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隠れ御曹司の恋愛事情(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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12/25

12(side:桐山)



 僕の将来は花形グループの次男として生まれた時から決まっていた。


 グループを継ぐのは兄で、僕はそのサポート役。そのことにはなんの不満もない。

 兄は性格に問題はあるけれどひどく優秀だったし、統帥としての才覚もある。人の上に立つカリスマ性。それは天性のものだ。


 そんな兄に認められたい。

 照れ臭くて口には出せなかったけれど、内心ではそう思っていた。だから本社で経営戦略のチームに入って、結果をあげようと努力してきたつもりだ。そんなある日。兄は本邸へと僕を呼び出した。



「透。お前に頼みたいことがある」

「兄さんが頼み事なんて珍しいね」


 本邸に呼び出され兄の部屋に行けば、用意された紅茶を飲むこともなく、早速とばかりに用件を切り出された。



「まぁな。俺は今ホテルの代表取締役になっているが、数年後にグループの子会社に社長として就任することになった――お前には事前にその会社の系列に営業として入って貰いたい」

「は? なんで……」


 率直な疑問にそれくらい察しろ、といわんばかりに大きい溜息を吐かれた。

 なにヤレヤレアピールしたんだ。説明くらいはきちんしろよ。こっちはその報告今初めて聞いたんだぞ、という気持ちで笑みを打ち消す。

 じっと真顔で見つめれば、クツクツと喉の奥で噛み殺すように笑われた。



「お前は何でもかんでも顔に出すぎるな」

「別に身内だけの時くらいは良いでしょう。ずっと愛想良くしていると疲れるです」


 本来の僕は仏頂面だし、言葉使いだって悪い。けれどそんなこと外に出しては、それ見たことかと攻撃される対象になってしまうから、なるべく隠していた。僕がこういう風に素を出す相手は家族くらいなものだ。



(笑顔は武装だ)


 神経が擦り減る代わりに、ニコニコと笑っているだけで、相手は勝手に優しい人だと誤認してくれる――女性ならば尚更。

 使えるものはなんでも使うし、それを利用して何が悪い。そう思う自分はかなり性格が悪いのだろう。



「そんなんだから彼女が出来ても長続きしないんだろ。はぁ~。兄ちゃんは悲しいなぁ」

「……早く本題に戻らないなら部屋に戻りますよ?」




 よよよ、と泣き真似をされて鳥肌が立った。

 ガタイの良い兄にぶりっ子されても気持ち悪いだけだ。ついでに言われていることが図星だからこそ腹が立つ。

 向こうから好意を伝えられて付き合ったというのに大抵は『誰にでも優しい』『特別扱いもしてくれない』『本心が見えない』と最終的には振られることが多かった。


 かといって家に居る時のように過ごせば『怒ってる?』と聞かれるのだろう。もう面倒だと思うようになってしまって、ここ数年は異性と付き合っていなかった。


 自分としては楽になったと思うのに、最近ではそのことを家族に揶揄われるものだから溜まったものではない。



「見合いの釣書だって山のように届いているのになぁ」

「そんなもの燃やしておいてください」

「良い人は居ないのか?」

「聞き方オヤジ臭いですよ」

「こんな良い男を捕まえて、オヤジ臭い訳があるか!」


 よし。なんとか見合いの話を誤魔化せた。



「それで、結局どうして僕に営業をさせようと思ったんです?」

「いや、まぁ。営業というのは建前だ。お前には系列会社の人事を見て、俺に報告してくれ」

「人事、ですか?」

「最近そこの会社の利益が妙に落ちている……何か良くないことがあるのか探ってきてほしいんだ」

「分かりました。そういうことであるなら、引き受けます」

「ああ。何か問題があるなら俺に言ってくれ。それにせっかくの機会だ。お前も『花形』の名に縛られずに働いてみろ。そうしたら、何か見えるものがあるかもしれない」



 それに、と兄は続けた。



「結婚に対するウチの家訓を知っているだろう?」

「あー。二十八を過ぎても、結婚していなかったら、結婚相手は家が決めるでしたっけ?」

「なにが『でしたっけ?』だ。再三釘を刺されているんだから知っているはずのくせに!」

「別に僕は家が決めた相手で構いませんからね」



 兄は最近結婚をした。家が決めた相手ではなく、自分が選んだ相手と。

 好きな相手と結婚するのは良いぞ、と兄は語る。愛があれば、障害を乗り越える活力になる、と。


 でもそんなものなくたって僕は自分の力で障害を乗り越えてやるーーそう思っていたから、兄の言葉を流していた。



「玲。恋ってのは本当に良いものだ。兄ちゃんとしてはお前に初恋というものを体験させてやりたい」

「なにが兄ちゃんですか。気持ち悪い」

「だってお前初恋もまだだろう? 今まで女の子に言い寄られては、『なんか違う』ってフラれてばっかりじゃないか」


 なんでそれを知っているんだ。

 抜け抜けと人の恋愛事情を知っているんじゃない。大体、割といい大人になった兄弟で恋愛について語るのはなんだか痛くないか?



「別に僕の恋愛事情なんかどうでも良いでしょう」

「いや、そんなことはない。良いか。年をとってからの初恋になると大体拗らせてしまうんだぞ?」

「大丈夫です。僕はそんなエネルギッシュな恋なんかしないので」

「分からないだろう」

「分かります。結婚もきっと家の誰かが決めた相手としますよ」

「えー。兄ちゃんそれつまんない」

「つまらなくて結構です。大体僕は兄さんを楽しませるために生きていませんから」

「お前そんなこと言っていたら、結婚相手が三島家のお嬢さんになるかもしれないぞ?」



 兄の言葉に顔を顰める。

 三島家からの縁談が何度かあったのは知っている。

 けれど、三島家の一人娘は甘やかされて育ってきたのか我儘で、すぐに癇癪を起こすと有名だった。



「両親が僕の結婚相手を選ぶとなると、もっと家に対してメリットがあるところを選ぶでしょう」



 三島家は資産家とはいえ、花形家と肩を並べるほどの力量はない。

 それにあの娘の悪評は有名な話だ。そんな家が僕を相手に釣書を送ってくること自体厚顔さが透けてみえる



「面白くない反応だなぁ」

「僕に面白さを求めないでください」


 すげもなく言い返せば、あからさまに溜息を吐かれた。


「玲。そんなんじゃ人生楽しくないぞ?」

「いえ、十分楽しんでいますよ。ただ目下の悩みとしては、兄と妹がやたら僕に絡んでくることですかね」

「愛されている証拠だろう」

「そんな言葉で誤魔化さないでください」

「見逃すっていうのも男の度量だぞ?」

「あいにく貴方相手にそんな度量発揮したくないもので」



 話をすげ替えられて、うんざりとしてくる。

 けれどもう帰ろうと踵を返せば、やたら真剣な声で呼び止められた


「玲」

「なんです?」

「出向させる間、お前は『花形』じゃなく『桐山』として振る舞え。その期間だけ、御曹司としてじゃない。一般人として振る舞える唯一の期間なんだ。俺に与えられるのはその時間だけなんだよ」



 切実にそう語った兄の顔に、彼の真意を見せてくれた気がした。



(そうか。兄さんは……)


 出向という名目で、僕に自由な時間を与えてくれたのか。

 自分を思い遣ってくれることが垣間見えて擽ったくなる。



「御曹司という立場じゃない。お前を見てくれる人間を探してみるのも良いんじゃないか?」


 言葉の選別を受け取って、部屋を出る。

 この時僕は本当に彼の言葉通りになるとは思ってもいなかった。

 





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