第08話 嘘と土下座と合格発表
それにしても流石は勇者の原石。吹き飛ばされようが着地は見事に決めるのね。飛び散った石や木の枝による打撲、裂傷はあるが、皆一様に軽傷である。
ただ一名。
頭から地面に突き刺さっていたチャドを除いて……。
「おい……死んだか?」
まるで石に刺さった聖剣に力を証明する勇者の如く、チャドを引き抜く。
「っぷはあぁ……はぁはぁ。気を失ったと思ったら土の中にいた。何を言ってるかわからないと思うけど、痛いとか痛くないとかそんなチャチなことじゃなく、単純に息ができなかった」
あ、うん。恐ろしいものの片鱗を味わったねチャドナレフさん。
辺りを見回すと、ディアマンテによって、実技試験を控える適正者の触診が始まっていた。一通りの診察を終えると、手のひらを打ち鳴らし注目を集め、
「では、実技試験を再開します……っが、一つ連絡事項です。シータ・フォン・アルス、それとダイチ・ヤギ。あなたたちは試験終了後に少し話があります。ちょっと残れっ!」
試験の再開を行うが、どうやら問題児二名に対してご立腹の様子。
「……はい」
項垂れ、蚊の鳴くような声で返事するシータと、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
声を荒げ抗議の俺。
「無事に済みましたが俺だって被害者ですよ? 確かに煽った部分は認めますが、それでもこの事態を引き起こしたのは全部こいつです!」
ビシッとシータを指差し、自らの潔白を表明する。
「いいや、私が聞きたいのは正にそこだよ」
……あ。
「無事に済んだ“理由”についてだ」
ですよね。
「わ、わかりました……」
王都メルクリスに待機中の魔守護狼隊のみなさん。
準備運動をお願いします。
早くも出番がやってきそうです……。
紆余曲折がありつつも、その後はつつがなく進行し、無事五十組による実技試験が終了すると、総括と共に今後の予定がディアマンテより伝えられた。
まず、試験結果は当日中に発表されるらしい。
各自一人一人に名前の書かれた紙が手渡された。
月明りに照らしてその名前が消えた者が不合格。名前が消えずに紙に記されていた者が合格というわけだ。合格者はその紙を通行手形に翌日メル大講堂に集合し、そこで血を採取され制服を縫製するとのこと。
入学までの手続きをもう少し詳しく説明していたみたいだったが、ちょっと俺は気が気でなく、それどころじゃなかった。
だって、俺の試験はここからが本番なんだから……。
「シータ・フォン・アルスとダイチ・ヤギは私とこちらへ。残りは解散とします」
こうして俺とシータの実技試験は、ロスタイムへ突入することになった。
緊張からかお互い一言も口を開くことなく大広間を通り抜けると、人の目を欺くかのような七曲りの道を通り抜け到着する尋問室。
重い扉がやたらと雰囲気を醸し出す。
「入れ」
ギシィ~っと古びた椅子に座るディアマンテ。
机を挟んで同じく古びた椅子が二脚。
そこへ座れとばかりに首をクイっと向け、無言の圧力が俺の不安を煽る。
「呼ばれた理由はわかるな?」
ピチャンピチャンと水の滴る音はどこから聞こえるものか、これより始まる尋問という名の拷問に身を震わせると……。
「はい……わかります」
まず答えたのはシータ。勢いよく頭を下げ、ゴンッと机に頭をぶつける。
俺が呼ばれた理由は既に判明してるしな……まずは様子見だ。
「ではシータ。理由があるのならそれを述べよ」
ゆったりと椅子に腰掛けながら、ディアマンテはシータに弁明の機会を与える。
「はい! まずは謝罪します!」
言うとシータは立ち上がり、背筋を伸ばし、授業の始まりを告げるように、
起立、気をつけ、そして謝罪の言葉と共に礼。
「この度は私の軽率な行為でご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでしたーっ!」
授業の開始の鐘が、バキバキッと鳴り響く。
「……謝罪することがもう一つ増えたようだが?」
こめかみをピクピクさせながらディアマンテが見つめる先には、大破した机。
ダメだこいつ。
模擬戦といい今といい、え、なに、こいつの家系って破壊神か何かなの?
アルスじゃなくて、ビルスなの?
「ああああー、重ねて失礼しました!」
何度も何度も頭を垂れるシータ。
やがて、その様子が常軌を逸していることに気が付く。
謝罪が止まらない……。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
一方ディアマンテも止めることなく、振り乱れる黒髪の行方を見つめ続ける。
「お、おい? 頭がおかしくなったのか? ……大丈夫かお前」
この様子に俺はしびれを切らす。
このまま放っておくと、こいつぶっ倒れるまでやってるんじゃないの?
そんな俺の考えはおそらく正解だったのだろう。
「大丈夫じゃないっ!!」
こうして水を差されたシータの奇行は――土下座で完結する。
「お願いします。お願いです! 是非再考を!」
床に額を擦り付け、両足を折り曲げ、腕を前へ。
そこには高飛車な態度を微塵も感じさせない、泣きっ面の少女がいた。
「顔を上げて椅子に座れ」
ドン引きの俺をよそに、ディアマンテは静かに問題の解決に取りかかる。
「シータ。お前がそこまでする理由は想像に容易いが、私が聞いているのはそのようなことではなく、“なぜあのような魔法を唱えたのか”ってことだ」
唱えた魔法の理由を知りたがるディアマンテ。
その言葉を受け、シータは俺を見つめながら歯噛みする。
「そうでもしないと……勝て……ないと思いました……」
その答えにディアマンテも俺を見つめ。
「だ、そうだが。なあダイチ。君はどう思うかね?」
ここからが本題と、椅子の背もたれに預けていた体を起こし、前のめりに問いかける。
「あの……突拍子もないことを言ってもいいですか?」
「なんだ? 言ってみたまえ」
あのハチャメチャな魔法を無効化した手前、ここからの下手な言い訳や、謙遜は逆効果だろう。
だから、俺の答えは――
「異世界召喚ってわかりますか?」
一部を歪曲させて、正直に言うことだった。
その言葉に二人がピクリと反応したことで更に畳みかける。
「俺は地球という世界から、この異世界アルレキアに召喚された人間です」
そう、人間だ。魔王ではなく“人間”
「ち、地球だとっ!?」
ディアマンテは椅子から立ち上がり、
「女神レキア様によって地球より召喚された原初の勇者、英雄アルスの再来だとでも言うの!?」
シータの驚きが山彦のように後に続く。
はい、キタ。いい情報をゲットした。
ありがとうシータ。その線で行こうと思います。
「『異世界アルレキアにかつてない災いが襲いかかろうとしている』レキア様はそう言って俺を召喚されました。『まずは、聖アルフォード学園へ向かい勇者としての目覚めを待つのです』そう言い残して俺をこの世界へ遣わせた。……というわけです」
く、苦しいか?
「得心いった!」
右手はグー左手をパー。ポンッと手を鳴らすディアマンテ。
ちょろいですね先生。
シータは俺をじーっと見つめ、対抗意識を燃やしている様子。
大丈夫、アルスの血を引くお前が正真正銘の勇者様ってことでいいから、今はちょっと大人しくしててくれ。ここが勝負所なんだ。俺は息を吸い込み一気にまくし立てる。
「ですので、俺はその……レキア様に言われてここにきたというわけなんですが。不合格になった場合、レキア様の意図しない状況に陥るかと思うのですが。あ、いいんですよ? 俺は別に不合格でも。学科も実技もおそらく合格からかけ離れた点数でしょうし。ただ女神レキア様がどう思われるのか。あっ、天罰が下るかも……いえ、ですから俺はいいんですよ。俺は!」
ここぞとばかりに女神を笠に着る俺へ、
「まったく……女神レキア様の名を出してそのように私を責め立てずとも合格だよ、ダイチ。真意は今一つ定かでないものの、そもそもシータの唱えた魔法を防ぎきった地点で君は合格なんだよ」
ディアマンテは微笑を浮かべ、続けざまに、
「シータ。いつまでもそんなしょげた顔をしていると、アルスの名が泣くぞ? 心配せずとも君も合格だ。ダイチと同じく、シータ、君は並列詠唱をした地点で合格なんだよ」
二人の合格通知を発行した。
ふぅ~、どっと疲れが押し寄せる。
項垂れるようにため息を吐いた俺の横で、シータは力が抜けたかペタリと座り込む。
「お前も合格か……まあ、よかったんじゃねーの。なんかすげー必死だったし」
「……お前じゃなくてシータ。ね。わかったかしら……ダイチ」
言って、シータは手を差し出す。
「ああ、わかったよシータ。あ、それと確認なんだけど『私より弱い男には興味がない』って言ってたアレなんだけど、こうして握手を求めてくる辺り、俺に興味深々ってことでいいのか? つまり、お前は俺より――」
パンッ! と、手を薙ぎ払うと。
「だったらどっちが強いか、今ここで決めましょうか――っ!」
問答無用に、第二ラウンドが開始され。
「その勝負、私も混ぜてくれるか?」
俺たちはこめかみをピクつかせるディアマンテ先生に、小一時間説教を食らうことになった。
お~い、魔界のみんな~、元気か~?
そんなわけで、魔王様は現在……、
人界で正座中です。




