの行動を見るようになった。
というか、なんで今までちゃんと見てこなかったんだろう?
少し高めな身長に、シンプルだけど清潔感のある服装。短く切り揃えられた爪に、距離を詰めた時にだけ分かるシャンプーの匂い。
どうやら甘いものと可愛い物が好きみたいで、それらを目にすると表情が和らいでいた。
けれど、どういう訳か。人前では積極的に甘いものは食べないし、キャラクターの物だって持ってきていない。
だからこそ、彼女がココアを飲んでいたところを見れたのは幸運だったのだろう。
(距離を詰めていきたいけれど……)
休日は何をしているんだろう。デートに誘ってみたい。
それとも最初は、やはり。仕事終わりに飲みに行くのがセオリーだろうか。
どんな店が良いんだろう?
気が付けば花咲さんのことばかり考えている。
花咲さんのことを考えるだけで、気持ちがふわふわとして浮いているような心地良い酩酊感に包まれる。
(これじゃあ、まるで思春期みたいだ)
とはいっても、思春期の頃だって、女の子をデートに誘うのにこんなに緊張したことはない。
デートスポットの書いてある雑誌を買っては読み込んで、花咲さんを食事に誘う練習を一人でしてみるーーのちにそれを世羅に見られて、さんざん笑い者にされたのはご愛嬌だろう。
***
あれから一ヶ月。今日こそは彼女を食事に誘うつもりだ。
いつもより、身なりに気合いを入れて、出社する。
今日は金曜日だ。明日の心配をしなくても良いはずだ。
(あ、でも花咲さんは明日予定あるかな?)
さすがに彼女の予定は把握していないものの、とりあえず今日『は』食事で終わらせるつもりだ。
(最初からがっついて引かれたくないから)
絶対に成功させたかった。だからこそ、慎重にいかなければならない。
浮かれて羽目を外さないように、アルコールも少量にしなければ……
(でも、花咲さんって酔うとどうなるんだろう?)
会社の飲み会ではソフトドリンクを頼んでいた。もしかしたら、お酒は飲まないのだろうか。
(だったら、僕も合わせれば良いか)
そう思い直して、仕事に精を出す。
金曜日の大安に、花咲さんを食事に誘うんだ、と世羅に話すと、妹は「そこまで気にするの?」と驚いていた。
気にするに決まっている。今日は勝負の日だ。少しでもげんを担ぎたい。
(絶対に今日は残業にさせない!)
僕が残業になるということは花咲さんも巻き込むことになる。そうなったら、疲れて断られるのかもしれない。その可能性が少しでもあるのなら、なにがなんでも阻止しなければならない。
外回りが終わって、会社に戻ったのは夕方の五時近く。
あと三十分で定時になる。
どうやって花咲さんを食事に誘おう?
昨日も食事に誘うシミュレーションを何度もしたのに、誘うギリギリの時間になっても最良の道がないか考えてしまう。
(ドキドキする)
いや、ドキドキというかバクバク?
胃から心臓が飛び出そうだ。
とりあえず花咲さんに声を掛けよう。そして、会議室で来週分にやってほしい見積もりをお願いしてから、食事に誘おう。
(ああ、緊張する)
こんなに緊張するのは人生で初めてじゃないか?
手のひらにはぐっしょりと汗が溜まっている。
これでは格好がつかない。せめて、コーヒーでも飲んで、落ち着いてから行くことにするか。
そう思った僕は廊下の途中にある給湯室に入ろうとした。けれど、そこで女性社員が喋っている声が聞こえて立ち止まる。
(誰か居るなら、寄るのは止めとくか)
こればかりはタイミングだ。仕方ない。
そのまま通り過ぎようとしたその時。彼女達が『花咲さん』のことを話し始めたものだから、気になって足を止める。
「花咲さんばっかり桐山さんと喋っていてズルいよね」
「それね」
「だって、他の女の子が桐山さんと話したいって橋渡しをお願いしたら、花咲さん断ったんでしょ?」
「うん。受付の子から聞いた!」
「結局、花咲さんは桐山さんを独占したいんだよ!」
「ほんとズルいよね」
「花咲さんも良い年だから焦っているのかな?」
「でも、桐山さんが相手する訳なくない?」
「だよねー。高望みも良いとこでしょ」
……は? ズルい? なんだよそれ……!
苛立ちで目の前が真っ赤になる。
花咲さんはただ僕の仕事を補佐しているだけだ。なのになんでそれが分からない?
花咲さんに頼む筋合いなんかない。なんで、そんなことを言われなきゃいけないんだ。
(そもそも、僕のせいか?)
僕が花咲さんと関わりを持とうとしたから、彼女が咎められている。
だいたい、花咲さんから雑談を振られたことはほとんどなかった。
それは僕に関わりたくない、という意思表示ではないのか?
(僕は、馬鹿だ……)
初めての恋に浮かれ過ぎていた。だからこんな失敗をしてしまった。
不用意に近付いて、彼女を傷付けるくらいなら、関わるべきじゃなかったんだ。
奥歯を噛み締めて、廊下を歩く。
その足取りは先程とは比較にならないくらいに重かった。




